深澤辰哉
あの菜穂さん
菜穂
なんでしょう?
深澤辰哉
奥様は今朝のこと怒ってはいらっしゃいませんでしたか?
菜穂
怒る?お嬢ちゃんがでございますか?
いきなり泣き出したりして きっと奥様は嫌な思いをしたに違いない
異母弟ほどの器量良しの相手であれば 女性はよろこんで慰めるだろうが...
俺の泣き顔など 醜くて見られたものではないだろう
ずっと俺の存在自体が 不快だと言われ続けてきた
涙ほどこぼせば醜いみっともないと ますます顔をしかめられた
そうしていつしか 泣くことを忘れていたというのに
菜穂
まさか!そのようなことありませんよ♪
菜穂
辰哉さま♪泣くことは悪いことではありませんよ♪
菜穂さんはゆっくりと暖かな手で 俺の手を取る
菜穂
むしろ涙を我慢してお気持ちをため込んでしまうほうがよほど悪いのですよ
深澤辰哉
そう...ですか?
俺の問いかけに 菜穂さんは穏やかに微笑み頷く
菜穂
自然に流れてきた涙はそのまま流せばよいのです♪
菜穂
そのくらいでお嬢ちゃんはお怒りになりませんよ♪
本当だろうか
いや菜穂さんがそう言うなら きっとそうなのだ
けれど俺はなんの取り柄も持たぬ身
いずれはここを出ていく日が来る
勘違いしては行けない この生活は所詮一時のもの
菜穂
さて菜穂はお台所におりますから何かあったら言ってくださいな♪
深澤辰哉
お昼の準備ですか?
それなら俺も...
それなら俺も...
菜穂
いえいえ♪辰哉さまはそのままで♪
菜穂
できたらお呼びしますからね♪
深澤辰哉
...
深澤辰哉
(自分のことなんて後回しにしなくちゃいけないのに...)
自室に戻って俺は何もせずに 時間を潰してしまっていた
深澤辰哉
(そういえば照は今どうしているんだろう?)
深澤辰哉
(俺が白鳥家に向かうあの日照にはちゃんとしたお礼を言えてない...)
深澤辰哉
(今まで俺のことをたくさん助けてくれたのに...)
深澤辰哉
(会いたい...照に会いたい...)
俺はそんな考え事をしながら 時が過ぎるのをじっと待っていた
菜穂
...