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2029年8月16日

タンカーはゆっくりと

太平洋を漂っていた

玉野

おや、霜月さん

玉野

夜更けにこんなところでなにを?

絵美衣

海をみたいなって

絵美衣

思っただけです

玉野

ふーん

玉野

そうですか

玉野

生き延びる権利を手に入れたのに

玉野

嬉しそうじゃないですね

絵美衣

玉野

安心して

玉野

あなたのご両親は

玉野

いま台湾にいます

玉野

あなたも最終的には

玉野

そこに行けますよ

絵美衣

そう…

玉野

ご両親となにかあったんですか?

絵美衣

別に

玉野

心配することは無いですよ

玉野

なにせあなたはいま無事なのですから

絵美衣

玉野

ほんとうに元気ないですね

玉野

食事をとりましょう!

玉野

なにか食べて体力をつけるのが

玉野

一番です!

絵美衣

玉野

では先に船室にもどって

玉野

食事の準備をしてまいります

玉野

ん?

玉野

あれ?

玉野

霜月さん?

玉野

霜月さんがいない!

玉野

どこに行っ――

玉野

まさか

玉野

霜月さん

玉野

霜月さん!

向こう側って…

サワタリ

おれは、大事なことを

サワタリ

見落としてたんだ…

サワタリ

父さんと母さんの、書いた遺書が

サワタリ

その意味が、いまようやくわかった

サワタリ

ぐっ…その、すべてを

サワタリ

伝えなきゃ、ここで…

サワタリ、無理をしたらいけない

無理に話すことはないよ

サワタリ

いや

サワタリ

今話そう

サワタリ

おれはやっぱり、もう、長くない…

父さんと母さんの 遺書には

おれが存在したという話が 書かれていた

だがそれによると

おれは産まれて間もなく

なんの前触れもなく 突然死んでしまったらしい

父さんと母さんは その後立を産んだ

しかしその前に死んでしまった おれのことを

ひどく悔やんでいた

その念が おれにふたたび命を与えたのか

願ってもない偶然か

おれは気がつくと 孤児院にいた

それからは前話したとおり おれはステージ1の下民として

真実を追い求め 各地を奔走した

しかしそれは

すでに出ていた答えを 辿る所為にすぎない

そんな旅だったのだろうな

おれは生き続けた挙句

思いもよらない真実を突きつけられた

今となっては仕方ないが

そういう運命にあるようだ

「ガス」だってそうだろう

そんなものが あり得るとするならば

突発的な変異だが 確実に現実のものとなる脅威

おれが出現したことも 決してありえないことではない

今ではそう思うんだ

つまり

サワタリに生きて欲しいという願いが

サワタリを生み出したの?

サワタリ

今となっては

サワタリ

分からないが…

サワタリ

立、お前はどう思う

なにが

サワタリ

おれは向こう側から来た

サワタリ

これから、また向こう側に戻るのか

サワタリ

それともまた、別の向こう側に

サワタリ

生まれ変わるのか…

おれには想像もできないけど

だからこそ

生き抜いてほしい

日本が終わる瞬間まで

サワタリ

そうだな…

おれも最後まで生き抜いてやるから

おれは最後まであきらめない

絵美衣ちゃんだって

まだ生きてるはずなんだ

な、サワタリ

サワタリ

いや、おれはもう

サワタリ

十分だ

サワタリ

おれは、最後まで

サワタリ

お前を守る、ことが

サワタリ

生きる、意味…

サワタリ

…っ…

サワタリ?

おい

サワタリ!

サワタリは微笑をうかべ 目をうっすらと開いていた

こんな…

それきりサワタリは動かなくなり 呼吸も完全に止まった

サワタリ…

サワタリの身体は まだ熱を帯びながらも

微動だにしなくなった

立はそっと サワタリの両目をとざした

そして立ち上がると

岬の方向へ向かって 駆け出した

海を一望できる岬の上に立ち 立は蒼穹に叫んだ

誰だ!

こんな運命におれたちを導いたのは

誰なんだ!

なんでおれたちをこんな目に…

潮風は淡々と

一定の速度で立を撫でた

くそっ!

