そして時は流れ、織田の甥が太宰の家へとやってくる日となった。
この日は休日であったため、朝早くから、
太宰は妙にそわそわして柄にもなく落ち着きがなかった。
そして、
ピーンポーン
という単調的な音が鳴り響いた。
織田作之助
俺だ、太宰
インターホンから聞こえる織田の声に応えるように
太宰治
今、出るね
と玄関の方へと向かった。
扉を開けると、そこには織田と、織田の言っていた通り白い子供が荷物をかかえて立っていた。
太宰治
あ、い、いらっしゃい
太宰は妙に緊張して、ドギマギとしてしまう。
白い子供は太宰をじっと見上げ、ふと、
中島敦
……黒い人だ
と呟いた。
え? と疑問に思う隙なく、白い子供は
中島敦
あ、ごめんなさい……
と口に手を当て、眉を八の字にする。
太宰治
あ、いや……
ううん、と咳払いを一つした太宰は息を大きく吸って、
太宰治
僕は太宰。太宰治。えっと、君は……
中島敦
中島、敦です
太宰治
そう、敦くん。これからよろしくね
中島敦
あ、はい!
中島敦
ぼくの方こそ、引き取ってくださって、ありがとうございます……
中島敦
本当に、感謝しています……
子供らしくない態度に太宰は眉をひそめて織田を見るが、
織田は自信ありげな顔で爽やかな笑顔で笑った。
そうじゃないと大きな声で叫んでしまいたかった。
中島敦
そ、それで、ぼくは何をしたらいいでしょう……?
織田も帰り、敦のために荷解きでもしようと居間まで招いた時、
敦は恭しく太宰たずねた。
太宰は目を丸くして、
太宰治
別に、普通に過ごしてもらってもいいけど……
と言うと、敦は小首を傾げて、
中島敦
それでは、お夕飯の準備でもしてきます
中島敦
えっと、この辺にあるスーパーにはどう行けば……
と、まるで家政婦のようなことを言い出した。
太宰治
え、いや、そんなことしなくていいんだよ?
太宰治
普通に、えっと敦くんは十二歳……だったよね?
太宰治
普通にゲームしたいとか、そういう……
太宰の言葉に敦はさらに首を傾げる。
中島敦
ええっと……ゲームって、なんですか……?
太宰の頭に強い衝撃が走る。
太宰治
え、それじゃあ、君の好きなこと……
中島敦
好きなこと……あ、ご飯作るの好きです。あと、お掃除、とか
太宰治
なにそれ主婦なの?! 違うでしょ!!
つい叫んでしまった。
敦がしょんぼりと肩を落としたのがわかった。
太宰治
あ、いや、敦くんを否定したわけじゃ……
中島敦
いえ、大丈夫です
胸が痛む。
にこやかに笑う敦を見て、太宰はショックやら申し訳ないやら不思議やら、複雑な感情にもまれていた。
太宰治
……わかった、近くのスーパーまで一緒に行こう
太宰のこの言葉に敦は目を輝かせた。
太宰はなんとも言えない気持ちで喜ぶ敦の背中を見ていた。