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テラーノベル(Teller Novel)

イソップ

…………は、い?

流石のイソップでも、彼女の放った衝撃的な言葉を聞き返した。

トレイシー

……私を、殺して下さい。

其れに対し、トレイシーはまた淡々とした口調で繰り返す。

イソップ

………確かに、僕は……恐らく、レズニックさんと同じ、で……生者が苦手です。ですが、僕は、納棺師、です……。

トレイシー

知ってます……。だから、貴方にこうして頼んでいるんです。

イソップ

……貴女の遺体を、棺に納めると言うならば、勿論了承します。

トレイシー

……つまり、己を殺せと。

イソップ

……………は、い。

其れを聴くと、机を挟んでイソップの向こう側に座っていたトレイシーが、唐突に立ち上がって彼の方へ向かって来た。

そのまま目の前までやって来ると、彼女は少ししゃがみ込む。

トレイシー

…………此方を向いて下さい。

イソップが顔を横に向けると、そこには光の無い目を持つトレイシーが居た。

イソップ

……えっ……と……あ……の……。

彼女はイソップが完全に自分の方を向いたのを確認して、ネックラインを人差し指でゆっくりと下げ始める。

トレイシー

……試していないと、思いましたか。

イソップ

…………あ………。

首には、赤い結索痕が付いていた。

トレイシー

………銃弾を入れた筈の銃は、何故か弾切れに。刃物は、不思議な力で床に落としてしまう。………縄は切れて、毒は飲む直前で何時も誰かに見つかって。……此処で試せる物は全て試しました。でも、全て失敗に終わったんです。

イソップ

………………。

トレイシー

だから、思ったんです。……他殺は如何なのかと。

イソップ

……ゲームでは、死ねないのですか。

トレイシー

……はい。重傷は負えても、死ねはしません。どんなに深い傷でも、直ってしまいます……。この荘園の力も有るでしょうが、何せ、皆さん……やさしい、ので。

“優しい” 其の言葉を言う彼女は、何処か嫌悪感を抱いているに見えた。

トレイシー

……貴方にしか、頼めません。……カールさん、生者、お嫌い何でしょう。人の一人や二人位……殺した事、あるのでは無いですか?

どんな秘密でも見透かしてしまいそうな、深淵の眼には、不思議な魔性が宿っていた。

イソップ

………い、え……そんな、事、は……。

トレイシー

……そうですか。

イソップ

………本当に、死ねないのですか?

トレイシー

………疑うならば、今此処で、実演しますよ。……其れで死ねたら、納棺して下さい。

思いもよらぬ提案に、イソップは当惑する。

イソップ

……えっ……。

トレイシー

……実演、しましょうか。

然し、誰よりも其れに興味を持った。

イソップ

………お願い、します。

どんな方法でも死ねないーー 俄にも信じ難い事である。 トレイシーは一旦イソップから距離を取り、机の上に置いていた工具箱を持ち出した。 そしてまた彼の目の前で来ると、また工具箱を机に置いた。

イソップ

………工具、箱……。

トレイシー

…………。

静かに、彼女の手によって、工具箱が開けられる。 中にはーー

イソップ

…………!

一丁の銃が入っていた。 其れを丁重に取り出すと、トレイシーはイソップにシリンダー部分を向ける。

トレイシー

……見て下さい。銃弾がきちんと入っているでしょう。……撃ちますよ……。

慣れた手つきで安全装置を外し、自身の頭に銃を突き付けた。

イソップ

………っ………。

イソップが固唾を飲み込んだ、その瞬間

トレイシー

………ああ、やはり。

玩具の拳銃の様な乾いて軽い音一つ響いて、その後に銃弾が床に散らばった。

イソップ

……なん、で……。

トレイシー

……さあ。……でも、分かったでしょう。己を殺す事は不可能だと。

イソップ

…………。

銃を頭から離して、トレイシーは一呼吸置いてから話し始める。

トレイシー

………ね、貴方だって、此処で秘密に殺人を犯そうとは思っていないでしょう。……そんなリスク、犯す訳が無い。……でもね、無理なんです。きっと、誰かが誰かを殺さない限り、貴方の望む者は永遠に現れません。

イソップ

……………。

トレイシー

……私は死にたい。貴方は死体を見たい。だけど、何方の願いも一人では叶えられ無い……。

イソップ

…………。

トレイシー

この誘いは、貴方にも私にも得が有るとは思いませんか。

イソップ

…………。

イソップはトレイシーから目を逸らした。 確かに、彼女の言っている事は的を射ている。然し、まだ彼にとっては信じられない部分も大半なのだ。

トレイシー

……勿論、唯殺せとは言いません。対価は支払います。死後でも生前でも………私の身体を自由に使って頂いて構いませんし……必要とあらばお金も支払いましょう。
……私に出来る事なら、何でも構いません。

イソップ

…………。

トレイシー

ですから……ね?

イソップ

…………。

光無き目に、少しばかりの期待が宿った。 然し、腕は重力に従って不恰好にだらりと垂れ、彼女の足元には先程不可思議に散らばった銃弾が転がっている。 その光景は、異常であった。

トレイシー

………まあ、考えておいて下さい。……貴方がゲームに参加する、三日後まで。

イソップ

…………えっ………。

トレイシー

………その時に、もう一度訊きます。

トレイシーは、空の、今となっては唯の玩具へと成り果てて仕舞った銃と弾丸を工具箱に押し込む。 その一連の動作の間でさえ、イソップは彼女に話し掛けられなかった。

トレイシー

………覚えておいて下さい。

工具箱を持ち、立ち去ろうとした彼女に、愈愈彼は一言。

イソップ

………レズ、ニック、さん………。

トレイシー

……はい。

イソップ

……僕が、参加する、ゲームの時に、貴女は、居ますか。

トレイシー

……いいえ。その日は別の……人間と、ゲームを行うと決まっています。

イソップ

………そう、ですか……。

その顔には、少しの寂しさが有ると彼女は捉えたのかも知れない。

トレイシー

………三日後の、午前一時過ぎ。また、食堂に来て下さい。

彼は小さく首を縦に振る。

トレイシー

……ゲームが始まる前に、貴女の棺、整備しておく事をお勧めします………。

××××年 12月24日

まさかサンタクロースが実在するとは思っていなかった。 あんな人間が、この世に存在するなんて! 余りの衝撃に言葉を失ってしまい、彼女のどんな万物よりも素晴らしい提案にYESを言う事が出来なかった。 嗚呼、一品一秒でも惜しい! 早くこの時間が過ぎれば良いのに。

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