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桃side
文化祭が終わり、 終業式も無事終えた学生たちは、 今年の冬休みへと突入した。
クリスマスやら年越しやら、 お正月やらと世間がワイワイ騒いでいる期間・・・・・・俺は一人まろの机に突っ伏していた。
ないこ
独り言としてポツリと呟く。
俺の腕の下には勉強道具が並べられていて、自分の右手にはシャーペンが握りしめられている。
__現在、俺は大学受験の勉強中だ。
すっかり忘れていたが、 俺とまろは高校三年生なので来年からは高校を卒業し、大学生として暮らしていくこととなる。
殆どの人は大学に進学するが、クラスメイトの中には就職する者もいるし、実家の店を継ぐなんて奴もいた。
この時期になると大体みんなは夢や目標が決まっていて、 それに向かって大学を選んだりするのだけど・・・・・・。
ないこ
今の自分は大学に行く事は決めていても、卒業して何するの?と尋ねられれば何も答えることは出来ない。
ただなんとなく大学に行って、 ただなんとなく生活して、 ただなんとなく卒業する。
今まで目の前の課題を片付けることだけをして来た俺にとって、将来を考えることは想像もつかない物だった。
正直大学の学部だって、先生に言われたからなんとなく答えたけど、まだはっきりと決まってはいない。
将来のことが決まらないと、 目の前のことさえ片付ける事が出来なくなるのか、 と頭を抱えているところなのである。
ないこ
二者面談の時、担任の先生は言った。
「ないこは何がしたいの」と。
特技も無ければ趣味もない。
短所は?長所は?
聞かれたって答えられない。
そんな俺が大学を出たら何したい、なんて言われても困惑するだけでずっと一人で悩むだけ。
しかも卒業したら就職して、 なんて簡単に考えてたけど、 どこに就職したいのかというのも考えなければいけない。
ないこ
この前、同級生で兄でもあるまろに 「進路どうするの」と尋ねたが、 「あぁ、な」と変にはぐらかされて終わってしまった。
結局何も自分の気持ちを纏められないまま、日付はどんどん過ぎていく。
ないこ
一旦頭を整理するために、先ほどからほとけっちや初兎ちゃんの叫び声がする一階のリビングへと降りていく。
階段を下ってリビングに繋がるドアノブへと手を伸ばした時、 玄関から靴の爪先をコンコンと整える音が聞こえて来た。
ないこ
音の方に視線を向けると、 そこにはしっかりと身なりを整え外へ出る格好をしているアニキとまろ、 恵理子さんがいた。
恵理子さんは黒木兄弟のお母さんです 詳しいことは 『番外編 黒木家の母』に by 作者
ないこ
この三人で出かけるとは珍しい、と感じた俺は思わずもう外へ出る瞬間だった三人に向かって問いかける。
すると振り返った恵理子さんが「えぇ、そうなの」と微笑みながら言った。
黒木家 母
黒木家 母
黒木家 母
ないこ
「行ってきます」と仲良く扉を開けた三人を、「行ってらっしゃい」と見送ってから再びリビングの扉のノブに手をかける。
初兎
ほとけ
りうら
ないこ
楽しそうにテレビに向かって叫んでいる子供組三人をみて、 自然と顔が緩み、笑顔が溢れる。
最近はこうやって子供組三人がテレビを独占して、ゲームやらお笑い番組やらで盛り上がっているのが黒木家の名物なのだ。
見ているだけで癒されて、心の中のモヤモヤが驚くぐらい浄化されていく。
それは弟たちが可愛いと感じてしまう兄だからか、 それとも単純に・・・・・・俺もそんな生活をしてみたいという願望か。
言い方は悪いが、受験のことや進路のことを考えなくても良い、一番気楽な学年は中学二年以下だと思う。
まぁ、あの三人も 来年は受験生だけど・・・・・・。
???
