一方的な愚痴や悩みをつらつらと並べた手紙を書き終えた俺は
便箋を封筒の中に入れ、皆が寝静まったであろう夜中に
手紙をドアの隙間に差し込んだ
手紙を書くというほぼ初めてで慣れない行為をして疲れたのか
俺の身体は自然とベットに倒れ込み
直ぐに意識を落としてしまった
・
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朝が来て、昼が過ぎて、夜になった
起きた時には昨夜差し込んだ手紙は既に回収されていた
1日俺は特に何もしなかった
自分の中にあるよく分からないものに蝕まれていくような感覚に襲われたり
手紙の返事を待つかのように呆然と扉を見つめたりしていた
夜が更けてきたころ
昨夜と同じ時間、同じ封筒、同じ蜜蝋の手紙が差し込まれた
最早ひったくる様な速さで手紙を手に取った俺は
縋るように便箋に踊る活字を追った
拝啓、感情の無い貴方へ。
それはきっと、心の何処かで生きたいと思っているからなのでしょうね。
は、
そんな訳が無い
俺はこんなに死にたいと思っている
ただ、身体が動かないだけで
俺はずっと、ずっと…。
呼吸が浅くなってゆくのを感じながら手紙を読み進める
そんな筈は無い、と思うでしょう
でも本当なんです
身体は、貴方の思考の通りにしか動きません
勝手に行動する、勝手に停止する
なんてことは無いんですよ
なんだか少しだけ腑に落ちた
机の上にナイフやハサミがあるし
窓からだって落ちれば流石に死ぬ高さだ
それなのに一向に死のうとせず、寝て、食べて、呼吸をしているのは
俺の知らない俺が生きたいと叫んでいるからなんだ、と
でも、俺の知らない俺が生きたいと思っているのは何故だろう
では、何故死にたいと思っているか
其れは貴方が己に怒っているからだと思います
怒り…
怒り、とはなんだろう
心がモヤモヤするような、
誰かのことが果てしなく嫌いになるような感情なのだろうか
''怒り''とは基本的に何かに向ける感情です
自分や相手、物や行為等何にでも感じることができます
衝動的に感じたり、むくむくと大きくなるように感じたりと、種類は様々です
これ以上言葉で説明するのは…ごめんなさい、難しいです
それほど難しい感情なのです
ロボロが倒れた時、つい酷い言葉を口走ってしまった
あの時に感じた物も怒りだったのだろうか
さて、ここまで書きましたが全て私の想像です
何か間違っている点、疑問に思った点などがあれば
手紙に綴ってみて下さい
それではまた明日。
そうか、怒りだったのか
生きたいと感じていたからなのか
少しだけ、気持ちが楽になった気がした
でも、それでも
どうしても自分にその怒りとやらを感じてしまう
何故生きたいと思うのか、気になってしまう
その勢いのまま、文章の構成や敬語、誤字脱字なんて気にせずに勢いの儘手紙を書いた
俺は、生きてはいけない
生きたいと思ってもいけない
だって、俺は
大切な人を、殺したんだから
そんな俺が生きたいと思っていい訳が無い
1人の生を奪ったんだ
生きちゃいけない
生きようとしちゃいけない
でも、生きたいと思っているらしい
何故、どうして
教えてくれ
明日と言わずとも返事が書けたら返事をくれ
はやく、しりたいんだ
と最後に書いて素早く扉の隙間に差し込んだ
差出人がこの手紙を読むのは俺が眠っている間の朝なのに
急いだって朝が早く来るわけじゃないのに
どうしても俺は知りたかった
差し込んで息を整えた俺はどっと疲れを感じて、ベッドに倒れ込んだ
手紙を書くという行為は、普通はこんなにも疲れないのだろうな
なんて考えながら俺の意識は夢へと溶けていった
朝起きたら、手紙が差し込んであった
昨夜俺が差し込んだ物では無い、丁寧に蜜蝋がしてある正真正銘差出人の手紙
いくら何でも早すぎだろうなんて思いながら
封筒を開く
冒頭の書き出し文になんて目もくれずに本題を探す
貴方が生きたいと思っているのは、 その大切な人の代わりに生きようと思っているからでは?
