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テラーノベル(Teller Novel)

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少し眠っている間に、東夜はCAに起こされて着陸の報せを受けた。

ふらふらと空港を抜けて、そのまま歩き続けた。

全く見知らぬ地。

四国と聞くとどこか異国めいていて、仙境にでも迷い込んでしまうのではないかと、馬鹿らしいイメージがあった。

険阻な山岳に荒れ狂う大海。

それは一部間違いではないのかもしれないが、東夜が降り立ったこの地は、まるで可愛らしいミニチュアに映った。

東夜の大学はいわゆる首都ではないものの、都会と呼ばれる部類にはあった。

長年、旅行もせずにその地で暮らしていた者からすれば、この四国の地は都会にある全てをミニサイズにして、"天然の"自然が街と共生した姿に見えた。

それと比較すると、 都会の自然は不自然なのだ。

天然の自然が都会に残されていたとして、本来の風情が景観と相反するから機能しない。

しかしここは自然に、何か穏やかな気風を感じさせる。

自由であった。

自由……か

自由というものは、不安だ

東夜は、今になって言い知れぬ焦燥感を覚えていた。 理由は分からないが、何かが蠢いていて落ち着かなかった。

気を紛らわせるために、何かないかと探していると、そこに……。

三井東夜

喫茶店……。

空港からそう離れてはいない。 感覚も鈍く鬱いでいたので、正確性は期待できないが50メートルも歩いていない気がした。

田舎町にしては栄えているであろうはずの只中に、異質な寂れた個人喫茶店がそこにはあった。

屋根は青緑がかったレトロ調で、それに準じようと木造の壁がどっしりと構えている。

しかし、この中途半端に交通量の多い街の特性のおかげか、人を包む外壁は煤けて汚れてしまっている。

自然ではない、と思った。

東夜は小さめの窓に身を寄せてみた。

中は昼間なのに随分と暗い。 だが、バーのマスターでもやっていそうな気取った小髭を生やした男が、暇そうにカップを点検しているのを見るに、どうやら営業中のようだ。

他に客はいなかった。

東夜はまた外観を見る。

大きめのビルが喫茶店の裏に位置していおり、その両隣にも機能しているのかもわからない小汚いビルがある。

太陽は、南よりやや西に傾いている位置にある。

この店は対して北の方を向いていて、南の方はやはりビルが建っている。おまけに午前と午後も太陽光が届くのはなかなかないのではないか。

その癖、可愛らしく採光を諦めている小窓を貼り付けているのだから勝手が悪いとしか言いようがない。

冬場は猛烈に寒いに違いないだろう。

東夜は目前にあるどうしようもない店にケチをつけながら、立ち渋っていた。

 何故か、この非合理的な店に魅力を感じてしまっている。

まるで滑稽だが、蛇に睨まれたかのように店を凝視していると、カラカラと音を立てて、中から例の気取った男が出てきた。

店主

どうかした? お兄さん。

その男は馴れ馴れしく、タメ口で話しかけてきた。

三井東夜

い、いや。

店主

店の前でどうしたの。

三井東夜

別に、どうもしていたわけじゃないですが……。

店主

ふーん、そうなんだ。

店主

おっ、今日は日当たりいいねぇ。

男は空を見上げて、うんと伸びをした。

年齢はおよそ30代か。もしくは意外と若造りが功を奏した結果の40代なのかもしれない。

身長は東夜とほぼ同じく177、8はあろうか。

その風貌によく似合った渋みのある声だった。

突然、店をまじまじと見ていたところを男に話しかけられたので、幾分と決まりが悪かった。

東夜は何も言えずに俯き加減にいると、男は柔和な声色でこう言った。

店主

うち、入る?

三井東夜

はい?