でもおれは

生き抜くんだ

最後まで

ここにいてやる

だからもう

おれは苦しみたくないんだ…

遠い水平線が見える

それが迫り来るように

まるでそびえたっているように 立には見えた

踵を返し

眼下にひしめく群衆を見ながら

立は場を離れた

結局 立はどこへ行くともなく

1週間前まで機能していた 高校に戻ってきた

最後にもう一度 ここに戻りたくなったのだった

ここで…

よく絵美衣ちゃんと話をした

でももうそれは

過去の話だ…

窓から外を眺めても

教室の扉を開いても

もとの日々の面影は どこにもなかった

あと5時間で

「ガス」が来るのか…

もうどうやっても

逃げられないな

立は壁にもたれかかり

座り込んだ

深い溜息をつき 目を閉じる

そのとき

隣に人の気配を感じ

思わずそこに振り向く

絵美衣

乾くん

えっ

立は声の主を見て ぱちぱち瞬きを繰り返した

絵美衣ちゃん

逃げたはずじゃないのか

どうしてここに

絵美衣

わたしは

絵美衣

「向こう側」から戻ってきたの

絵美衣

さっき声が聞こえたの

絵美衣

乾くんの傍にいろって

声…まさか

サワタリ…

絵美衣はうれしそうに 立の両手をとった

絵美衣

また会えて良かった

絵美衣

乾くんは?

立は嗚咽を漏らしながら 絵美衣の手を握り返した

絵美衣

ねえ

絵美衣

最後にひとつだけ

絵美衣

伝えたいことがあるの

なんだって聞くよ

絵美衣

ありがと

絵美衣

あのね

絵美衣

わたしもずっと前から

絵美衣

乾くんのこと――

2029年8月16日 午後4時18分

全国各地で 活火山の近くを震源とする

小規模な地震が相次いだ

その18分後

溜め込んだ膿が 表皮を破って出るように

高熱の「ガス」が 各地で一斉に噴出した

ガスは一瞬のうちに 地上を覆いつくし

残された民衆に 不可逆的な死を与えた

それでもさらにガスは滔々と流れ 地表のすべてを死においこんだ

その様子をカメラにおさめるべく 各国のヘリがはるか上空を飛び回っていた

2054年8月

調査団

もうすぐ目標物に到着する

調査団

ポイントE139-005647付近

調査団

…あった!

調査団

確かに人骨だ

調査団

しかし

調査団

なぜこんな校舎の中に

調査団

…こちら現場

調査団

SO2の濃度は基準値以下

調査団

気象庁を通じて首相にも報告を頼む

調査団

調査団

やっと帰れるんだな

灰燼に帰した日本は

災禍から25年を経て

ふたたび人が住めるような 状態になった

しかし どこに帰ればいいか

ほんとうに危険は消えたのか

かつて 「一時退去」した人々の不安は 尽きなかった

だが少しずつ 人々は国土に戻り

人間的な暮らしを するようになった

調査団

遺骨が見つかりました

調査団

DNA解析の結果

調査団

霜月絵美衣さんの御骨で

調査団

間違いないものと思われます

霜月ワタル

そうか…

調査団は骨壷に入った骨を 霜月ワタルに手渡した

ワタルは骨壷を抱きしめると 目を閉じて語り始めた

霜月ワタル

なぜ…

霜月ワタル

絵美衣はタンカーにいたはずなのに

霜月ワタル

どうしてこんなところに…

調査団

現場からは

調査団

もうひとりぶんの遺骨が見つかっています

調査団

ステージ3の乾立という

調査団

絵美衣さんと同い年の

調査団

少年ですが

霜月ワタル

そうか…

霜月ワタル

絵美衣

霜月ワタル

それが絵美衣にとって

霜月ワタル

幸せな最期だったのか

調査団

霜月ワタル

…えっ

ワタルはふと顔を上げ あたりをきょろきょろ見回す

調査団

どうしたんです?

霜月ワタル

聞こえた気がしたんだ

霜月ワタル

「わたしは幸せだよ」って

霜月ワタル

絵美衣の声が…

沈みゆく夕陽は そこで起こった災禍を

気にもとめずその営みを続け

やがて夏空は

真っ赤に染まった

25年前と 同じように

鮮やかな夕焼けを 空一面に広げたのだった

Fin.

最後までお読みくださり ありがとうございました

この物語は フィクションです

この作品はいかがでしたか?

614

コメント

19

ユーザー

436って、真実とか家族とか愛情って意味を持つんですよね。

ユーザー
ユーザー

本当に素晴らしいお話でした👏👏✨楽しんで読むことができました😭😇今ちょうど家の目の前で爆発が起きてしばらく停電しているのですが、それと重なってとても感情移入しました😢またあなたのお話読みたいです🥺

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