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日出ずる国の巫女 2

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日出ずる国の巫女 2

1 - 日出ずる国の巫女 2

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2020年02月23日

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語り手

【前回のあらすじ】倭の国から海を越えて清の国にやって来た、日出ずる国の巫女の雛菊。先見の明により数々の修羅場を乗り越えて来たが、皇帝に寵愛を受けて能力を失った。

語り手

雛菊に想いを寄せていた男は酒場で自棄酒を煽っている。そこへ、英の国の貿易商が近づいて、少し離れた席に座り、酒を奢ると声を掛ける。

貿易商

オニーサン!ズイブンヨッテルネ?

錦衣衛

これが飲まずにいられるか!ん?この酒は…あんたの酒かい?こんなところに置いてるから飲んじまった…

貿易商

ソレハ、ワタシノ、オゴリデース!

錦衣衛

そうかい?気が利くな…。遠慮なく飲ませてもらう。

貿易商

ナニカ、イヤナコトデモ、アッタノデスカ?オニーサン、キンイエイナンデショ?シリアイニ、キイタヨ?

錦衣衛

ああ、錦衣衛なんて安月俸でこき使われて、惚れた女が出来ても、全部皇帝につまみ食いされて、恋愛禁止だから、手を出したら首が飛ぶよ?

貿易商

トユーコトハ…オニーサン、ホレタオンナヲ、コウテーニ、ネトラレチャッタデスカ?カワイソーデース!

錦衣衛

元々、ただの片想いだったんだよ…。皇帝が雛菊様に手を出すわけがないと思って、高を括っていたが、先見の明を失ってでも、寵愛したいと言い出す、うつけ者だったとはな…

貿易商

センケンノメイ?ソレハナンデスカ?ワタシニハ、ワカラナイデース!

錦衣衛

倭の国は知ってるか?日出ずる国とも呼ばれているが、東の海の向こうにある島だ。そこに強い霊感を持った卑弥呼と言う巫女がいるんだよ。

貿易商

ヒミコハ、キイタコトアルデース!デモアヘンデ、ラリッテオカシクサセテ、ダマシテルダケノ、アクジョッテ、イギリスデハ、イッテルヨ。

錦衣衛

そんな事はない!少なくとも雛菊様は本物の巫女だった。騙してなどいない。私の妹の命を救ってくれた…

貿易商

ウーン、ソノヒナギクッテ、オンナハ、マジョナノカナ?センケンノメイデ、イギリスガセメテクルノヲ、ヨゲンシタトユー、ウワサガアル。

錦衣衛

その通りだ。雛菊様さえいれば、戦に必ず勝てるはずだった…。それをあのすけこまし!

貿易商

スケコマシ…ドウユーイミデスカ?

錦衣衛

女を取っ替え引っ替えするって意味だよ?何百人も妃嬪がいるのに、雛菊様にまで手を出すとは…。あのお方だけは穢れのないままでいて欲しかった。私のものにならなくても…

貿易商

ドウシテデスカ?コウテーハ、タダノエロオヤジダカラ、オンナナラ、ダレデモテヲダス…。ソンナノ、アタリマエデース!

錦衣衛

巫女は処女を失うと能力も失う…。だから手を出すわけないと思っていたんだ。私が皇帝なら、先見の明を失わせるのは、愚行だと悟ってる!

貿易商

ナルホドネ!トユーコトハ…。イマハモウ、センケンノメイハ、ツカエナイノデース!コウテーノ、クビヲカンタンニ、トレマス。バカダネ?

錦衣衛

ああ、馬鹿野郎だ!あのエロ親父め…。あんたとは気が合いそうだな?

貿易商

ワタシモ、ソウオモッテタ!モシヨカッタラ、コウテーノ、クビヲトルノ、テツダウヨ?

錦衣衛

本当か?ただし、一つだけ頼みがあるんだ。雛菊様だけは殺さないで欲しい。雛菊様は逃してくれるなら、忍び込む為の手引きをしてやろう。

貿易商

オーケー!ヒナギクダケハ、タスケルケド、ソノカワリコウテーノクビハ、オニーサンガトッテクダサイ?

