その日も、いつもと同じように他愛ない話をして終わるんだと思ってた。
その日は講義も早く終わってバイトも無いので、私は柚月君の通う塾の前にいた。
出口をじっと見つめて柚月君が出て来るのを今か今かと待っていた。「偶然を装った待ち伏せ作戦」だ。
週末から柚月君は修学旅行で京都まで行ってしまう。
その隙間を埋めるように、たくさん話していたかった。
山川 のぞみ
どうしたの柚月君。今日なんか変だよ

帰り道を3分の1ほど進んだ所で、勇気を出してそう尋ねた。
___帰り道は他愛もない話で盛り上がると思ってたのに、実際はぶつ切りの会話………会話とも言えない物だった。
柚月君が地面に視線を固定したまま全然言葉を発しない。
塾を出てから1回も私の顔を見ようとしなかった。
私の問いに柚月君はしばらく答えなかった。
もう一度問いかけてみるべく息を吸うと
鳴沢 柚月
____日曜日

ようやく柚月君が反応した。
相変わらず下を向いたまま。
鳴沢 柚月
模試の帰り、のぞみさんの大学に行ったんだけど気づいてた?

鳴沢 柚月
校門の前の電柱にいたんだけど

山川 のぞみ
え、そうなの?全然気づかなかった

鳴沢 柚月
そうだよね。男の人とすごい楽しそうに歩いてたからね

鳴沢 柚月
仲良いんだね

鳴沢 柚月
付き合ってるみたいだった

山川 のぞみ
え……

柚月君は下を向いたまま はっきりとそう言った。
酷く冷たい声だった。
初めて耳にした柚月君の突き放すような言い方に戸惑っていると、その隙をついて柚月君が言葉を重ねる。
鳴沢 柚月
同じ大学にいる人の方が接する時間も長いし、共通の話題も多いよね

鳴沢 柚月
6歳も離れてる僕より話も盛り上がるよね

山川 のぞみ
待って違うよ。あの人はただの友達で__

鳴沢 柚月
僕はゲームとか漫画の話しか出来ないし、学校のことも話せないし____飽きるのも無理ないと思う

山川 のぞみ
飽きてなんかない。誤解だよ__

私の隣___近くにいるはずなのに私の声が届かない。柚月君がどんどん離れて行くように感じる。
ヒビが入る。
春翔と別れてからヒビ割れて原型を失って
柚月君と出会って再び原型を取り戻した、私の中の「何か」に
ヒビが入るのを感じた。
鳴沢 柚月
今日はそのトモダチと予定が合わなかったんだ

鳴沢 柚月
予定が合わなかったから、僕と帰ってるんでしょ

山川 のぞみ
違う!

___柚月君には私がそんな人間に見えるのだろうか__
声が震えるのが分かった。
山川 のぞみ
妥協して会ってるみたいな言い方やめてよ。私はそんな風に思ってない

山川 のぞみ
本当にただの友達なの。なんで信じてくれないの

柚月君が立ち止まって、初めて私の顔を見た。全然笑ってなかった。
鳴沢 柚月
なんでのぞみさんが逆ギレするの

山川 のぞみ
逆ギレなんてしてない。なんで信じてくれないのって言ってるだけ

鳴沢 柚月
だって僕にはそう感じたから

山川 のぞみ
本当にただの友達なの。じゃあどう言ったら満足なの

鳴沢 柚月
逆ギレしてるじゃん。
男の人と仲良さそうだねって言うのは いけないことなの?面倒臭い?

山川 のぞみ
だって…

山川 のぞみ
だってどうしたらいいか分かんないもん。普通に友達と歩いてただけなのに全然信じて貰えなくて、妥協してるとか言われて

目にゴミでも入ったのだろうか。
下を向いて瞬きを繰り返すけど、何故か水滴が溢れて止まらない。
山川 のぞみ
なんでこんな風に言われなきゃいけないの

山川 のぞみ
…今度いつ遊びに来てくれるの とか

山川 のぞみ
夏休みになったら重いけど頑張ってコーラ箱買いしようかな とかそんな話をしたかったのに

鳴沢 柚月
……………………なにそれ

小さいけど冷たい、
冷たいけど小さな声で柚月君が呟いた。
鳴沢 柚月
重いけど頑張って………
そんな、恩着せがましい言い方するんだ…

鳴沢 柚月
……僕はコーラ買って来てなんて1言も言ってない。のぞみさんが………のぞみさんが勝手にそうしてるだけ

勝手に。かってに。カッテニ…
柚月君はそんな風に捉えていたのか。
反論しようと顔を上げると柚月君の自嘲的な笑みが目に飛び込んだ。
鳴沢 柚月
____でも僕はのぞみさんは「買って来てあげてる」みたいな言い方しないと思ってた

鳴沢 柚月
僕を受け入れてくれたのは善意だと思ってた

鳴沢 柚月
だからちょっと調子に乗ってた。ごめんね。男の人と仲良さそうだねって言われても面倒臭いだけだよね

山川 のぞみ
……っ…ちがっ……

ヒビが入る。私の中の「何か」がどんどん脆くなる。
___失いたくない。
山川 のぞみ
違うの。
お願い。一回私の話聞いて

だけど柚月君はもう私と目を合わせようとしなかった。
鳴沢 柚月
__もうコーラ買わなくていいよ。僕の為に夕方の予定も空けなくていい

柚月君が腕を振り払った。
華奢だけどやっぱり男の子だ。簡単に手が離れた。
それでも往生際悪く私の手は変な所で固まっていたけど____柚月君が先にトドメを刺した。
鳴沢 柚月
前の彼氏と別れた時も片方は受験生だったんでしょ

__柚月君を引き止めた、引き止めようとした手を、ぱたりと下ろす。
直視出来なかった。
山川 のぞみ
………そんなこと言うんだ

鳴沢 柚月
___僕先に帰る

鳴沢 柚月
いろいろ気遣わせてごめんね

2人で帰るはずだったのに、柚月君が先に帰ってしまう。
引き止めようとは思わなかった。
__家に帰れば先週末 柚月君の為に買ったコーラがある。
きっと冷蔵庫を開ける度に柚月君を思い出す。
どうしていつも こういうタイミングでコーラを買ってしまうんだろう。