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1 - 儚い恋の月下美人

♥

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2020年05月19日

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最初は爪の先が、少しだけ緑色に染まった程度だった

使用人

あら、お嬢様

使用人

ずいぶん素敵な色のマニキュアですね

え?

私、マニキュアなんてしていないけれど……

使用人

あら?

使用人

でもお嬢様、確かにそこに

……本当ね

どこかで塗料でもついたのかしら

父親

なんだい、どうかしたのか

いいえ、なんでもありません

お気になさらないで

この時は本当に、なんでもないと思っていた

庭にある花壇の柵が同じ色をしているから

きっとどこかでそれがついてしまったのだろうと

本当にそう思っていた

違うと気付いたのは、3日後からだった

……なに、これ

昨夜まで、なかなか落ちない塗料だと思っていた緑色

洗うたびに塗り広がるように爪全体に広がったそれが

その日の朝、はっきりと植物の葉のように変貌していた

あ、あはは……

いやだわ、私ってば

寝てる間に葉っぱをつけるなんて

本当に、ひどい寝相……

――ッッ!!

引き抜こうとすると、激痛が走った

まるで生爪を剥がされるような痛み

しかも葉と指の境にはじんわりと血が滲んでいるのを見て

これが紛れもなく、私の爪が変貌したものだと視認し

私は困惑の悲鳴をあげて、意識を手放した

それからはあっという間の出来事だった

気付けば私は布団に寝かされていて

周囲にはたくさんのお医者様

お母様は泣きはらした目で私を撫でていらして

お父様は、首を捻るばかりのお医者様たちに

ずいぶんお怒りのご様子だった

医者

爪が葉に代わるなど

医者

なにぶん前例のないことで

医者

我々でも、対処のしようがですな

父親

うちの娘の指先が葉にかわるなど……!

父親

切り落としてもいかんとはどういうことだ!

医者

お言葉ですが、木の葉はもはやお嬢様の一部

医者

先のみを切るならまだし

医者

根元からとなれば、お嬢様の指が……

母親

そんなかわいそうなことを!

母親

先生、なんともならないのですか……!

医者

現状では我々には

医者

明日、明後日まで様子を見ましょう

医者

もし爪のように伸びるものでしたら

医者

爪と同じく、剪定することは可能でしょう

そんな会話を、私はぼんやりと聞いていた

なぜこうなったのかという理由を、誰も話してくれない

いや、きっと誰にも分からないんだろう

だって私にだって分からない

ただ一つだけ分かっていたのは

爪先だけでなく、ひどく動かしづらい指もまた

数日後には、今の形をしていないだろうことだった

症状は日々悪化の一途を辿った

お医者様が様子を見るとおっしゃった数日後には

私の予感通り、指は茶色い茎へと変貌し

手の平もまた、細い茎や葉が入り組んだ塊へと変わった

父母は私の境遇をただ嘆き悲しみ、労ってくれるばかりで

そして使用人たちもまた、私を哀れみ、そして

もしや自分に移るものではないだろうかと、恐れていた

ねぇお母様

私、なにか神様に失礼なことでもしたかしら

母親

なにを言うの

母親

あなたのようないい娘が、そんなこと

だって、でなければこんな

母親

あなたが悪い事なんてなにもないわ

母親

なにも、……なにも……!!

肩を震わせてまた泣き崩れた母の背をさすることすら

今の私にはできやしない

それを悲しく思うことよりも、私は

今日ここに来るというあの人のことを考えていた

使用人

お嬢様、おいでになりました

っ!

庭師

奥様、お嬢様、失礼します

短く切り揃えられた黒髪を目にするだけで

もう動揺することも少ない心臓が跳ねた

来てくれたのは、お父様が雇っている庭師さん

精悍な顔つきの彼は、いつものように凜々しいお顔で

ただまっすぐに、私たちを見ていた

母親

よく来てくれたわ

母親

さぁ、こちらへ

庭師

はい

あの人の足が畳を踏みしめる

その音が近付くにつれて、私はたまらなくなっていた

あの

無理を言って、ごめんなさい

そう、私はこの人に、私の腕の剪定をお願いしたのだ

この奇妙な病気が発症して、もう20日あまり

今はもう腕も半分くらい枝と葉になって

足も、すでに同じ状態になっている

最初は人の形に集まっていたそれらも

今はゆっくりと、ほうぼうに枝を伸ばしつつあって

両親のためにも、せめて人の形を留めていたいと

数日前にお願いをし、今日がその当日だった

もし、気味悪くお思いでしたら……

庭師

そんなことはありません!

思いがけない大きな声に、私もお母様も、驚いた顔で彼を見る

すると彼は、慌てた様子で口を押さえ

申し訳なさそうに頭を下げた

庭師

すいません、大きな声を……

あ、いえ、そんな……!

