TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

それから数日間、冬馬からの連絡はなかった。

私は、何も手につかなかった。

ぼんやりとしたままバイトをしていると 真尋が心配そうに話しかけてきた。

真尋

千夏さん

真尋

最近…大丈夫?

千夏

うん

千夏

千夏

ちょっと疲れてるだけ

嘘だった。

本当はもう、限界だった。

でも、それを認めたら、全部崩れてしまいそうで。

その夜、スマホが震えた。

冬馬だった。

私はすぐに返信した。

千夏

何もしてないよ

冬馬

じゃぁ、こいよ

たったそれだけ。

それでも、私はまた行ってしまう。

冬馬の部屋に入ると 彼はソファで私を見上げて、少し笑った。

冬馬

なんか、お前
最近元気なかったな

千夏

千夏

別に

冬馬

まぁ、いいけど

そう言いながら、冬馬は私の頭を優しく撫でた。

その瞬間、張り詰めていた何かが切れた。

千夏

あ…

気づいたら、涙がこぼれていた。

冬馬が、少し驚いた顔をする。

冬馬

冬馬

なに、泣いてんの

千夏

千夏

わかんない

 涙が止まらなかった。

千夏

ごめん
なんか疲れてたのかも

必死に誤魔化す。

冬馬は少し考えるような顔をしたあと 私を強く抱きしめた。

冬馬

ん、いいこ

その言葉が、優しすぎて。

 私はまた、ここから抜け出せなくなる。

冬馬の腕の中にいると すべてがどうでもよくなった。

さっきまで張り裂けそうだった心の痛みも 涙も、全部この温もりに溶けてしまいそうで——。

冬馬

お前
ほんと手がかかるよな

耳元で囁くように言われて、私はかすかに笑った。

千夏

千夏

めんどくさい?

冬馬

うん、めんどくさい

冬馬はそう言いながらも、私の髪を指先で梳く。

その優しさが、どれだけ私を狂わせるかなんて きっと気づいてもいない。

冬馬

でもまぁ

冬馬

冬馬

こうして泣きついてくる
お前、嫌いじゃないけど?

冗談めかした声。

それだけで、私はまた安心してしまう。

冬馬が私を嫌いになったわけじゃない。

まだ、私はここにいてもいいんだ。

傷ついても、冷たくされても こうしてまた優しくしてくれるなら、それでいい。

千夏

今日は帰りたくない

冬馬

知ってる

冬馬

だから呼んだんだろ

冬馬は呆れたように笑って、私の頬を撫でる。

また、この繰り返し。

でも、それでいい。

そう思っていたのに——。

次の日、私はまた地獄に突き落とされることになる。

真尋

千夏さん

バイト先のバックヤードで 真尋が真剣な顔で私を見た。

千夏

なに?

真尋

気づいてないの?

千夏

千夏

何の話?

嫌な予感がした。

でも、耳を塞ぐことはできなかった。

真尋

あの人

真尋

また女性といたよ

 ——え?

心臓が止まるかと思った。

真尋

この前とは別の人

真尋

昨日、千夏さんの事
呼ぶ前にその人といた

何かの間違いだと思いたかった。

でも、真尋の目は真剣で 嘘をついているようには見えなかった。

千夏

千夏

真尋

嘘なんかつかないよ
俺、見た

頭が真っ白になった。

千夏

千夏

でも、昨日は…

あんなに優しかったのに。

泣いてる私を抱きしめてくれたのに。

あれは、一体なんだったの?

真尋

いい加減、目覚めなよ

 真尋の声が少し怒っていた。

真尋

あの人は千夏さんを
大事にしてなんかいない

真尋

都合のいいときに呼んで
雑に扱って

真尋

適当に優しくして
……それだけだろ

千夏

千夏

やめて

真尋

やめない

真尋

千夏さんいつまで
そんなのに縋ってんの?

千夏

千夏

やめてよ!!

思わず叫んだ。

涙が込み上げてきた。

千夏

わかってる!!

千夏

千夏

そんなの、わかってるよ…

でも、離れられない。

それを認めてしまったら 本当にすべてが終わってしまう。

真尋

真尋

もういいよ

真尋はため息をついて、ポケットに手を突っ込んだ。

真尋

千夏さんがどうしても
離れられないって言うなら

真尋

俺は何も言えない

千夏

千夏

うん

真尋

でも
いつでも逃げてきなよ

真尋

待ってるから

そう言って、真尋は私から離れた。

私はその場にしゃがみ込んだ。

進むことも、戻ることもできない。

ただ、同じ場所で 冬馬に縋り続けることしかできなかった。

暗い部屋の中、息が詰まりそうだった。

冬馬の手が私の体を支配する。

千夏

……っ

いつものことなのに 今日に限って、妙に冷静だった。

 ——私、今、何してるんだろう。

頭の中にふと、真尋の顔が浮かぶ。

 『いつでも逃げてきなよ』

そう言ってくれた、優しい瞳。

あの時、私は何も言えなかった。

だけど——今なら。

千夏

千夏

もう、やめたい

自分の声が、驚くほどはっきりと聞こえた。

冬馬の動きが止まる。

冬馬

冬馬

は?

千夏

私…この関係
終わりにしたい

冬馬が顔を上げ、じろりと私を見下ろす。

その目には、これっぽっちの動揺もなかった。

冬馬

終わりにするって、何を?

わかってるくせに。

いつもの余裕のある笑みを浮かべたまま 冬馬は私の顎を指先で持ち上げた。

冬馬

お前が
今さらそんなこと言って

冬馬

俺が引き下がると思う?

 ——逃げられない。

心臓が早鐘のように鳴る。

千夏

でも、私…

言葉が詰まる。

冬馬は少しだけ息をついて、私の髪を乱暴に掴んだ。

千夏

ぅっ…

冬馬

勝手に酔って

冬馬

勝手に縋って

冬馬

好き勝手泣きついて

冬馬

冬馬

それで終わりにする?

冬馬

ふざけんなよ

低く、冷たい声。

ゾクリと背筋が凍る。

冬馬

終わらせたいなら

冬馬

終わらせてみろよ

強く押し倒される。

怖い。

これが、私が求めていたものだった?

違う——違う。

 私は、何が欲しかったんだっけ?

 ——助けて。

誰か、助けて。

千夏

千夏

真尋

気づけば、無意識にその名前を口にしていた。

冬馬がピタリと動きを止める。

あ、ダメだ。

言ってはいけない名前だった。

冬馬

冬馬

は?

冬馬の表情が、明らかに険しくなる。

冬馬

今、誰の名前言った?

千夏

千夏

違う、今のは…

冬馬

真尋?

冬馬の顔が歪む。

冬馬

お前さぁ、何?
俺に抱かれながら
他の男考えてたの?

千夏

違う、違うの……!

冬馬

違わねぇだろ

冬馬の声が冷たくなる。

いつもは余裕たっぷりだった彼の顔が 怒りで強張るのがわかった。

私は、本能的に危険を察知した。

千夏

千夏

帰る

そう言いながら、私は彼を振りほどこうとする。

でも、冬馬の手は強く、離してくれなかった。

冬馬

帰る?
俺のこと散々利用して

冬馬

今さら?

千夏

違う……っ

冬馬

じゃぁ何?

苦しい。

怖い。

もう、終わらせなきゃいけないのに、体が動かない。

冬馬の冷たい視線が突き刺さる。

 ——やっぱり、一人じゃ無理だ。

もう、これ以上自分に嘘をつけない。

スマホに震える手を伸ばす。

真尋……

千夏

たすけて

私は、ようやくその言葉を送った。

この作品はいかがでしたか?

44

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