コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
……そろそろ、お帰りになられるだろうか。
静かな場所でランと二人でいると、何だか昔を思い出して落ち着かないのだ。
そういう時は、自分の内面に意識を向けて、気持ちを落ち着かせるに限る。
私の名前はユリだ。ランに付けてもらって、私もランにランという名前をつけた。
そしてクロト様の飛行船に住まわせてもらっている、情報収集担当の十歳。
双子の兄のランも同じ情報収集係だ。
今日クロト様は、監獄に隠されている宝石を手に入れるために、出掛けらている。
どうしてもその宝石に、確かめたいことがあるのだとか。
ユリ
ラン
ラン
ラン
ユリ
ユリ
ラン
ランの声が少し低くなった。
ランもきっと心配なのだ。
ラン
ランの、一つに纏めた金髪がさらりと揺れた。
私の視界の端にも、同じ金髪が揺れている。
ユリ
ラン
あえて断言しない、そのランの様子が、私の心配症な心を溶かす。
ランが兄だから、というのもあるのだろう。
ユリ
ラン
私は右目を覆う眼帯に触れた。
クロト様から頂いた物だ。手作りらしい。
私たちには片目が無かった。
私は右目。ランは左目。
奴隷市で売られていた時に、目をえぐられたそうだ。
どうしてそんなことをされたのかは、未だによく分からない。
分かろうとも思わない。多分、その方が幸せだ。
そういった事情もあり、二人でどうにか逃げ出しそうと考え始めた時期に、クロト様と出会った。
クロト様は、奴隷商をぶっ飛ばして、鞭打ちされそうになっていた私たちを助けてくれた。
他の子達は、もう、その場にはいなかった。きっと逃げ出すか、逃げ遅れて誰かに攫われたかしたんだろう。
クロト様はゴミ箱に隠れている私たち兄妹を見つけ出して、引き取ってくれた。
引き取られた後に、私たちは彼が怪盗だと知った。
仲間になるかと冗談まじりに誘われた。
断る理由など、どこにもなかった。
……そうだ。だから私は今、ここにいるのだ。
以前の記憶が丸ごとなくても、思い出せなくても。今のこの記憶が私の存在証明になり得るから。
懐かしさに左目を細め、私はクロト様のお帰りを待った。
機械の不具合を直しながら、クロト様を待つこと小一時間ほど。
ぎぃっと、ドアが開く音がした。
気持ちがパッと晴れる。
クロト様が帰ってきたのだ!
私はほっぺに手を当てた。
……心の中では、嬉しいはずなのに、きっと今も顔には出てないんだろう。
私とランの……悪い癖だ。
奴隷時代の産物。忌まわしい残り香。
どうやったって、払うことなどできない。
クロト様は私の予想通り、手に宝石を持っていた。
怪盗の仕事が成功したのだ。
ユリ
手を重ね、深々と頭を下げる。
角度はきっちり四五度。何度も練習したから、体に染み付いている。
それでも、日々成長しているから、細かい調整は欠かせない。
クロト
ユリ
ユリ
困ったように笑い、頭を掻くクロト様にランが話しかける。
ラン
クロト
歯切れの悪い言葉だ。
……クロト様がこの部屋に入ってきた時から、冷や汗をかいていることと、何か関係があるのだろうか。
まるで、なにかを言い淀んでいるような………。
…………あ、また捨て猫を拾ってこられたのだろうか。
隠しても無駄だということは、クロト様も過去十二回を通じて分かっているだろうに……。
ユリ
ユリ
クロト
クロト様の目が泳ぐ。
……私がそんなに怖いのでしたら、早く捨て猫でも捨て犬でも見せて下さいよ。
クロト様は観念したのか、両手を上げる。降参のポーズだ。
ユリ
ユリ
クロト
クロト
今すぐ私は飛行船の外を確認したくなった。
犬や猫より大きいサイズ? 中型獣が捨てられていたのだろうか。
それくらいなら、なんとか…………でも、大型獣は流石に無理がある。
大型獣を乗せた場合に必要となる経費を計算し、私は最悪の場合を告げることで、クロト様に大型獣を飼うのはおやめ下さいと進言することにした。
ユリ
ユリ
ユリ
クロト様は目を瞬かせた。
クロト
クロト
……拾った? 人間を?
