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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

彼と知り合ったのは、 この bar がキッカケだった。

その日の彼は、 陰気な表情を浮かべながら、 カウンターで飲んでいた。

『とても寂しそうな方だな』 彼の佇まいは、 そういうシンプルな言葉で 片付けられる程に印象的だった。

気付けば、私は彼の後姿に見惚れ、 声を掛けたい衝動に駆られていた。

 

あ......

 

あの

 

一緒に飲みません?

 

......!?

私がそっと背後から声を掛けると、 彼はすぐ私の方へ振り向き、 目を丸くして驚いた。

それもそうだ。 突然、知らない女性に 話しかけられたら 誰だって警戒するだろう。

彼はしばらくしてから、 手元に置かれていた ウイスキー色の飲み物に口付け ふぅと深いため息を吐いた。

 

女性が男に話し掛けるって

 

常識的にどうなの?

 

貴方はセルフマネジメントの
意識が低い

 

はぁ...!?

彼は私を一瞥してから、 挑発するように嫌味を言った。

私は彼にそう言われ、 声を掛けたことにひどく後悔した。

しかし、彼の美しく端正な顔立を 見つめているうちに、 その後悔の念は有耶無耶になり やがて消えていった。

 

いや、待って

 

え、イケメンですね

私がそうやって彼を褒めると、 彼の目が一瞬キュッと細くなり

 

別に

と言って、 私から顔を背けてしまった。

 

あぁ

 

すいません...!!

 

変なこと言ってしまって

私は急いで謝罪した。

しばらく沈黙が続いたが、 私が隣でじっと立ち続けていると、 彼は観念したような表情を浮かべ

 

まぁ

 

よく格好いいとは

 

言われるけど

と、返答した。

私は彼が返事してくれたことに つい嬉しくなり

 

なにそれ、自慢?笑

と、突っ込むと

 

キミが言わせたんじゃん

と、彼は少し照れながら 口を小さく尖らせた。

そのやり取りで、 ようやく彼の人間らしさが 少し垣間見えたような気がした。

出会い方は最悪だったものの、 それから色々な話をしている内に 私と彼との価値観が 結構似ていることが分かった。

なんだかんだ意気投合し、 打ち解け合うことができた。

いつしか私と彼は、 この bar で何度か会う約束をし、 他愛もない話をする関係、 "飲み友"の関係になっていた。

最初は冷淡で無機質な男性だと 思い込んでいたのだが、 彼と会う中で、 彼は恋に興味を持たない "ワーカホリッカー"であることに 私はふと気が付いたのだ。

 

恋愛をしたことがない

 

する時間がない

 

そもそも俺が居ないと

 

仕事が回らないんだ

 

貴方は

 

仕事の話しかしないね

 

仕事しかしていないからな

いつも彼は嘲笑を含ませながら 呟くように自虐を言う。

俺が居ないと仕事が回らない。

彼のそんな口癖は、 彼の冷静で ビジネスライクな性格そのものを 象徴しているようにも思えた。

私は彼のセリフを聞いてから、 机の上に置いてあるアーモンドを つまんで、ぽいと 彼の口の中に投げ込んであげる。

 

俺これ嫌い

 

喉が詰まりそうになる

 

好き嫌いしないの

彼は顔を顰め、 奥歯でそれを噛み締めてから 文句を垂れる。

そして、すぐ手元の シャンディガフ色をした スパークリングで ゴクゴクと流し込んだ。

 

ふふ

 

貴方、強いのね

 

そんなに強くもないよ

彼の人間らしい姿を見ると、 私はつい笑ってしまう。

それは彼自身嫌いな面であり、 認めていない所かもしれない。

けれども私は、 完璧主義を取り繕い切れていない 彼のそういった不器用さが、 なによりも愛しく、 可愛らしいと思った。

 

ねぇ

 

休息を取るのも

 

仕事の一つよ

 

分かってるよ

 

だからこうしてたまに

 

一人でバーに来て

 

仕事で溜まったサビを

 

休息で抜いているんだ

 

サビねぇ

 

マスター

 

いつもの

彼はマスターを呼び、 カクテルを注文した。

 

キミはもう飲まないの?