錦衣衛

願ったり叶ったりだよ?皇帝の首はこの私が取る!雛菊様を救い出す為ならばこの手を穢す事は厭わない…

語り手

こうしてこの男は英の国の密偵として雇われたのです。そうとは知らず皇帝はこの男を信頼していました。

皇帝

外交官の将軍と練兵場で手合わせして、お主が勝利したと噂を聞いたが、どうやって勝利したのだ?体格差では負けていると思ったのだが…。

錦衣衛

私めは小回りが効きます故、敢えて軽装で挑みましたが、将軍殿は重い甲冑を着込まれていたので、それが敗因…とだけ申し上げて置きます。

皇帝

なるほどな。お主は頭が切れるからそこを見込んで指揮を任せておる。

錦衣衛

はっ!有り難き幸せにございます。

外交官

クソッ!一回手合わせしただけで、調子に乗りやがって…。今度は負けないからな?覚えていろよ、優男。

錦衣衛

何度やっても同じですよ?あなたは無駄な動きが多過ぎて、すぐに息切れしてしまうから、私に勝てない…

外交官

ちょこまか逃げまくって、相手の体力を消耗させるなんて…。卑怯者のやり方だ!漢なら正々堂々と戦え?

錦衣衛

戦場でそんな屁理屈を捏ねても、敵兵は聞いてくれませんよ?将軍殿。

外交官

こいつ!言わせておけば、調子に乗りおって…。今すぐ練兵場に来い?

皇帝

朕の前で見苦しい諍いはよせ!妃嬪たちと言いお主らと言い、なぜこうも宮中は諍いが絶えぬのだろうな…

雛菊

陛下、少し気分が優れなくて侍医院に行きたいです…

皇帝

何だって?それは一大事だ!誰か、雛菊を早急に侍医院に連れて行け。

錦衣衛

私がお連れします!雛菊様、担架でお運びしますのでしばしお待ちを…

雛菊

ありがとう。お手数お掛けします…

語り手

侍医院の中でも、最も腕の良いと思われる馴染みの薬師のところへ、連れて行きました。

薬師

これはこれは雛菊様。一度、お会いしたいと思っていたのですが、そちらから来てくださるとは…。今日はどこかお加減が悪いのでしょうか?

雛菊

はい、なんだかお腹が痛くて、吐き気も酷いのです…

薬師

脈を診せてもらいます。少し体温が高いようですね…

雛菊

少し熱っぽくて…。食欲はありますが、すぐに吐いてしまったりして…

薬師

つかぬ事を伺いますが、月のものはありますか?女性だけのものです。

雛菊

実はもう月のものが、二ヶ月ほど来てなくて…。もしかしてこれは悪阻なのでしょうか?

薬師

心当たりはあるのですね?おそらく妊娠しておられます。悪阻の症状が出るのは五週目からなので、身篭ったのは大体三十五日前になります。

雛菊

三十五日前…。私が巫女の力を失った日だわ。最初の一回目で妊娠してしまうものなの?

薬師

巫女の力を失ってしまったと言う事は…。素晴らしい能力だったのに、惜しい事をしましたね。先見の明を目の前で見せてもらいたかったが…

雛菊

以前、本で読んだ知識では妊娠する確率は百回のうち三回程度だと書いてあったのに、間違ってるのかな?

薬師

年齢にもよりますね。あなたはまだ若いので、十回のうち三回程度ではないでしょうか?

雛菊

何度寵愛を受けても子供を授からないと言ってる妃嬪も大勢いるのに…

薬師

それはあのお香のせいです。麝香には流産の危険性があって、良くないのですが、妃嬪たちは無知なので…

雛菊

えっ…、お香のせいなの?早く教えてあげなきゃ!妃嬪たちが可哀想…

薬師

教えない方が良いと思います。また諍いが起きて、あなたも巻き込まれる。触らぬ神に祟りなし、ですよ?