店主

コーヒー1杯くらいなら、サービスしてやってもいいぜ。

店主

そんな店の前で冷やかされてるより、暇だから俺の話し相手にでもなってよ。お兄さん、なんか訳ありみたいだしさ。

三井東夜

いや、でも。

店主

まあまあ、遠慮することはないよ。

店主

ほらほら、入りな。

そう言うと、店主は煤けた扉を開けて入って行ってしまった。

今は人と関わりたくない

面倒な展開だ

東夜は渋面を浮かべて、非合理に呑まれていった。

意外と綺麗にしているな

コーヒーの立ち込める匂いが、今の俺を落ち着けてくれる

入ってよかったか

いやしかし この男はそりが合わないかもしれない

この男だって 本質などないかもしれない

さまざまな想いが錯綜していた。

ここに掛けていいよ、と勧められた席は1人掛けの街道を見渡せる窓に面していた。

過ぎゆく車や人の流れを見つめるうち、東夜の思いは鎮まった。

店内に目を転じると、ちょうど男がコーヒーカップを形式的に盆に乗せて持ってきていた。

その盆に2つカップが並んでいるのを認めたとき、顔を歪めたのを隠すことに成功したかどうか、不安だった。

曲がりなりにもこの小髭の店主は、親切にしてくれている。

東夜は周りの人間を記号と割り切れないないまま接している自分に、驚かざるを得なかった。

堂に入った腕の運びによって、コーヒーカップを丁重に目の前に置いた。

その際、ふざけたように外向きの声を発した店主は、自分の小ボケに吹き出していた。

しかし東夜はその様子を横目で見て、無視を決め込んで窓外を再び見つめた。

店主は未だに笑いを抑えず、震えた声でこちらに話しかけた。

店主

本当、うちは見ての通り閑古鳥だからね。

店主

あの扉についてるカラカラいう鈴、鳴らしてるの自分だけじゃないかな。

店主

鳴らすのは神社の鐘だけにしとけってね。はっはっは。

店主

ああ、それに。

店主

客にコーヒー運ぶのもなかなかないんだよ。喫茶店のくせに。

店主

はっはっは。それがなんかおかしくて……いや、別に自虐とか自嘲してるとかそういうのじゃないぜ。

店主

生涯、楽観主義を標榜する俺だから、こんなこともただの笑い話なんだなぁ。

店主

周りのやつは、「笑えねぇよ!」なんて、ツッコミを入れるけど、いやぁ、これでも割と生活はできてるんだよなぁ。

店主

何せ豆を売ってるからねぇ。店やるより、そっちの方が儲けてるご時世だ。

店主

10年前くらいは、客足も悪くなかったんだがなあ。今は皆、財布の紐が固くなってしまってる。バブル崩壊ってもんは、正しく泡沫に消えてしまったんだな。

店主

世知辛いご時世だね。本当。

店主

………。

店主

………もう少し、愛想くれない?

店主はようやく喋りを止めた。

世話を焼いて欲しい犬のような目で、話に対するレスポンスを求めた。

東夜は少し反省して、意識を向けてみた。

三井東夜

いや、すみません。

三井東夜

確かに、生きづらい世の中です。

店主

でしょう? まぁ、それでも生きてれば別にいいんだけどな。

店主はコーヒーを鼻に近づけて存分に匂いを吸入してから、湯気の出る黒々と深煎の液体を飲んだ。

その様子を見て、東夜もコーヒーを飲んだ。

美味かった。

三井東夜

……生きてれば、別に良いという感覚は俺には分かりません。

店主

そうかぁ。まぁ、お気楽に聞こえるよなぁ。

三井東夜

お気楽というか、逆にそれはとても難しくて勇気がいると思います。

店主

お、君はそう言ってくれるか。

店主

俺の知り合いなんかは、皆この主義掲げる俺に対して馬鹿だなんだいうんだぜ? 酷いだろう。はっはっは。

店主は楽しそうにコーヒーを飲んだ。

三井東夜

……人間って、何かを意味付けしないと不安で仕方がないと思います。

店主

そうだね。

三井東夜

誰も何も頼ることができない海原に、一人で航海してる気分になるんです。

三井東夜

そこで自分自身が意味づけ……この例えで言うなら、心許ない船をどんどん強固にしていく。

三井東夜

沈まないために。溺れないために。

三井東夜

死なないために。

死なないために

店主

うんうん。君の考えはよくわかるよ。そうやって生きるのが人生ってもんじゃないか。

三井東夜

……しかし、そこに本質が見当たらない。

店主

本質?

