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初コメ失礼します!全話一気に読んできました!!!!展開や個性のある登場人物たちについつい時間を忘れて引き込まれました!!!!フォロー失礼致します!頑張ってください!更新待ってます!!!
【Re:んネ 第10話】
【何も無い】
題材の決まらない
自由研究も
手を黒くさせた
漢字ノートも
分厚く見えた
宿題のテキストも
すぐに終わった小学4年生の
夏休みのど真ん中
ど真ん中なのに
他にやることも無く
他の家族の様に 計画を立てて
遊びに行く予定すらない夏休み
〝うちはうち、他所は他所〟
他の世界を知らない この時のあたし対して
これ程便利で、 都合のいい言葉はなかった
とは言っても 夏休みなんだから
こんなくそ真面目に 宿題なんかやらずに
だらけていればいいものを
でも何故か そう出来なかった
今思えば
ただ時間を 潰すためだけではなくて
途方もなく空いてしまった 夏休みという時間で
浮き彫りになってしまった あたしの中の
この釈然としない 蓄積された遣る瀬無さを
有無を言わない何かに
ぶつけていたかったのだと思う
外では蝉が鳴いている
その日も外は炎天下だった
ジリジリとした熱気を
換気のために開けた半開きの窓が そよ風を通して送ってくる
畳の上に足をピンと伸ばし
腕を後ろで 杖のようにして身体を支えて
ただただぼーっとしていると
机に広げた宿題の欠片たちと
短くなって薄汚れた2Bの鉛筆が
風に合わせて 静かにのたうつ様に見えた
〝がちゃり〟
と、玄関ドアが開いて
両親達が帰ってきた
その表情は どこか普段よりも穏やかで
2人の素振りから
帰宅途中にも 談笑をしてきていたのが分かった
いつもと変わらず
あたしは居ないかの様に 両親達がそれぞれの動線を描く
母は 黒のショルダーバッグを
ダイニングチェアの 凹凸にかけ置いて
父は タイマーの切れた冷房を
リモコンを使ってかけ直していた
それを見て、 冷風が外に漏れないよう
あたしは黙って 開けていた窓を閉める
その後すぐに することがなくなって
目の前に開かれた漢字ノートを 手元にぐいっと寄せ
やる意味も それほど感じなかったけれど
少し多めに練習をしたりした
しばらくすると
父に声をかけられた
口角を上げ、笑う口元からは 白い歯が薄く見える
あたしに こんな笑顔を向けられたのは
随分と久しぶりのことだった
そんな両親の話から
秩父の山にある牧場へ 行くことになった
顔には出さなかったつもりだけれど
涙で視界が滲むほど
本当に
本当に嬉しかった
嘘みたいだったから
全く見向きもしてくれなかった
あの両親が
あたしに向かって
このあたしに向かって
どこかに連れて行ってくれるって
確かにそう言ったから
場所だなんて
何処だってよかった
車の中では
何度も何度も聞いた
お父さんの好きな曲が流れてる
曲名は知らないし
曲調も好みでは決してなかった
でも
心からほっとするのは何故なのか
うねる山道を登って行く中
そんなことを考えて 車窓から外を眺めていたら
木陰と窓からの隙間風が チラチラと
あたしの顔を撫でていった
たまに
視線をずらして
前の座席の両親を盗み見た
何故だか
お母さん達は 少し嬉しそうだった
牧場へ向かうまでの会話は ほとんどなかったけれど
いつも怖い顔ばかりして
よく2人で喧嘩もしていたから
3人一緒の空間で 笑顔を見れるのが
新鮮で
それだけでも 少し嬉しかったのを覚えてる
肩ほどの高さの
鉄線の柵の向こう側に
緩い丘と
牛や馬などの 動物たちの影が幾つも見える
山小屋風のお店の外では
番重を首から掛けた にこやかなお姉さんが
小さく切り分けられた人参を 紙コップに容れて売っていて
大人に手を引かれた子供が 嬉しそうな表情で
その人に 握り締めた小銭を渡していた
景色が輝くって
こういうことなんだって
この時、初めて、
実感した
突然くるっと翻された あたしの手のひらに
500円玉がぽんっと置かれる
右手の中に
じんわりと熱くなった 硬貨を収めたまま
自分でも気付かぬうちに
あたしは店に向かって 駆け出していた
色々な動物に餌をあげていたら
両手がべちょべちょになった
生き物に触れる機会なんて ほとんどなかったから
こんなことすらも
楽しかったりして
近くにあった蛇口で ジャバジャバと手を濯ぎ終わったら
両親がそのまま
向かいのソフトクリーム屋さんに 手を引いて連れて行ってくれた
あたしは少し戸惑いながら
バニラ味を選んで
愛想のいい、 エプロンを付けたおじさんに
お母さんから受け取った 千円札を手渡す
すると
だなんて言って、
あたしのは 少し多めに装ってくれた
アイスを2つ受け取ったら
少し外れにあった 木製のベンチに座って
冷たくて
陽射しで少し火照った身体に じわっと沁みる様なアイスを
お母さんと2人で頬張った
いつか
夢見ていたこと
こんな突然に 叶ってしまうなんて
お母さんは一瞬だけ
その真顔を歪ませるように 微笑むと