雛菊

私にはもう何も見えないんです。どうしたら人を助けられるのかわからなくて、役立たずのダメな子だわ…

薬師

それなら薬師を目指してみてはどうですか?あなたなら、なれるはず。

雛菊

薬師の勉強をすれば、人の役に立てそうですね。良いアドバイスをくださり、ありがとうございます。勉強は好きなので、頑張ってみますね。

薬師

微力ながら応援してます。あっ、もし良かったら、これ僕の書いた本ですが、差し上げますよ?僕の考えた薬の調合法を網羅した薬草学大全!

雛菊

わぁ!こんな素敵な本をタダでもらっても良いのですか?嬉しいです。

薬師

あなたの考えたと言う紺青と酸鉄の調合法も載せたのですが、雛菊様の名を記さないようにと頼まれたので僕の手柄になってしまい、その罪滅ぼしとして本は無料で進呈します。

雛菊

名前を出さないでくださってありがとうございます。

薬師

雛菊様を師匠にしたいと思っていたのですが、僕よりも優れた調合法を考えたのはあなたが初めてでした。

雛菊

そうなのですか?でも私の事は…妊娠の件も黙っていて欲しいのです。

薬師

わかりました。僕は口が固いので、他言はしません。

雛菊

あなたが信頼できる人なのは以前、先見の明で見たので知っています。

薬師

先見の明…。本当に失うには惜しい能力だったのに、なんて事をしてくれたんだ?どこの馬の骨か知らんが雛菊様に手を出すとは、許せない!

雛菊

馬の骨ではなく、私の心から愛するお方ですが、名は明かせません。この子は…父がなくとも、私一人で育てるつもりです。

薬師

ふむ、わかりました。詮索はしません。ただあなたを愛する者は、他にも多くいますので、その男は恨まれるかもしれませんね。僕もその恨んでいる者ですが…

雛菊

ふふ、面白い人ですね。先生って!

語り手

薬師の診察が終わると、侍医院の前で男が出迎えた。

錦衣衛

どうでしたか?具合が悪そうだから心配で、心配で…

雛菊

とても良い先生でした。この本をくださって、帰ったら勉強しますね。

錦衣衛

ええ、私の知る限り一番腕の立つ侍医ですので、ここにお連れしたのです。正直、他の侍医は無能ばかり…

雛菊

そうなのですか?これからもここに通いたいので連れて来てください。

錦衣衛

わかりました。具合が悪ければいつでもお呼びください。陛下からも雛菊様の為なら、最優先で動いても良いと承っております故、予約などなくても顔パスでここには通えます。

雛菊

他の患者さんに申し訳ないので予約がある時は、そちらを優先してください。私は特別扱いされたくない…

薬師

いえいえ、僕は治療費が高いので、あまり患者は来ませんから、いつも閑古鳥が鳴いてますよ?気にせずに来てくださって、構いませんので!

