最初は爪の先が、少しだけ緑色に染まった程度だった
使用人
使用人
私
私
使用人
使用人
私
私
父親
私
私
この時は本当に、なんでもないと思っていた
庭にある花壇の柵が同じ色をしているから
きっとどこかでそれがついてしまったのだろうと
本当にそう思っていた
違うと気付いたのは、3日後からだった
私
昨夜まで、なかなか落ちない塗料だと思っていた緑色
洗うたびに塗り広がるように爪全体に広がったそれが
その日の朝、はっきりと植物の葉のように変貌していた
私
私
私
私
私
引き抜こうとすると、激痛が走った
まるで生爪を剥がされるような痛み
しかも葉と指の境にはじんわりと血が滲んでいるのを見て
これが紛れもなく、私の爪が変貌したものだと視認し
私は困惑の悲鳴をあげて、意識を手放した
それからはあっという間の出来事だった
気付けば私は布団に寝かされていて
周囲にはたくさんのお医者様
お母様は泣きはらした目で私を撫でていらして
お父様は、首を捻るばかりのお医者様たちに
ずいぶんお怒りのご様子だった
医者
医者
医者
父親
父親
医者
医者
医者
母親
母親
医者
医者
医者
医者
そんな会話を、私はぼんやりと聞いていた
なぜこうなったのかという理由を、誰も話してくれない
いや、きっと誰にも分からないんだろう
だって私にだって分からない
ただ一つだけ分かっていたのは
爪先だけでなく、ひどく動かしづらい指もまた
数日後には、今の形をしていないだろうことだった
症状は日々悪化の一途を辿った
お医者様が様子を見るとおっしゃった数日後には
私の予感通り、指は茶色い茎へと変貌し
手の平もまた、細い茎や葉が入り組んだ塊へと変わった
父母は私の境遇をただ嘆き悲しみ、労ってくれるばかりで
そして使用人たちもまた、私を哀れみ、そして
もしや自分に移るものではないだろうかと、恐れていた
私
私
母親
母親
私
母親
母親
肩を震わせてまた泣き崩れた母の背をさすることすら
今の私にはできやしない
それを悲しく思うことよりも、私は
今日ここに来るというあの人のことを考えていた
使用人
私
庭師
短く切り揃えられた黒髪を目にするだけで
もう動揺することも少ない心臓が跳ねた
来てくれたのは、お父様が雇っている庭師さん
精悍な顔つきの彼は、いつものように凜々しいお顔で
ただまっすぐに、私たちを見ていた
母親
母親
庭師
あの人の足が畳を踏みしめる
その音が近付くにつれて、私はたまらなくなっていた
私
私
そう、私はこの人に、私の腕の剪定をお願いしたのだ
この奇妙な病気が発症して、もう20日あまり
今はもう腕も半分くらい枝と葉になって
足も、すでに同じ状態になっている
最初は人の形に集まっていたそれらも
今はゆっくりと、ほうぼうに枝を伸ばしつつあって
両親のためにも、せめて人の形を留めていたいと
数日前にお願いをし、今日がその当日だった
私
庭師
思いがけない大きな声に、私もお母様も、驚いた顔で彼を見る
すると彼は、慌てた様子で口を押さえ
申し訳なさそうに頭を下げた
庭師
私
母親
母親
母親
母親
母親
母親
母親
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
私
私
私
私
私
私
私
この言葉に嘘はない
だけどそれよりも、私は
彼に触れてもらえる喜びを、強く感じていて
その甘美な時間を、お母様に邪魔されたくなかった
シャキン
シャキン
小気味いいハサミの音が、部屋に響く
そのたびに落ちる木の葉や枝の音はまるで他人事のようで
わずかな痛みもなく、むしろ心地いい
庭師
私
私
庭師
庭師
私
庭師
庭師
私
私
庭師
私
私
私
私
私
庭師
庭師
その言葉の意味は分からなかったけれど
彼の目がとても、とても優しく私を見たから
それ以上、なにも言えなくなってしまった
庭師
庭師
母親
庭師
庭師
庭師
庭師
つぼみが見つかってから、たった数日
症状は加速し続け、食事を摂ることすらできなくなり
足先に置かれた桶から水を吸い上げることだけが
私を生き長らえさせていた
私
私
父親
父親
母親
母親
ぱりぱりと、頬の肌が分かれていく音がした
あぁ、もうすぐ本当に花になる
だけど怖くはなかった
そしてこれが
全て私が望んだ結果だということも分かっていた
私は、ただあの人に恋しただけだった
だけど私はいずれ、いずこかの良家に嫁がねばならない
せめてそれまでに、二人きりでお話ししたかった
あの人の手に触れてみたかった
神様は、きっとそれを知っていらしたのだ
ヒトのままでは、この願いを叶えられないと
私
私
私
私
私
あぁ、視界が裂ける
その思考を最後に、私の意識は白に落ちた
ただ、ふわりと開くその感覚だけが心地よく残った
庭師
庭師
庭師
庭師
あなたも、今日もとても素敵な声
今日はあの人達が来るのね
いつも私を前にして座り込んだまま
ほろほろと泣きながら愛でてくれる人達
あの人達が来るときは、いつもあなたはいなくなる
庭師
庭師
庭師
どうしたの、またあなたも悲しそう
私はこんなに幸せなのに
あなたも、私を愛しそうに見てくれるのに
なぜ時々、そんなに悲しそうにするの
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
庭師
笑って、笑ってちょうだい
私だって嬉しいの
あなたに触れて、二人で話せて嬉しいの
だから悲しい顔なんてしないで
庭師
庭師
庭師
庭師
えぇ、私も
――私もこんなに幸せよ