雨が戻ってきた朝、ツクリは店の奥の棚から ずっと開けていなかった古いノートを取り出した
表紙には、にじんだインクで小さく書かれている
「雨の記録帳 ― 眠雲ツクリ」
このノートは、喫茶ミリプロが最初に現れた日からの出来事をすべて書き留めてきたもの
でも、最後のページだけがずっと白紙のままだった
ツクリはそっと指先で触れる
そこに、昨日の出来事を書かなければならない
ののが“外の世界”へ出て、そして帰ってきたこと
“晴れの日の雨”が降ったこと
ペン先を置いた瞬間、紙の下から小さな光が滲んだ
ノートが、息をするように脈打つ
甘狼
甘狼このみが、コーヒーを持ってやってきた。 その笑顔の裏に、少しだけ疲れた影がある
眠雲
甘狼
このみはカップを置き、雨音を聞きながら静かに言った
甘狼
ツクリはペンを止める。 ページの端に、見覚えのない文字が浮かび上がっていた
“記録者は、存在を保つために夢を見る。”
眠雲
甘狼
このみはそう言って微笑んだ
けれどその笑顔の奥に、かすかな寂しさがあった
その日の閉店後
ツクリは店の照明を落とし、窓際にノートを開いたまま座る
雨音が静かに響く中、彼女はページの白い余白を見つめながら呟いた
眠雲
眠雲
ノートの中で、文字がゆっくりと滲んでいく
まるで、雨がページの中から降っているように
ツクリはペンを握り直し、新しい一文を書いた
“今日、ののが外の空を見た
それでも、帰ってきてくれた
……それだけで、十分だと思う
その文字が書き終わると同時に、 遠くで雷が小さく鳴った
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