三井東夜

本質です。本質の存在が、俺をここまで運んでしまったんです。

店主

本質、ねぇ……あ、そうだ。君、ここまで運んだって言うのは別の意味なのかもしれないけど、君は地元の人間じゃないでしょ。

三井東夜

はい。

店主

そうだよねぇ。標準語ってやつか? 俺もそこまで訛ってはいないと思うけど、ここに住んでからもう長い。

店主

……ああ、ごめん。ちょっと気になっただけだから、話の続きでもしようか。

店主

そうだな。君の言う本質ってなんなんだ?

三井東夜

それはもちろん……。

もちろん、なんだ?

俺は、本質を理解しているのか

本質?

一体なんなんだそれは

途端に東夜はまた、あの焦燥感が沸き起こった。

動悸が激しくなる。

三井東夜

本質……本質は。本質というものは。本質って。本質……ほんしつ。

店主

おいおい、大丈夫か?

三井東夜

俺は……何をこんなに?

三井東夜

分からない……。

店主

様子が変だが、本質というものがわからなくなってるのかなぁ。

店主

本質なんて言葉は、人によって意味合いも変わってきてしまうのかもしれないけどね。俺が考えるに、人生においての本質は生きる理由みたいなものだろう?

店主

それは多くの人が意を同じくするところじゃないかな。

三井東夜

そう、それが、それが俺には見当たらない……いやちがう、周りの人間が。

店主

うーん。俺も人並みの大した人間じゃないから、偉そうなことは言えないけど。

店主

君は、自分で創る世界に不安を覚えているんじゃないかな。

三井東夜

不安?

店主

そう。不安だ。

店主

さっきの君が喩えた話を聞くに、与えられたこの世界を海だとしよう。そう、それはとにかくでかい。どこまでも続いてそうだ。

三井東夜

海。

店主

これも君の言を借りるならば、意味づけによってその海を渡る船ができる。

三井東夜

世界を意味づけによって渡る。

店主

そうだな。さっきも言った通り、それが人生じゃないか。そういうものなんだよ。

店主

しかし君は、自分の意味づけに信頼を置けなくなっている。

店主

あまりに広大な海だ。君の作った羅針盤通りの方向に進めば良いのか不安にもなるし、世界に対して自分の作った船はいかにも脆弱だ。このまま進めば、大破して溺れかねない。

店主

だから、そこで止まり続けてしまう人もいる。

三井東夜

そう、なのですか。

店主

ああ。君は「周りの人間が」と漏らしていたが、その不安が自分の領域に入る他の船を攻撃、または、回避しようとしてしまうのじゃないかなぁ。

三井東夜

そう。そうかもしれない……。

店主

そこで必要になるのが。

自由と寛容なんだよ。

店主はそう言った。

三井東夜

な、何だって?

三井東夜

俺は、俺はその言葉を、お、恐れてるのか。

店主

訳ありだとは思ったが、生きることに対しての意味を見失う……いや、意味自体を恐れていたんだね。

店主

……さて、もう少し話そうじゃないか。

店主はそう言ってコーヒーを飲み、立ち上がった。

カラカラと音が鳴る。

また、自分でその音を鳴らしたのだ。

窓から様子を見る。

扉には板がかけられていた。

店主はopenと書かれた意味を成さないその板を。

形式上、closeに変えた。

【短編】夜仰ぐ、果て嘆く。

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