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テラーノベル(Teller Novel)

渋谷大

片思いになるとか冗談じゃねぇし

渋谷大

お前が俺んこと考えないようにしたって

渋谷大

俺はお前の事考えちゃうし

引き攣るように震える声が、必死に言葉を作り出す

渋谷大

お前とカタヅケ屋できないのもヤだし

渋谷大

お前と甘いもんっ

渋谷大

食いに行、けねーのもヤだし

渋谷大

――お前がっ、アポ無しで!

渋谷大

アニメ、見せに来ねーっのもっ!

渋谷大

ヤだ!!

音と共に、目元に揺れていたものもボロボロと崩れ始める

噛みつきそうな唇はときおり戦慄いて、笛のように高い音を漏らしていた

渋谷大

じっちゃんもっ、ポストもい、けどっ!

渋谷大

俺、の隣っで!

渋谷大

カタヅケ、やって、欲し、のは……ッ!

渋谷大

おま、なんっ、てば……!!

もはや聞き取ることすら困難な言葉がこぼれ落ち

胸倉を掴んだままの腕にシミを作る

それでも静かに渋谷を見つめるばかりで反応を見せない久留間に

渋谷がさらに言い募ろうと唇を開いた時だった

久留間悟

お前さ

久留間悟

こういうとき、すっごい熱烈だよね

困ったように破顔し、泣き笑いの表情で額を合わせる

久留間悟

――ごめん

久留間悟

寂しがりの大ちゃんに言うことじゃなかった

指先に髪を絡め、冷たさを感じながら向き合った目元に吸い付く

熱を持ったその場所が、かすかな塩分をより濃く思わせた

渋谷大

ッ、今っ

渋谷大

スッゲ、ここ痛い

久留間悟

ごめん

渋谷大

いい

渋谷大

俺さ、お前が呪われてから

渋谷大

心臓痛い思いばっかしてんだけどな

渋谷大

……これ、お前がどんだけ俺んこと好きか分かって

渋谷大

ちょっと嬉し

久留間悟

……嬉しがる状況じゃないんだけどね

また額から血の気が失せていく姿に不安を覚えつつ

それでも仕方ないと納得できてしまう

もはや別方面に向けて決断を下すほかないと腹を決め

久留間は中空に視線を向けた

久留間悟

なぁサキュバスちゃん

久留間悟

見てるよね

その言葉に、渋谷の肩が震える

握り合った指先に力が入るのを知った上で、あえて無視した

ふわりと空間が膨れ上がり、そこに黒い翼が現れる

やがて姿を見せた淫魔は、機嫌良さそうに唇に弧を描いていた

サキュバス

はいはーい!

サキュバス

なになに?

サキュバス

私のパートナーになる気になってくれた?

結果を確信している笑みに、久留間の目がわずかに逸れる

それが不愉快の表れであることを察して、渋谷は口を噤んでいた

風を切る音が耳に届き、凹凸の緩やかな淫魔の体に札が投げつけられる

サキュバス

っ、なに!?

久留間悟

悪いね

久留間悟

消えられると話もできないから

久留間悟

今はそのままでいてくれるかな

口元は笑みを作りながら、その目はわずかの喜色も浮かべない

その不気味さになにか感じたのか、淫魔はそれきり

文句を言うこともなく従った

素直な様子に今度こそ笑みを浮かべ、久留間は一度視線を落とす

久留間悟

君に呪われてからさぁ

久留間悟

さすがにいろいろ考えたよ

久留間悟

確かに合法で幼女といちゃつけるのは魅力だし

久留間悟

現状、リスクが高すぎる

久留間悟

だけどやっぱ俺ね

久留間悟

こいつがいいんだ

柔らかな目が渋谷を映す

久留間悟

俺は確かに君を助けてあげたし

久留間悟

君は俺に好意を持ってもくれた

久留間悟

――だけどそれは

久留間悟

俺の感情を縛っていいことにはならないんだよ

対し、怒りを孕んだ視線が淫魔へ向けられる

その展開に明らかに動揺した様子で息をのんだ淫魔は

ようやく言葉を落とした

サキュバス

――なによ、それ

その音に感情はない

当然の結果が得られなかった衝撃か、それとも過ぎた怒りからか

そこにはなんの起伏も含まれていなかった

しかし揃って見上げる久留間と渋谷の表情を見下す中で

淫魔は陰惨に笑ってみせる

サキュバス

……あぁ、そうなの

サキュバス

まだ足りないのね?

サキュバス

大事な恋人もどきがえらくタフだから

サキュバス

苦しめ足りなかったってわけ

サキュバス

いくらなんでもこれ以上のことはしたくなかったけど

サキュバス

あなたがそう言うなら、それ

サキュバス

もう消しちゃっても

久留間悟

吐普加身依身多女
(トホカミエミタメ)

久留間悟

寒言神尊利根陀見
(カンゴンシンソンリコンダケン)

久留間悟

祓ひ給ひ清め給ふ

サキュバス

――ッッ!?

