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ワインレッドの真実

2 - 鴨野の追想 (多様性)

♥

51

2023年08月07日

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グラスをカウンターに置き、 一週間前の日を記憶の海から探り出す。

鴨野

息子の洋服を買いに出かけたんだ

鴨野

その時、店先で息子が

鴨野

……スカートばかりを選んでな

鴨野

優香は息子に

鴨野

お前は男なんだから選ぶんじゃない!
と厳しく注意して、

鴨野

僕からも息子に言ってやってくれと頼まれた

鶴崎諒

お前はなんて言ったんだ?

鴨野

誤魔化したよ

鴨野

もしつまずいて転んだ時、スカートだと足を守れなくて傷が残るかもしれないから

鴨野

って言って、ズボンを選ばせた

諒の、全てを見透かすような黒い目が、なんとなく恐ろしい。

鴨野

今はこうして誤魔化したけど、これから先はどうしたら最善だと思う?

鶴崎諒

うーん…

鶴崎諒

お前は誤魔化したっていうけどさ、
本当の理由はなんだよ?

鴨野

それは、息子が幼稚園で揶揄われて、嫌な思いをしてほしくないからだよ

鶴崎諒

なら、誤魔化したままでいいんじゃねえの?

鴨野

え?

鶴崎諒

だって、買い物に行った時、
お前の息子は納得してズボンを選んだわけだろ?

鴨野

まあ、駄々はこねなかった

鶴崎諒

ならそれでいいんだよ

鶴崎諒

全部否定してるわけじゃないからさ

鴨野

でも、それだけじゃ、

鶴崎諒

自信持てよ。

まだ不安だ、と言いかけた僕の言葉を諒は遮る。

鶴崎諒

実際、
お前の機転の良さと、何を聞いても変わらない態度に救われた奴がいる

鶴崎諒

例えば、俺とかな!

諒は誇らしげに自分の胸を叩く。

鶴崎諒

お前の親友がこうして豪語としてるんだ

鶴崎諒

お前は何も間違ってない!

鴨野

諒……

諒の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

鶴崎諒

まあ、それでも不安だって言うなら

鶴崎諒

お前の息子が不審がったとき、

鶴崎諒

さっき言った本当の理由を話せばいい

鶴崎諒

お前の息子、
今は何も分からないだろうけどさ

鶴崎諒

大人になっていくうちに、否定されない嬉しさが分かるだろうから

鶴崎諒

それまでは、誤魔化したっていいんじゃねーの?

鴨野

そうか……

鴨野

そうだな!

鴨野

ありがとう、諒

鶴崎諒

いいんだよ、こんくらい

親友の悩みに乗るのは当たり前だと言って、水を一気に飲み放す。

マスターに水とワインを頼み、僕らはまた黙りこくってバーに流れる音を聞いた。

鶴崎諒

……あ!

突然、声を漏らした諒が喋り始める。

鶴崎諒

そういえば、こんな風にLGBTの理解が深まっていったらさ、

鶴崎諒

中学ん時に苦戦した
男女を何通りで並べるか問題がなくなるかもな!

鴨野

えー! 
僕は得意な問題だったからAやBで代替して存続してほしいね

鶴崎諒

うわ、物好きなやつだなぁ!

鴨野

他にも、多様性みたいな話もしたことがあったよな?

鶴崎諒

あ、あれだろ!

鶴崎諒

数学のことで、

鴨野

どの単元が一番多様性に近いか!

鶴崎諒

当然、1番はベクトルに決まってるぜ!

鴨野

断定は困るな〜

鴨野

僕はまだ諦めてないよ?1番は
“証明”だってこと

その時、僕たちの間に見えない火花が散り始める。

鴨野

証明は色んな方法があって、
100%成立する素晴らしさがあるじゃないか!

鶴崎諒

分かってないな〜鴨野君!
ベクトルに決まってんだろ!

鶴崎諒

始まりは皆一緒だけど、過程は無限大にあるんだぜ!?

鴨野

証明一択だ

鶴崎諒

ベクトル以外の異論は認めん!!

この多様性バトルは高校時代話した時のように白熱していたが、

声の荒げ過ぎで同時に咳き込んだ時、

互いの必死な顔があまりにもおかしくて、 二人笑い合った。

鶴崎諒

結局さ、

鶴崎諒

今みたいに喉をつぶすまで勝負したのに、
決着がつかなくてお蔵入りになったよな

鴨野

お互い、次の日になれば
ダジャレを言って笑ってた気がするよ

鶴崎諒

あ、そうだ! あれも覚えてるか?

鶴崎諒

隣町の蕎麦屋に歩いて行った時、兎野が言ったあのダジャレ!

鴨野

『こんな“遠く”まで来たくせに、
 結局“ソバ”かよ』

こみあがる笑いを二人、肩で震わせる。

こうして僕たちは喉を潤し、 学生時代の思い出を語り合った。

   

鴨野

あ、そうだ

談笑も最高潮になった時、僕はある話を切り出した。

鴨野

もう一つ、僕から話してもいいか?

