中島敦
ぐあああっ!
投げ飛ばされた敦は壁にぶつかり、大きく咳き込む。
敦の師
甘い! 甘すぎる!
敦の師
こんな攻撃もかわせないのか!
顔を仮面で隠し、体を大きなマントで隠した白い男は、倒れ込む敦の顔を覗き込む。
顔は見えないはずなのに、その圧に思わず息をのむ。
中島敦
ごめ、ごめんなさい……
中島敦
次は、次はもっと……
敦の師
その言葉をお前はいつまで言うつもりだ。
白い男は大きなため息を吐く。
敦の師
僕がお前を鍛えた時から変わらない言い訳を使うな。
敦の師
次ではない。今、ここで強くなるのだ。
敦の師
お前の異能は、たしかに強い。
敦の師
その異能を使えば、全人類を殺すことはできる。
敦の師
だが、肝心なお前はとことん弱い。
敦は悔しそうに顔をしかめる。
だが、諦めるわけにもいかず、また、構えをとる。
敦の師
……いかん! お前の臆病さが構えに表れている!
敦の師
舐められてもいいのか、お前の実力はその程度だと思われていいのか!
白い男の言葉はだんだんと荒くなる。
敦の師
お前が役立たずと言われていた理由がわかった気がするぞ
その言葉にカチンときた。
“お前のような穀潰し”
そんな声が頭を蔓延る。
中島敦
ぼ、僕は……
拳を握り、月下獣が現れる。
中島敦
僕は役立たずなんかじゃ……ない!
白い男めがけて攻撃を……くらった。
敦の師
……起きたか?
気がついたら、白い男のベッドの上で横になっていた。
どうやら、あのまま気絶してしまったらしい。
中島敦
……あの、先生……
敦の師
なんだ?
中島敦
先生は、僕のこと、その、嫌いですか……?
白い男は顔こそ見えないものの、驚いたような雰囲気をかもし出していた。
敦の師
……質問の意図がわからないな
中島敦
だって、先生はいつも、僕を、役立たず、と言うから……
手に余計な力が加わる。
汗が目の中に入った。
敦の師
……そうでもしないと、敦、お前のもつ力を出せないだろう。
敦の師
だが、そうだな。それではマフィアとしては胸を張れない。
敦の師
それに、敦自身の心を傷つけてしまった。
敦の師
すまない
白い男の申し訳なさそうな声を聞くのは、これが初めてだった。
中島敦
あ、いえ、それは、別に……
敦は顔が赤くなる。
先生の声が無性にくすぐったくて、耳を触った。
敦の師
だが、お前自身が弱いことはたしかだ。
敦の師
これから、僕なしで生きていくことになるだろうから、
敦の師
少しでも一人で生きる術を見つけよう。
敦の師
いや、僕の弟子なら、一週間で習得できる
敦の師
お前の心は、強いだろう?
優しい声色に、敦は、はい以外の返答が見当たらなかった。
先生は厳しい人だったが、敦にとってかけがえのない存在だったのだった。
敦の師
敦、敦
敦の師
紹介しよう。
敦の師
芥川龍之介くんだ
芥川龍之介
……芥川、龍之介と、申す……
敦の師
今日から彼もポートマフィアに属すことになった。
敦の師
お前の初めての後輩だ
先生が芥川を拾ってきた。
その時だった。
芥川にうんと心を引き寄せられたのは。
鮮やかな感情が押し寄せて、敦の顔は紅色で染まっていく。
中島敦
あ、敦、中島、敦です……
芥川龍之介
……敦、そう。敦か……
不器用に芥川は笑う。
その表情に激しく胸を撃ち抜かれた。
これが初めて敦が人を好きになった日であった。