サキュバス

ギ、ぐゥウ……っ!?

サキュバス

あが……っ!!

早口で唱えられた一つの祝詞に、淫魔の表情が一変する

嗚咽し、舌を出し、まるで内臓を吐き出さんばかりの苦悶の表情に

久留間は静かに肩の力を抜いた

久留間悟

よかった

久留間悟

さすがにこれは効くんだな

久留間悟

今後のためにも覚えとくよ

サキュバス

なに……ッ!

サキュバス

なんなの、ごれば……ッ!!

久留間悟

この国で一番強い祓い言葉

久留間悟

コイツにこれ以上なんかしたら

久留間悟

魔界にも帰れなくなるよ

渋谷大

おい、悟!!

あまりの苦しみように、見かねた渋谷が制止に入る

それに唇を尖らせた表情だけで返答し、不本意そうに肩を竦めた

久留間悟

うちの子、優しいだろ

久留間悟

あんな事言った君を庇ってくれるんだ

久留間悟

感謝したら?

肩で息を繰り返す淫魔を労ることもなく言い放つ

それを恐怖と好奇の目で見遣り、淫魔はなお笑って見せた

サキュバス

あなた、なんて人なの

サキュバス

悪魔を脅すなんて

久留間悟

そっちが怒らせたからだろ?

久留間悟

俺は悪くないよ

久留間悟

最初っから、話そうって言ってるじゃないか

サキュバス

……そう、そうね

サキュバス

分かった、聞いてあげるわ

久留間悟

君の素直なところは、とっても気に入ってるよ

心からの笑みを見せ、穏やかに表情を緩める

久留間悟

俺のなにがそんなに気に入ったか知んないけど

久留間悟

本当に諦めてくんないかな

久留間悟

半分確信してんだけどさ

久留間悟

俺、こいつ相手じゃなきゃ

久留間悟

たぶんその気になれないんだよね

渋谷大

……悟くん

渋谷大

それマジなら病気じゃね?

久留間悟

大ちゃん黙って

横から入ったツッコミを、ぴしゃりと跳ね返す

しかし渋谷もまたそれを楽しげに笑って、淫魔を見つめた

渋谷大

でも、俺からも頼みたい

渋谷大

――俺からコイツ、盗らないで

まっすぐに放たれた言葉に棘はない

けれど聞く者の胸を痛めるような切なさで絞り出された声色に

淫魔は大きな息を吐きだした

サキュバス

なんなのよ、あんたたち

サキュバス

こんな可愛い淫魔を前にして

サキュバス

なんで浮気の一つもしてくれないの

サキュバス

そんなの、つまんないじゃない

愚痴るように呟き、キツい目つきで二人を睨みつける

サキュバス

もういい、わかった!

サキュバス

役に立たない男なんて

サキュバス

こっちから願い下げだわ!!

サキュバス

まったく、呪った魔力分損しちゃった!

憤慨した様子を見せて羽ばたいた淫魔の指先が

久留間の札を難なく引き剥がして焼き捨てる

そのまま赤い舌を出し、吐き出されたわずかな唾液が

久留間の手首につけられた傷を消し去った

久留間悟

渋谷大

おっ

サキュバス

ふんだ

サキュバス

こんなつまんない人間しらなーい!

サキュバス

もう魔界帰る!

サキュバス

バイバイ!!

瞬間、淫魔は無数のコウモリになって窓から飛び去っていく

それを半ば呆然と見送って、二人は顔を見合わせた

渋谷大

……終わった?

久留間悟

たぶん……?

渋谷大

多分じゃ俺が困るんだけど

久留間悟

ですね分かります

久留間悟

……今も痛い?

渋谷大

あー……?

渋谷大

……や

渋谷大

痛くない、かも

久留間悟

じゃ、大丈夫なんじゃないかな

渋谷大

ほんと?

久留間悟

うん

渋谷大

んなら、さ

渋谷の指先が久留間の手を取り、腫れのあった手首をなめる

久留間悟

ちょっ、大ちゃん!?

咄嗟に、感情を制御しようと目を逸らす

しかし渋谷が緊張する様子も、痛みをこらえる様子もないことから

どうやら本当に呪いが消えたらしいと胸を撫で下ろした時だった

ちゅ、と音を立てて手首に口づけ

乱れた白い髪の向こう側で艶然と笑みがこぼれる

渋谷大

もぉさ、エロいことできるよな?

眩暈がするほどの色香に、思わず天を仰ぐ

まずはカタヅケ完了の報告をしに戻るのが最優先ではあるものの

よくぞこれを一週間以上我慢できたと自分を褒めたい久留間だった

サキュバスの爪痕

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