ないこ
騒がしい三人組を眺める事に夢中になって、自分がリビングの扉の前で立っている事実に気づかなかった俺は、 背後から話しかけられた瞬間に変な声が口から漏れる。
驚いて振り返ると__俺を高い身長で見下ろしている、スタイル抜群のイケメンが首を傾げていた。
この人は黒木佑さん、 黒木兄弟のお父さんだ。
前回夏休みの時に恵理子さんだけが日本に帰ってきたのだが、 仕事の都合上佑さんは帰ってくることができなかった。
でも今回の冬休みはしっかりと仕事を終わらせ、日本に戻ってきて兄弟たちとの感動の再会も果たしたところなのである。
黒木家 父
ないこ
「大丈夫です」と言えば「そうか」とアニキやまろのように大きな手で優しく、頭を撫でてくれる。
その行動に少し恥ずかしさもあり、嬉しさもあって俺は思わずはにかんだ。
黒木家 父
そう言ってコーヒーを淹れ始めた佑さんは、俺に気を使うようにマグカップを片手に持ちながら尋ねる。
黒木家 父
ないこ
黒木家 父
「砂糖はミルクは」と聞かれたが、さすがにそこまでしてもらう事は申し訳なくて「大丈夫です」と答えておいた
シンプルな緑色のマグカップとピンクのマグカップにコーヒーを淹れた佑さんは、俺にピンクのマグカップを渡す
そして年下組の座っているソファから少し遠い机に自分のマグカップを置くと、「ないこくんも座ったら」と佑さんは視線で語りかける。
俺は一瞬、さほど話したことのない佑さんの目の前に座るなんてと躊躇ったが、佑さんに微笑まれた事で、渋々椅子に腰かける。
ないこ
黒木家 父
そう言って 佑さんは一口コーヒーを煽る。
俺もマグカップの中でミルクと混ざるコーヒーを見ながら、コクリと小さく飲み込んだ。
コーヒーのほろ苦さと、後からくるミルクやシロップ、砂糖の甘みが優しくてホッと口から短い息が漏れた。
黒木家 父
佑さんはそんな俺を甘い顔で微笑みながら見たあと、ふと思い出したようにそう俺に尋ねる。
ないこ
黒木家 父
ないこ
「多分」と俺が小声で付け足すと、佑さんは不思議そうな顔で首を傾げて「そうか」と頷いた。
黒木家 父
ないこ
ないこ
俺は聞かれてもいないのに、佑さんに向かって自然と自分の気持ちをつらつらと話し始める。
ないこ
ないこ
ないこ
そこまで言ったところで 俺は言葉を区切る。
ギュッと唇を噛んで、 自分の膝の上で持っているマグカップのコーヒーを眺めるように俯いた。
佑さんの「でも?」と尋ねる柔らかい声が、俺の頭の上から聞こえて来た。
その声に導かれ、俺の口は自然に開き言葉を紡いでいく。
ないこ
ないこ
ないこ
まだ俺の母が生きていて、りうらが産まれてまもない頃。
あの時から自分がしっかりしなければ、兄として生きていかなければ、 と堅い決意を胸に俺は日々を過ごしていた。
みんなが『ケーキ屋になりたい』とか『サッカー選手になりたい』とか、夢を語ったりしていたけれど、その時の俺にも夢は無い。
そんな中、国語の授業で『将来の夢』というテーマで作文を書こう、という課題が出た。
原稿用紙が配られてみんなが各々文章を書き出し始めた時、俺は案の定ずっと鉛筆を持って周りをキョロキョロと見回している事しか出来ない。
結局その授業は、 なんとなく原稿用紙に文字を書くふりをして終わってしまった。
ないこ
ないこ
クラスメイトの数人は既に書き終わった、と言って先生へと提出していた。
多分クラスの中で一文字も書けていなかったのは、俺だけだったと思う。
さすがにそれはまずい、そう察した俺は休み時間にも友達と遊ぶ事なく、一人で机に向かって頭を抱えていた。
???
そんな時頭の上に、 小学生の大きさではない大きくてゴツい手がポンと置かれた。
ないこ
彰人先生、 俺のクラスの担任の先生だ。
まだ若い男性の先生で、 明るくお調子者。
生徒にはいつも優しく、時に厳しく接してしてくれて学年だけで止まらず、学校内でも人気のある先生だった。
彰人先生
先ほどの国語の授業を担当してくれたのも彰人先生で、普段俺なんかに話しかける事は無い。
なのに、わざわざ先生から話しかけたって事は、今考えると授業の時から心配されていたのだろうか。
突如話しかけられた事に驚いた俺は、焦ってコクリと何回も顔を縦に振った
ないこ
ないこ
鉛筆をギュッと握り締めると、先生は「そっか」と言いながら隣の席の椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
ないこ
頬杖をついて俺の真隣にいる先生にそう尋ねると、先生は目を見開いて俺を見た後、優しく微笑んだ。
そして透き通るような声で話し始める
彰人先生
彰人先生
ないこ
俺が思わず聞き返すと、先生は「意外だった?」と笑って言った。
彰人先生
彰人先生
彰人先生
彰人先生
彰人先生
ないこ
そう言うと「お、じゃあ俺たち仲間だね」と彰人先生はまた笑う。
そして遮ってしまった話を繋げ続けた
彰人先生
彰人先生
彰人先生
彰人先生
ないこ
再び反応してしまった俺に、彰人先生はニコリと笑顔を浮かべるとまたまた話し始める。
彰人先生
彰人先生
そう言うと先生は 俺の頭を優しく撫でる。
彰人先生
ないこ
ないこ
コーヒーを一口飲み込むと、自分の喉にあったつっかえが取れていくような感覚がした。
ないこ
ないこ
そしてマグカップから手を離し、自分の膝の上でギュッと固く握り締める。
ないこ
ないこ
ないこ
小さい頃から同じ夢に向かって進んでいる子があんなにもたくさんいるのに、自分はたった人生で一度だけ思い描いた夢を目指すのか。
そう考えると少しばかり罪悪感というか、遠慮がちになってしまう気がする
すると、ずっと俺の話を聞いてくれていた佑さんがふと顔を上げて、コーヒーを煽った。
そして俺の視線を捉えて、首を傾げながら口を開く。
黒木家 父
ないこ
思わぬ言葉が返ってきて、俺の口から間抜けな声が出てきた。
黒木家 父
黒木家 父
黒木家 父
黒木家 父
黒木家 父
ないこ
一気に自分の道が 開けたような気がした。
自分の脳内に夢や妄想が膨らんでいって、一つの大きな世界へと変わっていく。
ないこ
ないこ
深々と佑さんにお辞儀をした俺は急いで階段を駆け上がり、すぐに机に向かって進路の紙に入りたい大学の学部を書き込んでいく。
ないこ
これが、夢。
初めて自分でなりたいと思った、 俺の夢。
早速書いた進路を佑さんに見せようと、俺が椅子から立ち上がった時・・・・・・のことだった。
悠佑
悠佑