母親

そうよ、気にしないでちょうだい

母親

そう言ってくれるのはありがたいことよ

母親

使用人の中でさえ、この子の……

母親

この子の世話係から外してくれと

母親

申し出る者がいるくらいだもの

母親

まして今まであまり接点のなかったあなたは

母親

きっと……と思っていたの

庭師

そんな失礼なこと、思うわけがありません

庭師

お嬢様こそ、どんなにお辛いか

庭師

しかも、自分は男です

庭師

こんな状態になっているとは言えど

庭師

自分のような者に、肌に近い場所を見せるなんて

どうか気になさらないでください

今の私は、ほとんど植物です

それならばお医者様よりも

あなたのほうがずっと安心して任せられます

お母様もどうか安心なさって

この方と二人にしてください

きっと、お母様もお辛いでしょう?

この言葉に嘘はない

だけどそれよりも、私は

彼に触れてもらえる喜びを、強く感じていて

その甘美な時間を、お母様に邪魔されたくなかった

シャキン

シャキン

小気味いいハサミの音が、部屋に響く

そのたびに落ちる木の葉や枝の音はまるで他人事のようで

わずかな痛みもなく、むしろ心地いい

庭師

え?

なにか?

庭師

いえ、あの

庭師

つぼみが

つぼみ?私に?

庭師

はい

庭師

すぐに旦那様や奥様に……!

お待ちになって

なんのつぼみか、ご存じですか?

庭師

え、えぇ、はい

ではそれがなんの花か

まずは私にお聞かせください

人でなくなっていくのなら

せめてなにに変わっていくのか

知っておきたいのです

庭師

……そうですね

庭師

お嬢様は、いつもお強くていらっしゃる

その言葉の意味は分からなかったけれど

彼の目がとても、とても優しく私を見たから

それ以上、なにも言えなくなってしまった

庭師

月下美人

庭師

夜に咲く、大輪の白い花です

母親

……そろそろ、終わったかしら

庭師

あぁ、はい、奥様!

庭師

ちょうど今お話しさせていただこうと……!

庭師

よろしければ、旦那様にもお目通りを……!

庭師

実は、お嬢様の体にいくつかつぼみが……

つぼみが見つかってから、たった数日

症状は加速し続け、食事を摂ることすらできなくなり

足先に置かれた桶から水を吸い上げることだけが

私を生き長らえさせていた

……ごめんなさい、お父様、お母様

結局、もう、人でいることすら

父親

お前は悪くないっ!

父親

お前が悪いはずがあるものか!

母親

ごめんなさい、ごめんなさいね

母親

私たち、なにもしてあげられない……!

ぱりぱりと、頬の肌が分かれていく音がした

あぁ、もうすぐ本当に花になる

だけど怖くはなかった

そしてこれが

全て私が望んだ結果だということも分かっていた

私は、ただあの人に恋しただけだった

だけど私はいずれ、いずこかの良家に嫁がねばならない

せめてそれまでに、二人きりでお話ししたかった

あの人の手に触れてみたかった

神様は、きっとそれを知っていらしたのだ

ヒトのままでは、この願いを叶えられないと

お願いがあります

私が完全に、花になってしまったら

私を、庭師さんに、お預けになってください

きっと、キレイ、に、咲かせて、くださって

ながく、いつく、しんで、くださ

あぁ、視界が裂ける

その思考を最後に、私の意識は白に落ちた

ただ、ふわりと開くその感覚だけが心地よく残った

庭師

今日もお綺麗ですね、お嬢様

庭師

今夜は旦那様たちがおいでです

庭師

三日ぶりの再会ですね

庭師

たくさん、香って差し上げてください

あなたも、今日もとても素敵な声

今日はあの人達が来るのね

いつも私を前にして座り込んだまま

ほろほろと泣きながら愛でてくれる人達

あの人達が来るときは、いつもあなたはいなくなる

庭師

……本当に、なぜこんなことになったのか

庭師

確かにお嬢様は花のようにお美しかった

庭師

だけどまさか、本当に花になってしまわれるなんて

どうしたの、またあなたも悲しそう

私はこんなに幸せなのに

あなたも、私を愛しそうに見てくれるのに

なぜ時々、そんなに悲しそうにするの

庭師

……これは俺への罰なんでしょうか

庭師

以前、あなたは俺が親方に叱られているとき

庭師

叱り方が理不尽ではないかと庇ってくださった

庭師

いつも穏やかなお顔を、すっと引き締めて

庭師

はっきりと親方に意見してくださった

庭師

木漏れ日の下での、たった一幕でしたが

庭師

それがどんなに嬉しかったか

庭師

あなたが庭に咲く花であれば

庭師

俺が手に触れることもできるのになんて

庭師

そんな風に思ったから

笑って、笑ってちょうだい

私だって嬉しいの

あなたに触れて、二人で話せて嬉しいの

だから悲しい顔なんてしないで

庭師

なのに、俺は……

庭師

――すみません、お嬢様

庭師

それでも俺は

庭師

今、こんなにも幸せだ

えぇ、私も

――私もこんなに幸せよ

この作品はいかがでしたか?

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コメント

25

ユーザー
ユーザー

どんどん植物になっていく彼女と庭師の恋が、切なくて悲しくて… 最後は二人が幸せで… じんわりと染みるようなお話でした!

ユーザー

人で居ることを諦めても、叶えたい想いだったんですね!両想いなのに、切ないです!!とても素敵なお話でした(*´ ꒳ `*)

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