雛菊

そうなの?じゃあお言葉に甘えて…

語り手

二人の男から愛されている事に全く気づかない雛菊であった。邪馬台国にいた頃から男に人気があったが、全く気付いていなかったのである。

語り手

その晩、雛菊は重華宮に皇帝がやって来た際に、妊娠の事実を告げた。

皇帝

朕の子を身篭ったのか?随分と早かったな…。今夜は寵愛を控えた方が良いか?残念だが、仕方あるまい。

雛菊

陛下の寵愛を受けるのは幸せでしたが、今はお腹の中のやや子が大事なので、そうしていただけると嬉しいです。今夜はこの本を読みたくて…

皇帝

読書は良い事だ。他の妃嬪にも本を読むように薦めるのだが、誰も読もうとせんからな。

雛菊

本を読むのは好きなので、楽しみです。今夜は他の妃嬪のところへ行ってあげてください。最近は私のところばかり来ておられたようなので…

皇帝

雛菊を抱いてから、他の妃嬪を抱いても上の空でな。

雛菊

私の事を疑ってる者が増えております。先見の明を失った事は黙ってますが、バレるのは時間の問題かと…

皇帝

うむ、雛菊は側室ではないから、寵愛を受ける権利はないのだが、朕がここに通っているのは、知る者が多い故、いくら声を殺していても部屋の外に漏れておる可能性も否めぬ…

雛菊

私の声が大きいですからね。申し訳ありません。今日は読書をするので陛下はどうぞ、他の妃嬪の寵愛を…

皇帝

ふぅ…、他の妃嬪はすぐにヤキモチを妬くから、相手するのが疲れる。

雛菊

陛下を愛してるからですよ?行ってあげてください。

皇帝

何度も言うようだが、愛などない。皆、金と権力に飢えているだけだ。

雛菊

私だけが陛下を独り占めにするのは悪い気がします。陛下の寵愛は全ての妃嬪が平等に受けるものだから…

皇帝

雛菊は物わかりが良すぎる。他の妃嬪にも爪の垢を煎じて飲ませたい。

語り手

この会話も窓の外で男は聞いておりました。毎晩、夜伽させられる雛菊の声を聞いて、怒りを燃やしていたのです。この日は皇帝が部屋を出たのを見ると、胸を撫で下ろします。

錦衣衛

今夜はあの嫌な声を聞かずに済む…。いつもの安酒でも煽るとするか。

語り手

酒場に行くと阿片を売る貿易商がいました。堂々と売っているのになぜか皆、見て見ぬ振りをしています。

貿易商

オニーサン!イイトコロニキタネ?

錦衣衛

例の作戦の準備は、まだ整わないのか?早く奴の息の根を止めたくて、毎晩ウズウズしていると言うのに…

貿易商

ジュンビハオコタラナイノデース!

錦衣衛

見取り図は渡したし、後は錦衣衛の勤務表と警備の配置は私が決めるので調整は可能だ。

貿易商

イェース!アナタノヨウナ、ユウノウナオトコガ、ミカタニツイテ、コノサクセンハ、ゼッタイニ、セイコウヲオサメマス。

錦衣衛

作戦決行の日は早められないか?これ以上、我慢の限界だ!奴の顔を見ただけで怒りで震えが止まらなくなる。平静を装って話しているがな…

貿易商

ジツハコンヤ、ケッコウシヨウトオモッテ、アナタガクルノヲ、マッテイタノデース!ステルスシテマス。

錦衣衛

ステルス?確か伏兵の事だったな…

貿易商

ソウソウ、タマニドワスレスル。イコクゴ、ムズカシイ。アナタハスコシダケデモ、エイゴワカリマスカ?

錦衣衛

英語は習わされた。少しだけなら…

貿易商

ソレナラ、シキヲ、トリヤスイネ!

錦衣衛

わかった。英語で指揮を取ってみるが、私もそれほど得意ではないよ?

貿易商

ソルジャータチハ、イコクゴハナセナイ。ダカラワカラナイ。エイゴデオネガイシマス!

錦衣衛

わかった。この見取り図に警備の配置を記して置く。目を通しておけ?

貿易商

オー!カンペキデース。コレデコウテーノクビハ、トッタモドウゼン?

錦衣衛

上手くやってくれよ?私は戻って、重華宮のこの辺りに待機して待つ。

貿易商

ココハタシカ、ヒナギクノヘヤデスカ?アナタノ、ホレタオンナダネ?

錦衣衛

雛菊様にだけは怪我をさせないで欲しい…。絶対に危害は加えるなよ?

貿易商

モチロンデース!ヒナギクノヘヤダケハ、ハイルナトシジシテマスヨ?

