私にはジンクスがある
「何かを失うと何かを得る」 というジンクスだ
水槽の水面に金魚が浮かんだ日に 父がゲーム機を買って帰ってきた
シロが車にはねられた日と 私に初めて恋人ができた日は同じで
会社の内定を知らせる電話を受けた時 留守電には祖父が倒れたというメッセージが入っていた
今日、競馬で大勝ちした
家に帰ったが、妻はいなかった
私
電気をつけ、名前を呼んだが返事はない
その時 携帯に着信があった
携帯
女性の声だった
私
携帯
...病院?
胸騒ぎがした
携帯
私
携帯
何だ
この人はいったい何の話をしているんだ?
携帯
まるで現実味がなかった
携帯
私
本当に?
今朝、家を出るときはいつも通りだった
「また競馬?」なんて悪態をついて笑っていた
携帯
私
携帯
携帯
携帯
暫くの間、私は携帯を耳に当てたまま立ち尽くしていた
部屋を見渡す
寿々子はいない
もう帰ってくることもない
私は2人がけのソファーに腰を下ろした
身体が震えていた
本当に?
本当に、現実なのか?
頬をつねるべきか?
いや
信じよう
これは現実だ
これは現実なんだ
口の端が歪む
私
私
私にはジンクスがある
「何かを失うと何かを得る」 というジンクスだ
勿論、このジンクスの存在を私は自覚している
それでも私は競馬を続けた
こんな不吉なジンクスを持っている私だが、それでもギャンブルを続けていたのには理由がある
私はすぐに玲奈にメッセージを送った
これで彼女と結婚できる
私
笑いがこみ上げてくる
罪悪感はある
だが寿々子を殺したのは私ではない
あくまで、事故だ
テーブルに置いた携帯がすぐさま鳴る
私
それは知らない番号からの電話だった
携帯
どうやら寿々子を殺してくれた建設会社の人間のようだ
本来なら「お世話になっています」とでも言うべきところだが、私は終始無言で押し通した
彼が電話をかけてきた目的は、現状の整理と慰謝料の提示だった
携帯
そんなに貰えるのか
右手は自然とガッツポーズを形作ったが、声は冷静に保たなければならない
私
それだけ言って私は電話を切った
冷蔵庫を開ける
私
これから病院に行かなければならない
牛乳を取り出してコップに注ぐ
私
私は電源の携帯をオフにして家を出た
冷蔵庫を開ける
牛乳を飲んでから約4時間経っていた
今度は缶ビールに手を伸ばす
プルタブを起こし口をつけ350mlを喉に流し込む
私は酒に強い方ではない
私
それでも酔った気はしなかった
ビルの上のクレーン車が鉄材を落としたそうだ
『ご遺体の...その状態があまり、良くなく、身元の確認に手間取りまして』
納得だ
私でさえ分からなかった
名前が書かれた紙が彼女の横に置かれていた
それを見なければ、到底分からなかった
その名札も相染まって、展示された芸術作品のようだった
私は携帯の電源を入れ、電話をかけた
1コールででた藤井さんが名乗るのを聞くと、私は言った
私
私はその場に泣き崩れていた
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解説 事故で寿々子と玲奈の2人を失った