鶴崎諒

お、もしかして……

鶴崎諒

そっちが今日、本当に話したかったこと?

鴨野

実はな

鴨野

一週間前の日、息子の服を買いに行った時と同じ日だったんだ

鴨野

鴨野

優香が交通事故に遭った話はメールで送っただろ?

諒はこくりと頷く。

鴨野

その時な、

鴨野

現場に息子もいたんだ

鶴崎諒

鴨野

僕らは服の会計に並んでいたんだが、
暇を持て余した息子がぐずってな

鴨野

優香が、外にあるアイスクリーム屋に
息子を連れ出してくれたんだ

鴨野

鴨野

まさかその後、
車に轢かれるなんて思わなかったけど

今でも、一週間前のあの日のことは覚えている。

35度を超える酷暑の日で、 すれ違う人が皆、暑さで顔を顰めていた。

鴨野

鈍い音がビル街に響いたのは、

鴨野

優香たちが外に出て数秒した後だった。

鴨野

妙に店の外が騒がしくて

鴨野

何かに慌てている人間が多かったな。

鴨野

店を出ると、横断歩道の信号は青だったのに
誰も渡らず人集りができていて、

鴨野

ずっと不思議だったのを覚えてるよ。

鴨野

 ただの好奇心で大衆が囲む中心を覗き込むと、

鴨野

道路の真ん中に、
優香や息子と同じ顔をした人間が寝そべっていた

鴨野

普通、さっきまで一緒に買い物してた家族と再会したら血まみれになっている、だなんて思いやしないだろ?

鴨野

だから僕は急いで、
アイスクリーム屋にいるはずの二人を確認した

鴨野

だけど、

鴨野

アイスクリーム屋はシャッターで閉まっていて、
二人の姿はそこになかった!

やっと、あそこにいる二人が僕の家族だと 気づいた時には、もう遅かった。

鴨野

二人のそばに駆け寄って、揺さぶってみても反応はないし

鴨野

腕や足がありえない方に曲がっている息子の状態はあまりにも酷くて、直視することもままならない

鴨野

むせ返る血の匂いに吐き気がして、

鴨野

夏なのに心底冷え冷えとして、

鴨野

目頭ばかり熱くなって、

鴨野

迫り上がる恐怖だけが僕を支配する

鴨野

そんな恐怖が、一週間経った今でも忘れられない

鴨野

我を忘れるくらい二人の名前を呼んで、

鴨野

息子から際限なく溢れ出る血を必死で手で押さえて、

鴨野

はっ! と気がつけば

鴨野

誰かが呼んだ救急車の中にいた。

鴨野

……結果、

鴨野

優香は即死で、息子は意識不明の重体

鴨野

優香はもう、手の施しようがなかったけど、

鴨野

息子はなんとか一命をとりとめた

鶴崎諒

……ここまで悲壮だったとは、正直思ってなかったぜ

鴨野

メールで話すのも気が引けてな

鴨野

これでも、
仕事に行ってはいたんだが
全く使いものにならなくて

鴨野

半強制的に、上司に休まされたよ

鶴崎諒

息子の治療だってあったんだろ?

鴨野

病院と仕事場の行き来はしんどかったよ

鴨野

何もかも、上の空で手がつかなかった

鴨野

だけど最近、
息子の手術に関する書類をジッと眺めて

鴨野

あることに驚かされたんだ

鶴崎諒

……請求料の高さか?

鴨野

そんな真剣な顔して外れるなよ(笑)

首を傾げる諒に、 僕は莞爾とした笑みを見せる。

鴨野

事故の時、息子は出血が多くてな

鴨野

鴨野

輸血する関係で、
血液型を調べてもらったんだ

バーはクーラーが効いて涼しいのに、 汗をかいている諒を一瞥した。

鴨野

鴨野

息子は、A型だった

鴨野

鴨野

……すごいだろう?

鴨野

僕はB型、優香はO型なのに、
A型の子供が生まれてきたんだ

鴨野

どうやら

鴨野

最近の多様性ってやつは、

鴨野

鴨野

親の血液型にもとらわれないらしい

鴨野

鴨野

そこでまた、気づいたことがあるんだ

鴨野

一人、僕の知り合いに
血液型がA型のやつがいたな、って

鴨野

お前が一番、よく知ってるだろう?

鴨野

鴨野

血液型、
A型だったよな?

 諒はギリギリと音が鳴りそうなほど服の裾を握って、 酸素を求めるように口をパクパクさせている。

カウンターと向かい合わせになって、苦しそうに瞼を閉じた。

   

ごめん

   

か細い声で告げられた懺悔は、 二人だけのバーで静かに溶ける。

本当に、僕の親友は……

苗字にサギがいるくせに、嘘が下手な奴だ。

   

改めて知らされた親友の変わらなさと 消化不良の事実を全部、ワインと一緒に飲み込んで、

この夜を強引に終わらせた。

ワインレッドの真実

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