ふやけて少し弱くなったコーンを カリカリと噛じった
それを見て
まだあたしのアイスは だいぶ残っていたけれど
お母さんを真似て
真似てみたくて
一緒になって噛じってみる
ソフトクリームを手渡してくれた さっきのおじさんと
お父さんが楽しそうに 話をしていた
お互いに 歯を見せて笑っていて
時折、あたし達に向かって 指を指す
その後は
バター作りや
乗馬体験
そんなキラキラした 初めてに包まれて
あたしはその日をとても満喫した
どこかへ移動する時には
両親が いつも必ず手を繋いでくれた
2人の手が温かくて
あたしは笑いながら 目元を滲ませたりなんかして
だけれど
周りの景色は
当たり前のように 暮れていて
昼には頭上高くにあった 太陽は
低い山の影に 消えてゆきそうになっていた
あたしの人生で初めて
確かに幸せを感じた日
そんな日くらいは
もう少し長く感じたっていいのに
この濃淡のかかった 綺麗な茜空が
少し憎たらしく見えた
また元に
戻ってしまうのだろうか
あたしの声が小さかったのか
ただいつものように 無視をされただけなのか
そのどちらなのかは 分からなかったけれど
あたしの想いは
いつも通りに届かない
そう諦めと我慢を呑み込んで
この思い出が
ただ虚しくならないように
出来るだけ
精一杯に
笑ってみた
車が道の凹凸で ガタゴトと大きく揺れるたび
左肩を締め付けるシートベルトが 少し痛い
そう言うとお母さんは
アルミ缶のりんごジュースを 手渡してくれた
気を利かせてくれたのか 既に飲み口は開いていて
あたしは車の揺れで 零れないように
両手で缶を押えながら 少しだけを急いで飲んだ
心地よい眠気に身を委ねて
目を閉じ、 今日の出来事を思い返してみると
まだ少しだけ あの手のひらの温もりが
こんなあたしにも
まだ
残っている様な気がした
あれ
なんか
土の香りが
する?
何故だか 身体が
動かない
動かない動かない動かない
声が
声が出ない
視界は真っ暗で
いま自分の目が
開いているのか
閉じているのか
それすらも分からない
なんで
どうして
さっきまで車の中だったはずじゃ
それからもがいて
身体を左右に揺らしてるうちに
いま自分が何かの袋に 詰められていることを理解した
身体の正面上の方
おでこの上あたりから
微かではあるけれど
光が漏れていることに気が付く
腕をよじらせながら
なんとか 手を上まで持ってきて
光が漏れている隙間に指を詰めて 穴を拡げていった
あんな子
産むんじゃなかった
チャックをこじ開けて
寒気と震えの止まらない 身体を起こすと
目の前に映ったのは
森林だった
背後には崖
上の方まで目をやると ガードレールの反射板が見える
さっきよりは明るかったけれど
とうに日は落ちていて
迫るように立ち並ぶ 木々の肌が薄気味悪い
立ち上がろうとしたけれど
どうやら
脚の骨が折れているようだった
右脚のすねの真ん中からが
左に向かって曲がっていた
気付けば 身体の至る所に激痛が走って
まともに動かせる状態じゃない
指の爪が剥がれるほど
いくら這っても
目の前の崖は登れなかったし
泣きじゃくりながら いくら叫んでも
助けは来なかった
それからあたしが息絶えるまで
2週間と
掛からなかった
夏休みの終わり頃
テレビの画面を見て
ゲラゲラと笑う両親
画面に映っていたのは
あたしの失踪を心配する アイスクリーム屋のおじさんと
番重のお姉さんだった
『幸せそうな家族』
『優しい両親』
そんな言葉が羅列するのを見て、
この時のあたしは悟った
あの優しさは全部
〝嘘っぱちだった〟って
あたしを殺害した
疑いの目を避けるために
『幸せな家族』と証言する人間を
ただ作っていただけ
そんなことも知らずに
あたしは
……
馬鹿みたい
ばか…みたい…
……
あの笑顔も
あの優しさも
あの手の温もりも
全部
全部全部全部全部全部全部全部全部
嫌い…
嫌い
嫌い
自分でも分かるような
小刻みに震えた息を吐き尽くすと
あたしは
その場で
〝ゴキッ〟
両親の首をへし折った
やろうと思えば簡単だった
あらぬ方向に曲がった首を抱え
力無く畳に倒れていく両親を
目の当たりにしても
このあたしに刺さるものは
別に何も
何も無かった
かつての虐めっ子だろうが 誰だろうが
あたしが手を捻れば
簡単に人が死んだ
これがあたしの
〝初めての思い通り〟だった
気分は
そう悪くなかった
今考えれば
幸せそうな
子連れの家族なんかは特に
見る度に
本当に
本当に吐き気がしたから
〝ホンモノ〟を 持ってるコイツらが
憎くて憎くて仕方がなかった
同じ『家族』のはずだったのに
あたしが 惨めで惨めで仕方がなかった
そう思わせるものを
自分の視界から全て消し去るように
あたしは何度も
何人も
殺していった
ドンッ
意識に 薄い膜をかけられたような
そんな感覚
何かで滲む視界
頭上では 光が何度も一定間隔で通り過ぎた
朦朧とする
なにかの
喪失感
何度も何度も繰り返す 這うような温みが
まだ俺の手のひらに
遺っている
【to be continued】