人参を、の間違いじゃなく?
クロト様の行動を繰り返すように、私も目を瞬かせた。
クロト
クロト
ユリ
どうやらクロト様は、私が予想だにしていなかったものを拾ってこられたようだ。
ランは私と違って慌てることもなく、淡々とクロト様に問うた。
ラン
クロト
あの…………有名な、怪盗アロミネル? その子孫?
怪盗界では言わずと名が知れた名前で、初代怪盗ブラックと並ぶ程の人気を博す、有名な怪盗だ。
そして……私はアロミネルのファンだ。
心が軽快な音を立てて跳ねた。
かの怪盗の子孫に、会ってみたくてたまらない。彼女の残した物が、何か残っていないだろうか、訊きたい。
ラン
クロト
……実行、担当?
それ程の実力があるのかと思ったが、どうやらこれから怪盗としての基礎を身に付けるらしい。
怪盗アロミネルの子孫だとしても、実行担当は無理があるのでは……?
クロト
クロト
『この世界』?
クロト様の言葉に含みを感じて、私は首を傾げ、ランと顔を見合わせた。
クロト様は、話は終わったとばかりに玄関の扉を開けると、大声を出された。
クロト
レミ
レミ
レミ
クロト
レミ
クロト
レミ
クロト様と言い合いをしながら入室してきたのは、十五歳前後の女の子だ。
綺麗な、銀髪だ。
その女の子は私たちの方を見ると、腰をかがめ私たちに目線を合わせて、にこっと笑った。
レミ
レミ
……いいなぁ。
屈託の無い、笑顔。私が、私たちが失ったもの。もう二度と、取り戻せないもの。
羨ましくないと言えば嘘になる。正直に言うのも、どこか馬鹿らしい。
それでも、彼女の笑みを見てなぜかホッとした。
私自身が、そんなふうに笑えるようになったわけでもないのに。
胸の奥から、大きな濁流のような感情が逆流してきて、目から溢れる。
レミ
レミ
レミ
レミ
レミ
クロト
レミ
レミ
レミさんとクロト様が、何かよく分からない言い争いをしている……。
私はランと、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を見合わせた。
こんなに泣いたのは、いつ以来だろうか?
心なしか、少しすっきりしたような気がする……。
と、そう感じたのと同時に、ピリッと頭に電流のようなものが走った。
いつものあれだ。
––––人は、何かしら、特有の能力を持って生まれてくる。
それは千差万別で、時には身体的な特徴として現れることもあるらしい。
そして、私たち二人の能力は"未来予知"だ。
ただ、市井の人々が思ような便利なものでもない。
何か大きな、避けられようのない出来事が、時たまぼんやりと頭の中に浮かんでくるだけ。
それ以外の、例えば明日の夕ご飯や、一週間後の天気などは分からない。
自由に使える能力でもない。
頭の痛みも、これによるものだ。迷惑な話である。もっと単純な能力の方が、もっと楽に生きてこれただろう。
ちなみに、先ほど流れてきたのは、短い映像だった。
––––––––歯車がカチリと噛み合う、映像。
あまりに抽象的だから、詳細は分かるはずもない。
……だが。
私はいまだにクロト様と言い争いをしているレミさんを見る。
ここ数年、ずっと発動していなかった私たちの能力"未来予知"。これが、彼女と会ったことに反応を示したのであれば。
……それは、彼女を起点にして、大きく歴史が動くということだ。
私は誰にも悟られぬよう深呼吸をして、クロト様たちの言い争いの様子を、終わりまで眺めていた。