テラーノベル
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食事を終え、食器を片付けた部屋に 一瞬の静寂が訪れた
「息子に会って欲しい」
その言葉が重くのしかかって 不安がじわじわ、と芽生える
爽と共にソファに腰を下ろすが 心がざわつき、呼吸が少し乱れる
「本当に あの子に会ってもいいのか」
過去の傷や 守りきれなかった痛みが
俺の心を揺さぶった
扉の向こうから赤子の泣き声が漏れ やがて、ガチャリと開く
慌てふためきながらも 赤子を抱く銀さんの父親の姿に
僅かに、胸が締め付けられる
「ちょっ、うわっ!!」と
焦りながらも 必死にあやす銀さんの父親
銀さんの母親は静かに受け取り 懸命にあやしているが
赤子の泣き声は 次第に大きくなっていく
切羽詰まった空気に 俺は俯いたまま、息を呑む
──────突然
ピタリ、と 赤子の泣き声が止まった
不思議に思い、視線を向けると
深緑色の小さな瞳が 真っ直ぐに、俺を見つめていた
その瞳は 澄み切った森の奥の様に透き通り
窓から差し込む柔らかな昼の光に キラキラと輝いていた
爽が小声で呟くのが耳に届き 少しだけ、肩の力を抜いた
爽はそっと立ち上がり
誰にも気付かれないように、と 気配を消しつつ、赤子に近付く
慎重に、ゆっくりと…
だが 赤子に手を伸ばした瞬間
赤子は手足をバタつかせ ぐずり始めてしまった
「あっ……」と
少し驚いて声を漏らし みるみる落胆の色が広がっていく
肩を落とし 小さく俯いた爽は
固まったまま しばらく動けずにいた
ふっと顔を上げ
少しだけ微笑みながら 爽は俺を手招きした
戸惑いと緊張が胸を締め付けながらも ゆっくり、赤子に近付いていく
不思議と泣くこともなく ただじっと見つめる瞳に
言葉にならない 懐かしさと切なさを感じた
俺はそっと 人差し指を赤子に差し出した
すると、赤子は その指をぎゅっと握りしめ
嬉しそうに 笑い声を上げた
銀さんの父親の感嘆の声に 俺は、少しだけ心が和らいだ
爽の歓声に
胸の中の冷たく重かったものが ゆっくりと、溶けていく
俺は堪えていた涙を止められず 頬を伝ってぽろり、と零れ落ちた
小さな手が ぎゅっと強く握り返される
赤子は 嬉しそうに声を上げてはしゃぎ
あどけない笑い声が ふんわりと部屋に広がっていく
まるで
暗闇の中に射した 一筋の光のように
温かく、心を満たしていく
その無邪気な笑顔に 胸の痛みは次第に和らぎ
頬を伝って流れる涙は “喜び”のものへと、変わっていった
「守るべきものが、ここにある」
そう実感させてくれる 小さな命のはしゃぎ声だった
母親の優しい声が 赤子の頭を包み込む
その笑顔と声は
淡い光となって 俺の胸の奥深くに差し込んだ
長い間閉じられていた扉が ゆっくりと、開くように
震えながらも、温かさに 満たされていくのを感じていた
“かつて”の教え子たちの 冷たく、孤独だった手とは違う ───────柔らかな温もり
触れられるだけで 忘れていたはずの“感情”が一気に溢れ出し 「安堵」、「懐かしさ」 そして 「救われた」という 深い実感が、心を満たしていく
俺は この家族を守れたという事実に 心から安堵しながらも、 同時に 失った時間の“長さ”や 傷付いた過去の“痛み”を思い起こしていた
その、全ての「感情」が 涙となって頬を伝っていった
────この温もりと命を守る為に まだ、俺にはやるべき事がある
コメント
2件
やっぱり…ガンギまりあさんはすごいですね。こんなに感情が揺さぶられる小説は初めてです。すごいです。訳あってしばらくコメントもいいねもできませんでしたが…とても素晴らしい作品ですね。すごいです。続き…楽しみにしてます。