語り手

男はとんぼ返りすると、重華宮の雛菊の部屋の裏に回り込んで、窓から部屋の中を覗き込む。雛菊は熱心に本を読んでいた。

錦衣衛

これから皇帝を暗殺して、あなたをここから救い出します。待っていてください。私の敬愛する、雛菊様…

語り手

皇帝は何も知らずに妃嬪の部屋で寵愛をしています。次々に英の国の伏兵が侵入し始めました。警備のないところにロープを垂らして置いたので、そこから中へ侵入したのです。

語り手

皇帝の部屋に男は忍び込み、背中を向けた皇帝の後ろに立っています。寵愛に夢中で妃嬪はそれに気付いていません。細い琴の線で皇帝の首を締め上げます。妃嬪が悲鳴を上げると、伏兵が押し入って妃嬪も殺害…

語り手

皇帝が意識を失ったので、トドメを指す為に心臓を剣で貫きました。もう絶命していましたが、怒り狂った男の手は止まらず、皇帝の体をめった刺しにします。

貿易商

モウソノヘンデ、ヤメテクダサーイ!シンデマスヨ?

錦衣衛

はぁ…、はぁ…、何回殺しても許せない。このすけこまし!雛菊様を…

語り手

皇帝の身内も他の伏兵により皆殺しにされていましたが、雛菊だけは騒ぎに気づかず、読書を続けていました。返り血を浴びていたので、男は雛菊を逃がす為、薬師に頼みます。

薬師

その返り血は…。どう言う事だ!納得の行く、説明をしてくれないか?

錦衣衛

皇帝を暗殺した。理由は雛菊様を穢したからだ。私はどうなっても構わない。雛菊様を逃がして欲しい。どこか遠く安全な場所へ…。お前だけは信頼できるから頼みに来たんだ。

薬師

僕を信頼してくれて感謝する。僕が君の立場だったとしても同じ事をしたと思うよ?雛菊様を逃がせば良いのだな。僕の生まれ故郷に連れて行くよ。君も後で来れたら来てくれ。

錦衣衛

有難い…。一生、この御恩は忘れない。雛菊様の事を呉々も頼んだよ?

薬師

水臭い事言うなよ?と言うか、暗殺する前に教えてくれてたら、僕も一枚噛んだのに…。もがき苦しみながら、息絶える毒薬も調合可能だよ?

錦衣衛

そうか…。相談すれば良かったな?あまり苦しまずに殺してしまった…

薬師

僕もね、今日雛菊様が妊娠してるのを知って、はらわたが煮え繰り返っていたんだが、まさか皇帝が腹の中の子の父親だったとはね。じわじわといたぶりながら殺したかったよ?

錦衣衛

ちょっと待て!雛菊様のお腹の中にはあいつの子がいるのか?悪夢だ…

薬師

お腹の中の子に罪はない。雛菊様の子でもある。変な気は起こすなよ?

錦衣衛

ああ、わかってる。子供を手にかけたりしたら、雛菊様が私をお許しにならないだろう。

薬師

雛菊様はお腹の中の子の父親の名前を教えてくれなくてね。見つけたらどうやって殺してやろうか、さっきまで考えていたところだったんだ。

錦衣衛

なるほどね。お前も私と同じ穴のムジナか…。雛菊様に惚れているな?

薬師

女には興味なかったんだけど、僕より頭の良い女が他にいないからね。

錦衣衛

こんな事をしていられない!早く雛菊様を逃してくれ。後の事は頼む…

語り手

男は暗闇の中に消え、薬師は雛菊の部屋へ向かう。途中に遺体や血痕が飛び散っているが、無表情で進む。

雛菊

あれ?こんな夜遅くに誰が来たの…

薬師

雛菊様、お逃げください。僕の生まれ故郷に行くので、早く支度を…。

雛菊

どういう事ですか?あれ…血の匂いが…。まさか…!

薬師

説明は後でします。今は一刻も早くここから離れなければいけません。

雛菊

陛下は…殺されて…しまったの…?

薬師

この未来は見えていたのですよね?

雛菊

ええ、でも犯人の顔がどうしても見えなくて…。陛下と一緒にいる妃嬪の顔と、陛下の視点だったから背後にいる犯人の顔が見えなかったの…

薬師

それで良かったのです。犯人の顔はあなたは知らない方が良い。知る必要もない。陛下が撒いた種なので…

雛菊

先生は犯人の顔を…見たのですか?