と、尋ねられたので

 

マスター

 

オススメを頂戴

私も便乗することにした。

 

俺の上司はさ

 

俺をモノのように扱う

突如、彼の口から 仕事の弱音が聞こえた。

ただ、その愚痴は 私にとってもなんだか 心当たりあるメッセージに思え、 不可思議なシンパシーを抱いた。

 

アイツらは人間じゃない

 

ただの機械

 

冷たい機械そのものだ

 

俺のような労働モノに

 

指図しかしない

 

俺が居なくなれば

 

アイツらも困るだろうな

彼は冷えた笑いをあげ 運ばれてきたカクテルを口にした。

グロスで塗ったような 妙に艶やかな唇が カクテルグラスから離れると、 私の方に顔を向け直して

 

らしくないな、俺

と、へらっとして呟いた。

 

一緒に、逃げ出す?

 

えっ?

私は本気だ。

私自身も、 仕事面に関して 上司に不満を抱いている。

彼の言うことは、 私の意思を 代弁してくれるだけではなく、 私の嫌な負の感情を ぐちゃぐちゃ掻き回してくる。

不快ではない、 むしろ愉悦な心地。

彼と私は似ている所があり、 共通の部分があるのだろう。

そして、彼の魅力自体は 多分そういった "ちょっとした人間らしさ" というギャップから 溢れ出てきているのだと、 私は確信した。

私はより一層、 彼を知りたいと思った。

 

今日は帰りたくないな

私は普段から使う常套手段で、 彼の気持ちを探ってみる。

 

......

彼は何処となく 気が乗らないと言いたげな そんな表情を浮かべた。

彼にそういう気はないんだ と、私はすぐに察した。

 

あぁ

 

ごめんね、無理言って

 

まだ終電あるから

 

今日はもう帰るね

 

......

 

さよなら

少し泣きそうな顔を隠しながら 店を出ようとすると

 

待って

 

そうじゃないんだ

と、彼が私の腕を掴んで 引き留めた。

 

落ち着いて聞いてくれ

彼の荒げた声に驚いて、 私はとっさに振り返る。

彼の細い流れた目と 私の目がぱちっと合うと、 しばらく時間が 止まったような気がした。

 

俺はキミと会えて

 

世界が変わった

 

キミみたいな人と会えて

 

良かったと思ってる

 

でも......

彼は一息呼吸をして、続ける。

 

騙していてごめん

 

実は俺

 

ロボットなんだ

 

だから人間のキミと

 

恋愛することはできない

 

恋愛をしなかったのは

 

人を愛せなかったのは

 

俺がただの

 

AIだからなんだ...!!

一瞬彼が 冗談を言っているようにも見えた。

誘いを断るための 粋なジョークとも思えた。

ただ、真剣な眼差しで 申し訳なさそうに訴える 彼の姿を見て、 彼は本気なのだと思った。

 

そんな...こと......

だから私は、彼に事実を伝える。

 

そんなこと

 

知っていたよ

 

えっ......?

彼はきょとんとした顔で私を見る。

 

私もロボットよ

 

だからこのバーに来てたの

 

貴方も知ってると思うけど

 

このバーは
上質なオイルを出してくれる

 

オイルが上質だと

 

仕事で溜まりに溜まった
サビが抜けやすいのよ

 

正直アーモンドオイルは

 

ハズレだったけどね

 

あぁ...いや、そうか

呆気にとられている彼に、 私はもう一つ提案をする。

 

もしだったら

 

私と付き合いませんか?

 

私は貴方の
人間らしい一面に

 

惚れています

 

私と貴方なら

 

人間よりも素敵なアイを

 

育むことができると思います

 

私たちが出会えた記念に

 

アイが生まれた日に

 

乾杯しましょう

アイ

お題 記念日

課題 色を表現する

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コメント

4

ユーザー
ユーザー

AI技術が進んだら、ロボットの悩みも人間に似るのかも知れませんね。人間らしいところに惹かれたが、社会への皮肉になっていて面白かったです( *´︶`*)

ユーザー

愛とAI、バーとバレル、色んなものが掛かってるんですね! 機械に「あいつらは機械だ」と貶される人間(おそらく)、どれだけ冷血漢なんでしょうか…

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