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抜糸も済んで退院したのは、それから一週間後のことだった。

背中を引き攣らせる痛みにときどき違和感を覚えながら

久し振りの外気を胸いっぱいに吸い込む。

久留間悟

はーっ、空気が冷たい!

久留間悟

消毒液の臭いがしない!

久留間悟

空が高い!

久留間悟

外最高!!

普段なら絶対に出ない言葉を口にし、軽く足下を跳ねさせる

途端、背中を走り抜けた微弱電流のような痛みに

久留間は小さく声を上げた

年齢のせいもあるのか、塞がったはずの傷痕はまだ痛みを訴える

この痛みが、例えば色気のある経緯からついたものなら

疼痛にも頬が緩むのにと、言っても詮ない仮定に唇を尖らせ

ぶらぶらと帰路についた

昨晩ダメ元で渋谷に迎えを頼んでみたが

平日の業務時間中、しかも数少ない社員が減ってる状況で

歩いて帰宅できる状態の人間を甘やかす余裕はないと

きっぱりと断られてしまっている

せめてもう少し優しい物言いならと肩を落とした時

すでに冬休みに突入したらしい小学生達が

わいわいと群れているのに目を留めた

久留間悟

なんだ?

好奇心を刺激され、後ろからそろりと覗き込む

輪の中心にいる少年の手には、小さなコウモリが蹲っていた

久留間悟

うわ、コウモリじゃん

思わず声を漏らすと、全員の顔が久留間を振り返る

小学生1

誰!?

小学生2

なんだよ、勝手に見んなよー!

小学生3

不審者、不審者だ!

即座に警戒色を強めて騒ぎ始めた子供達の姿に

今のご時世、小学生に不用意に近付くのは失敗だったかと頭を掻く

それでもここで逃げては最悪、今日の夕方にでも

不審者情報として久留間の容姿が通達されるだろう事を想像し

あえて困ったように眉尻を下げて手を合わせた

久留間悟

ごめん、なに見てるか気になっちゃって

久留間悟

――その子どうしたん?

できるだけ表情を大げさに変えながら話しかければ

少し警戒が解けたのか、数人の子供が顔を見合わせる

やがて円陣を組むように何事か相談した後

中心にいた少年がコウモリを手にしたまま進み出てきた。

小学生2

これ?

久留間悟

うんうん、その子

久留間悟

夏は夕方にちょこちょこ飛んでるけど

久留間悟

冬に見かけるのは珍しいなって

小学生3

夏!?

小学生1

飛んでんの!?

久留間悟

飛んでんよー

久留間悟

でも冬は仲間と一緒に冬眠してるはずだしなぁ

久留間悟

弱ってるみたいだしはぐれたのかも

久留間悟

動物病院に連れてかなきゃいけないんじゃないかな

ふわふわとした頭を指先で撫でてやると、つぶらな目が静かに開く

小学生が触れるような作品では恐ろしいイメージがあるはずだが

それに反する愛らしさにわぁと歓声が上がった

小学生1

かっわい!

小学生2

なぁなぁおっちゃん!

小学生2

こいつ元気になる!?

久留間悟

おっちゃん!?

久留間悟

おっちゃんって歳じゃねぇわ!

久留間悟

兄ちゃんって言え、兄ちゃんって!

久留間悟

そうだなぁ……

久留間悟

病院に連れて行けるくらい小遣い持ってる子、いる?

小学生3

……オレらが餌とかあげちゃダメかなぁ

久留間悟

んー、野生動物だからなぁ

久留間悟

確かコウモリって、飼うのは禁止されてるんだよ

久留間悟

もしよかったら、俺が病院に連れてくけど?

小学生2

っ、そう言って虐待したりするんだろ!

久留間悟

いくらなんでも言いがかりがすぎる!

驚いた顔でそう叫ぶと、

言い方が気に入ったのかケタケタと笑い声が起こった

小学生2

仕方ないなー

小学生2

オレら小学生だからな

小学生2

おっちゃんにコイツ任してやるよ

久留間悟

おっちゃん言うな

久留間悟

おし、こっちおいで

おっちゃんという発言にだけは釘を刺し、ポケットの中で

わだかまっていた皺だらけのハンカチでコウモリを包む

小学生3

ハンカチくらい綺麗に入れとけよー

小学生1

大人なのにだらしないー!

久留間悟

ふん、物を知らんおチビどもめ

久留間悟

大人だからだらしなくても生きていけるんだよ

小学生2

おっちゃーん!

小学生2

そいつどうなったか

小学生2

今度会ったら教えてなー!

久留間悟

わかったー!

久留間悟

でもおっちゃんって言うなー!