薬師

いいえ、見ておりません。さあ、早く支度をして、僕と逃げましょう!

雛菊

ううっ…どうしてこんな事に…?陛下をお救いしたかった。救えなくてごめんなさい…!

語り手

雛菊は何も知らず、薬師と一緒に船着場へ向かいました。朝一の船に乗ると見知らぬ地へ亡命したのです。

薬師

大丈夫、具合が悪くなっても僕が診てあげますので…

雛菊

陛下…これからこの子と私は…どうなってしまうの?

薬師

脈は落ち着いてます。意外に冷静ですね。あれだけの遺体を見たのに…

雛菊

何度も先見の明で見てましたから…

薬師

先見の明は常人が持つと耐えられない能力かもしれませんね。あなたのように精神力の強い者にしか扱えない。人の死が見えてしまうのなら…

雛菊

子供の名前、陛下と一緒に考えるつもりだったのに…

薬師

そう言えばお腹の中の子の名はもう決めておられますか?雛菊様が言えなかった世継ぎの名は雛菊様の子だったのでしょう?

雛菊

生まれて来たら決めようと思ってて陛下は他の御子息に北の字をよく使われていたので、北を使おうかと思ってはいました。

薬師

まだあんな男に義理立てされているとは…。雛菊様のお好きな字で名を付ければ良いのですよ?もう生きていない男に義理立てなどせずとも…

雛菊

私は倭の国の出身なので、清の国の名は思い付かなくて…。倭の国の名でも良いでしょうか?先生も一緒に考えてください。

薬師

僕は名前とか考えるの苦手だからなぁ。薬の名前も適当だったでしょ?

雛菊

わかりやすい名前が多くて、覚えやすかったですよ?

薬師

そう!わかりやすいのが一番です。

雛菊

実は先生と船に乗って逃げるのも先見の明で見てたんです。だから初めて先生にお会いした日も、なんだが初対面と思えなくて…。古くからの友人に会う感覚。

薬師

そうだったんですか?僕はお会いしたくて堪らなかったが、なかなか会える機会がなくて、やっと会えて嬉しかったですよ。まだ出会って一日も経ってないとは思えないですが…

雛菊

そう言えばそうでしたね…。もう随分前から知り合っていた感覚です。

語り手

薬師の故郷まで来るとボロボロの掘建て小屋に住まう事になりました。

薬師

すみません、僕の力ではこんなボロ小屋しか用意出来なくて…。これから少しずつマシな物を用意します。

雛菊

いえ、この小屋も先見の明で見えていました。だから驚いていません。むしろ懐かしい感覚です。あとあの人も来てくれるんですよね?錦衣衛の優しい男の人…

薬師

ええ、彼に頼まれてここへ逃したので、そのうち彼もここに来る予定ですが、彼はちょっとやる事があって僕に頼みに来たんです。でも彼は良い奴なので信頼できると思います。

雛菊

彼の事もずっと前から知っていました。だから初めて会った時にどんな顔をして会えば良いのかわからなくて、ずっと私を守ってくれる人だとわかってたから…

薬師

初対面は最悪だったから嫌われてるとか言ってましたけど、どんな会い方をしたのやら…

雛菊

ふふ、突然後ろにいてビックリしました。あんな風に会うなんて思ってなくて、どうしようって思ったわ。

薬師

これからは僕があなたの身の回りの世話をしますので、何か御用がありましたら、遠慮なくお言いつけください。あなたは清の後継者の母親なので、皇后とほぼ同じ位なのです。

雛菊

私は孤児の娘だったので、そんな大層な位じゃありません。普通に扱ってくださいませ。先生の事は私の師匠のように思っております。薬師の勉強を教えていただきたいのです。

薬師

そんな事ならお安い御用ですよ?弟子は取らない主義でしたが、あなたは特別に入門させて差し上げます。

語り手

第三部へ、続く…

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