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十年前の夏休み。
七歳だった俺、倉敷《くらしき》柚子葉《ゆずは》は、東京郊外にある薬王院での参拝の帰り道、参道で出会った赤鬼に霊魂を奪われた。
それから十年が経ち、十七歳を迎える夏休み。俺は再び田舎のお祖父ちゃんの家に遊びに行く。
お祖父ちゃんの家に滞在して二日目の真っ昼間。 消えたはずの片思い相手、 "志恩"と再会する。
東京郊外にある"八童子市"の各所に出没する妖怪を退治しつつ、志恩と協力して、十年前に消えてしまった葉月兄さんを探していく。
倉敷家に代々受け継がれる "七度返りの宝刀"を巡る 奇妙な物語りが、現代と平安時代を交差して始まる。
津名久
聞き慣れた声の方へと目を向ける。 そこにはシゲシゲお祖父ちゃんが座布団に座っていた。
今年で八五歳を迎える 茂《しげる》お祖父ちゃん。
千代子お祖母ちゃんは "シゲちゃん"と呼んでいるが、 俺は小さい頃から "シゲシゲ"と呼んでいる。
シゲシゲは綺麗な銀髪をしていて、 肩も広い。 八五歳とは思えない若さとガッチリした体型をしており、 本人を前にして"お祖父ちゃん"と呼ぶのは失礼だと感じている。
庭園に続く 縁側に座っていたシゲシゲは、 倉敷家が代々受け継ぐ "七度返りの宝刀"の手入れをしていたようだ。
俺は額や眉をこすり、居間の壁に掛けられた時計を見上げる。
チクタクという音を鳴らす掛け時計は、午後の五時過ぎを指していた。
宝刀の手入れ……
というよりは、鞘から刀を強引に引っ張るシゲシゲを目で追う。
柚子葉
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲ
縁側に置かれた座布団に座り、シゲシゲを見る。
そこには鞘から本体を抜こうと奮闘するシゲシゲの姿があった。
柚子葉
代々倉敷家を引き継ぐものに与えられる"七度返りの宝刀"は、 持ち主を選ぶ。と言われている。
宝刀といっても鍔も欠けていれば、脇差ほどの長さでしかない。
宝刀とは程遠い見た目をしたサビだらけの鞘だが、シゲシゲにとって大切な物だそうだ。
シゲシゲのお父さん、俺の曽祖父から宝刀を受け継いだシゲシゲは、曽祖父と同様に宝刀を抜刀することができないらしい。
奮闘するシゲシゲを覗き込む。 顔が真っ赤だ。
柚子葉
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲ
シゲシゲの両肩をポンっと叩く。
その拍子で宝刀が抜けた――と思われた。だが違った。
シゲシゲの手のひらから飛び出した宝刀は、宝刀の名にふさわしいほどの "七度返り"で空中を舞った。
俺とシゲシゲは、飛び出した宝刀に手を伸ばす。
しかし、シゲシゲの怪力によって飛び出した宝刀は、ポチャン、という音と共に庭園の池に入ってしまった。
開いた口が塞がらないシゲシゲを見下ろす。 思わずシゲシゲの肩を叩いてしまった。
柚子葉
シゲシゲ
千代子
千代子お祖母ちゃんに肩を叩かれる俺とシゲシゲ。
いつから縁側に立っていたのか理解できず、驚いてしまった。
その時。俺の腹がグーっと鳴った。
柚子葉
千代子
自分で訊いたのはいいものの、去年と同様に食卓に敷き詰められるほどの料理を想像する。
お祖母ちゃんが最後まで言い終わる前に居間に駆け込んだ。
俺と千代子お祖母ちゃん、シゲシゲの三人で食卓を囲み、料理を口に運ぶ。
突然、何気ない会話をシゲシゲは振ってきた。
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲは寂しげな顔を浮かべている。俺は間髪入れず呟く。
柚子葉
ジャージの内側に縫い付けてある護符を見せる。
それでも安心してくれなかったシゲシゲは、話を続けようとする。
シゲシゲ
千代子
千代子お祖母ちゃんは、俺の援護をしてくれた。
サンキューバッバ。
食事を終えた俺は、考え込んでいるシゲシゲを置いて二階に向かう。
柚子葉
シゲシゲ
座布団から立ち上がったシゲシゲは、バスの車内に置き忘れたはずの俺の "麦わら帽子"を持っていた。
柚子葉
シゲシゲ
まただ。またシゲシゲの長話が始まる。
それから俺は柱に寄りかかりながら、シゲシゲの長話に付き合ってあげた。
シゲシゲが幼い頃から十八歳までの頃、シゲシゲは、倉敷家の守り神である鴉天狗と毎日遊んでたという。
淡い初恋や大人への階段、薬王院への参拝を付き合ってくれた鴉天狗。
シゲシゲが辛い時には、いつだって側に居てくれたらしい。
しかし、十八歳の誕生日を迎えたシゲシゲ。
その日から鴉天狗は、シゲシゲの前には現れなくなり、忽然と姿を消した。
シゲシゲの話によると、鴉天狗は姿を消しただけで、いつだって側にいるという。
その証拠として、シゲシゲが嬉しい時や悲しい時には、必ず倉敷家の屋敷内に"数枚の木の葉"が置いてある。
柱に寄りかかりながら、掛け時計の秒針を目で追う。
柚子葉
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲ
柚子葉
シゲシゲ
シゲシゲは目を瞑って昔話に夢中になっていた。
勿論、俺は退屈でしょうがなかった。
千代子お祖母ちゃんに目を向け"あとは任せなさい"との合図を送ってもらい、俺は居間から出る。
柚子葉
と呟き、廊下の突き当たりにある階段を上る。
急な階段を上り、葉月兄が使っていた部屋に入る。そこには去年と同様の部屋の姿があった。
柚子葉
妖怪や詩歌、モールス信号の資料が敷き詰められた本棚。
歴史の教科書が並んだ勉強机。
志恩が置いていったエロ本。
何から何まで、去年、いや十年前から何も変わっていなかった。
当たり前だ。葉月兄は十年も昔に消えたんだから。
部屋の中央に置かれた、万年床に倒れ込み、あの日からの日常を思い出す。