反論すれば、なおさらおっちゃんおっちゃんと声をあげて去って行く

どうやら大人をからかって遊ぶのが楽しい時期らしいと肩を竦めると

全員どこかで足の小指をぶつけるがいいと小さく笑った

???

あんないい子達に呪詛を吐くなんて

???

意外と性格悪いのね

久留間悟

そっかなー

久留間悟

こんな好青年をオッサンとこき下ろしたんだ

久留間悟

あれくらいはとうぜ……んん!?

当たり前のように返事をした後で

見知らぬ声と気付き大きくまばたく

周囲には行き交う人間も少なく

間近で久留間に声を掛けてくるような人物は見当たらなかった

恐る恐る手の中を見る

小さなコウモリはにんまりと愛らしい目を細めていた

???

あら、私の声が聞こえて?

???

ならあなたの血を一滴くらいねだっても……

???

許されるかしら

高慢にも聞こえるその声は、コウモリの口元から発されている

彼女が弱っているためかそれとも

自身が本調子でないために見逃してしまったか

どちらにせよ非常に微弱な人外の気配に気付かなかったことを後悔し

久留間は片頬をひくつかせた

久留間悟

……おぁー

久留間悟

こりゃまた厄介なのに関わっちゃった感じかな

???

厄介だなんて失礼ね

???

ついこの間まで三ブロック先の家で飼われてた

???

ただのサキュバスよ

久留間悟

飼われてた?

久留間悟

サキュバスが?

久留間悟

食ってたの間違いじゃないの?

サキュバス

あら、食事を与えてもらってたのよ

サキュバス

飼われていたで間違いないわ

サキュバス

もっとも、どういうワケだか……

サキュバス

先日ぽっくり逝っちゃったんだけどね

久留間悟

……どういうワケだかもクソもないっしょ

淫魔の食事が精気だというのは、常識だとうなだれる

要は相手が干からびるまで搾り取ったんだろうと吐き落とせば

コウモリはコロコロと鈴のような声で嗤った。

サキュバス

そんなことはどうでもいいのよ

サキュバス

ねぇ、お願いだから血を一滴ちょうだい

サキュバス

そしたら私もすぐに回復して

サキュバス

久し振りの我が家へ帰れるんだから

久留間悟

――一滴?

久留間悟

ホントに?

サキュバス

えぇ

久留間悟

まっすぐ帰るね?

サキュバス

よほどのことがない限りはね

愛らしい仕草に、苦々しい顔で仕方ないと呟く

久留間悟

分かった、一滴ってんなら俺の血をあげる

久留間悟

でもねサキュバスのお嬢さん

久留間悟

知らないと思うけどさ

久留間悟

俺、痛いのって大嫌いなんだ

サキュバス

あら、男なんて往々にしてそうよ

サキュバス

処女を失う痛みなんて耐えられないでしょう?

久留間悟

んー……

久留間悟

それはどうかなぁ

本来物を入れるべきでない場所に挿入される痛みや不快感を

久留間は知らない。

けれど学生時代の未熟な性交渉で

痛みなんてどうでもいいから早くお前のモノにしろと

急かされた覚えならある。

当時は有頂天且つ必死の思いで勢いづいていたものの

今考えれば慣らす時間も足りないし

挿入時の声は明らかに痛みを訴えていた

相手の顔は蒼白で涙が止まらず

せめて悲鳴をあげまいと歯を食いしばっていたのを覚えている

反省点ばかりが思い起こされるものの

痛みに耐える姿を見下ろして、興奮してしまったのも否めない

まだ髪が黒かった頃を回想し、思わず緩んだ頬を慌てて打った

サキュバス

なに?

久留間悟

なんでもない!

久留間悟

ほら、俺の気が変わんないうちに早く!

久留間悟

あ、でもできるだけ痛くしないでもらえると嬉

久留間悟

いってぇ!!

ささやかな懇願の言葉が終わるよりも早く

コウモリの小さな牙が指先の皮膚にぷつりと刺さる

久留間が悲鳴をあげはしたものの

恐らく皮一枚裂けただけらしいそこからは

血球が風船のように膨らんだだけだった

サキュバス

あら、思ったより不健康なのね?

サキュバス

ずいぶん血が黒いわ

サキュバス

ちゃんとお野菜食べなきゃダメよ

久留間悟

……まさか悪魔に栄養指導されると思わなかった

久留間悟

そんなにかぁ

小さな舌がピチピチと音を立てて血を舐めつくし

毛むくじゃらの顔が満足したように笑みを見せる

小動物のこういう顔は否応なく癒やされてしまうと恍惚とした時

コウモリは羽ばたきもせずふわりと宙へ浮き上がった

サキュバスの爪痕

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