この文を読んだ俺は
思考を纏める前にペンを握り
思いついたことをそのまま書き連ねるようにペン先を走らせる
人殺しの俺にそんな資格なんてない
たった一文、最早手紙とさえ言えない
それでも、いいと思った
差出人はそれでもきっと返事をくれる、と宛もない希望を胸に
封筒なんかに入れないで、二つ折りにした便箋を扉の隙間に滑り込ませた
すると待っていましたと言わんばかりの速さで扉の向こう側に吸い込まれた
嗚呼、扉の向こうに差出人が居る
そして今、リアルタイムで返事を書いてくれているんだ
数分して差し込まれた手紙にはもう蜜蝋や封筒なんて無くて
差出人がただひたすらにスピードを求め始めたことが分かった
直接会話をするようなテンポでコミュニケーションを取ってくれるのが嬉しかった
開いてみるとこちらもまたたった数文で
資格がない、なんてことは無い
誰にでも生きる権利はある
誰にとっても生は平等だ
差出人のテンポに合わせられるように扉の近くにペンを持ってくる
少しドタバタとしながらも返事を書き、扉の隙間に滑り込ませる
でも俺はその平等に与えられている 生を奪った
すると数分もしないうちにまた返事が来て
生が平等であると同時に死も平等だ
それにきっと、 君も殺すつもりはなかったんだろう?
もちろん、殺すつもりはなかった
でも、殺すつもりがなかったからって 俺の罪は消えない
そう、君はその罪を 一生背負わなくちゃいけない
人を殺す事、それはそれ相応の罪があって
殺した奴の心にも深く刻み込まれる
─俺も、知ってるよ
ここまでテンポ良く続いてきた手紙内の会話が止まる
''俺も、知ってるよ''
知るはずがないだろう、この国の兵は
この国は不殺を掲げる珍しい国だ
今までコネシマやシャオロン、ショッピの戦い方を見てきたが
戦争の仕方を知らなかった
いや、違うな
人の殺し方を知らなかった
人を殺さずに戦う方法だけが身についていて
それだけを磨いてきた奴らの戦い方をしていた
手合わせした時に戦いにくかったのをよく覚えている
そんな人間しかいないこの国に、 人を殺したことがある奴がいるのか?
知らないだろう、人を殺した後の 気持ちなんて
少なくともこの国のやつは
手に汗握りながら、手紙を差し込む
すると先程までのテンポ感はどこへいったのか
ゆっくり、丁寧に手紙が引き抜かれた
長いような短いような、そんな時間が過ぎていく
ただ手紙の返事を書いてもらってるだけなのに
心臓がバクバクとうるさい
うるさい心臓を沈めながら返事を待つ
数分後、これまたゆっくりと手紙が差し込まれた
落ち着かせた筈の心臓がまた高鳴るのを感じながら
2つに折りたたまれた手紙を広げる
いいや、知ってるよ
吹き出た血飛沫の生暖かさも
切り裂いた時の肉の感触も
足元の先程まで生きていたものたちが 冷えていく感覚も
殺した後に感じる一時の快楽も
その後押し寄せる罪悪感や不安も
言葉では言い表せないほどの恐怖も
何1つ忘れることなく 脳に刻み込まれてる
・・・・驚いた
下手すればコイツ、俺よりも知っている
しかも、1人じゃない
こいつは、何人も──
・・・・・さて、なんて返事を書こうか、
なんてペンを握ろうとしたその時
もう1枚、手紙が差し込まれた
まだ返事を書いていないのに、なんて思いながらも
手紙を開く
すこし、俺の昔話をしようか
なあ、
???
zm
思わず、声を出してしまった
だって、その声は俺の、俺たちの大好きな声
凛として、それでまた優しくて
穢れを知らないような笑顔で笑う
相棒の、声。
zm
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コメント
2件
久しぶり、続き楽しみ。