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水が尽きるまで

第1話 - 川の神が人間になる決意をした日

100

2022年12月18日

#雪羽　垂

#垂詞

雪羽　垂

今からおよそ443年前の12月

鼓羽紅主

[白紙の書籍を指先でなぞっている]

鼓羽紅主

...今年も参拝人は居なかったか...。

鼓羽紅主

これで200年連続だ...

鼓羽紅主

（そろそろ覚悟しなければ...）

リーン、リーン、リーン...

鼓羽紅主

（天使の足音がする...）

天使

鼓羽紅主様、御迎えに上がりました。
今回、水神様の元までお連れさせていただく...

鼓羽紅主

いいよ、そういうの。
肩苦しいのは僕、嫌いなんだ。

天使

...かしこまりました。
では、こちらへ。

鼓羽紅主

うん。

先導で歩く天使の足音を頼りに進んでいく。

僕のような最下層の神には、視覚がない。長年に渡って使わなかった瞳は白く濁り、後退していた。

鼓羽紅主

...ねぇ？

天使

...なんでしょう？

鼓羽紅主

今、僕らが歩いてる場所は...

鼓羽紅主

どんな景色なんだい？

天使

...特になにも御座いません。
暗い雲が彼方遠くまで続いてるだけです。

鼓羽紅主

...そうか。

こんなたわいもない会話でも、僕は嬉しかった。誰かと話すのは数千年に１度あるかないかの定めだから。

リーン、リーン、リーン...

リーン、リーン、リーン...リンｯ

どれ程歩いただろうか...。天使の足音がピタリと止んだ。

鼓羽紅主

...ここで到着かい？

天使

...はい。
では、私はここで...。

鼓羽紅主

ありがとう

天使

水神様は、左のお部屋にいらっしゃいます。

鼓羽紅主

分かった。

天使は必要事項だけ伝えると直ぐに泡となって消えてしまった。

鼓羽紅主

（左の部屋...ここか？）

コンコンコン...

鼓羽紅主

失礼致します。
鼓羽紅主で御座います。

水神

入れ

鼓羽紅主

失礼致します。

水神

そこに座りたまえ。

鼓羽紅主

[手探りで椅子らしき物を探す]

水神

椅子ではない。
床だ

鼓羽紅主

ぁ、失礼致しました。

水神

...さて、今日お前を呼んだのは他でもない。
｛神神の降格｝のことだ。

鼓羽紅主

はい。

水神

分かっていると思うが、ここ数百年余りお前のもとには...

鼓羽紅主

...参拝人が来ておりません。

水神

...そうだ。

水神

正直なところ、今後も参拝人が来る気配はない。
しかし、参拝されない神にはそれ相当な罰が与えられる。

水神

...理不尽なものだがな。

鼓羽紅主

罰...とは、なんでしょう？

水神

｛人間擬態｝だ。
お前には人間となってもらう。

鼓羽紅主

...人間...ですか。

水神

そうだ。
嘘をつき、感情の起伏に順応せず、罪を重ねる生き物[人間]だ。

水神

だが、そのような最下層の生物になるのはお前も嫌だろう。
だから、代わりにお前には...

鼓羽紅主

人間で構いません。

僕の言葉に、水神が驚いたのが[気]で伝わった。時空が激しく動揺しているように歪んだ。

水神

...

水神

本当に...よいのか...？

鼓羽紅主

はい。

水神

今までも何百という神に同じ事を言ってきたが...
有無を言わさず人にさせた者以外に、自ら望んで[人間]を選んだ者は居なかった。

水神

...なぜ、お前は人間を選ぶ？

鼓羽紅主

...僕は昔、ある人間を助けました。
それまでは、僕も人間という生き物に対して激しい嫌悪感を抱いておりました。

鼓羽紅主

しかし、その人間は私を見て言葉を発したのです。

水神

...侮辱か？

鼓羽紅主

いえ...、人間の世界で感謝の意を表す言葉...

鼓羽紅主

「ありがとう」を。

水神

...まさか、そんなことが

鼓羽紅主

僕も耳を疑いましたが、確かにあの人間はそう言ったのです。

鼓羽紅主

そこで、僕は気になったのです。
[人間]という生き物は、果たして我々が思うような[嫌悪な生き物]なのか...

水神

...そうか。
では、これは罰ではなく[任務]ということにしてやろう。

鼓羽紅主

任務...ですか？

水神

そうだ。
お前には人間に擬態して地球に向かってもらう。

水神

そこで社会に溶け混んで生活してみたまえ。
なにか[人間]に対する情報が得られるかもしれん。
そして何かしら情報が分かり次第報告してくれたまえ。

鼓羽紅主

...どのように報告すれば？

水神

そなたには神としての生活で使っていた「神力」があるだろう？

鼓羽紅主

はい。

水神

それを魔力に変えてやろう。
無論、人間界でもは魔力を持った者など僅かだが...。

水神

その魔力でこちらに信号で報告してくれたまえ。

鼓羽紅主

かしこまりました。

水神

...お前が此処から居なくなったら皆寂しいだろうな。

鼓羽紅主

ご冗談を。

水神

まぁよい。
天使にお前の領域まで連れていくように指示した。

水神

部屋のまえで待っているだろう。
行ってくれ。

鼓羽紅主

分かりました。
ありがとうございました。

水神

出発は次の満月だ。
それまでに支度をしておけ。

鼓羽紅主

はい。

鼓羽紅主

...では、水神様。
暫しお別れです。

水神

あぁ。
気を付けて行ってこい。

リンッ

天使

御迎えに上がりました。

鼓羽紅主

うん。

天使

では...帰りましょう。

天使の足音を頼りに、僕はまた進みだした。

水が尽きるまで

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