テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
リビングのソファ
銀さんの両親、そして俺と爽で お互いが向かい合うように座った
少しの沈黙の後 銀さんの父親がふっと息を整えた
そう言って 2人は深々と頭を下げる
突然の事で 俺は固まってしまった
声にならない 喉が震える
上手く言葉を出せず 途中で噛み砕いてしまった
そんな俺の手を そっと、包むように握ったのは───
銀さんの、母親の手だった
あたたかくて、 やわらかくて、
懐かしいような優しさだった
そう微笑む彼女の瞳は 泣きそうで、でも笑っていた
たった、こんなことが
こんなにも 胸に迫ってくるなんて…
言葉が続かず、俯いた
─────視界が滲む
「あぁ、守れたんだ」と
込み上げる感情に 胸がじんと、熱くなった
─────その時
………ぐぅ〜〜〜…
静寂を破ったのは
控えめだけど 確かな、腹の音
…ぐぅ〜〜〜…
遅れて、もう1つ
小さく肩をすくめたのは 爽だった
顔を真っ赤にして 俺の袖に隠れるように
ちょこん、と 縮こまっていた
蚊の鳴くような声で しゅんとしたように謝った
視線を前に向けると
銀さんの父親が 気まずそうに頭を搔いていた
銀さんの母親が口元をおさえ 柔らかく笑った
その光景に、俺も思わず
と、小さく笑った
その笑いを受け止めるように 銀さんの母親が言葉を紡ぐ
少しだけ驚いたが
「頂きます」と、 すぐに言葉を返した
ミートパスタの湯気が ふわり、と立ちのぼる
トマトとスパイスの香りが 優しく食卓に満ちていて そこに、ほんのり焦げた チーズの香ばしさが混ざる それは確かに“幸せな匂い”のはずだった
だけど─────
それが、どれほど素晴らしいものか ……俺には、もう 分からない
呪いによって奪われた「味覚」 あの、灼けるような“苦味”も じんわりと沁みる“甘さ”も もう、思い出の底に霞んでいて 手が届かない
だからこそ 今、ここにある温もりが どうしようもなく、切なかった
笑って、そう言った 演技じゃない 心からの言葉で
“味”じゃなくて、“気持ち”が 美味しかったのだと思いたかった
俺の隣では 爽が夢中でパスタを口に運んでいた もぐもぐと、一心に咀嚼しながら 目を輝かせて顔を上げると 銀さんの母親に向けて、ぱっと笑った
その声は まるで陽だまりのようだった 無垢な言葉が空気をあたためる 爽は、しっぽを ブンブンと、嬉しそうに 左右に揺らしていた
驚いたように目を見張った母親も すぐに頬を緩めて 「ふふ、ありがとう」と、優しく返す
それだけで もう、この空間が、ご馳走だった
俺は目を細めて そのやり取りを見つめていた 味が分からなくても 誰かの「美味しい」は こんなにも心をあたためる
銀さんの父親は パンで皿を拭いながら 「こりゃぁ、たまらんな…」と 満足気に笑っていた
食器のぶつかる音 スープの湯気 柔らかな笑い声…… 全てが幻のように優しくて でも、確かに“ここ”にあった
俺はもう一度 パスタを口に運んだ
味は、分からない
でも、その温かさと みんなの笑顔が胸に染みて
込み上げるものがあった
……確かに、
呪いで奪われた感覚を悔やみ
失ったものの大きさに 胸が締め付けられたこともあった
それでも─────
この瞬間だけは 確かに“生きている”と、感じられた
ほんの、少しだけ……
孤独が、溶けていくような気がした