お兄さんたちの日常

8月、記録的な猛暑のせいで全てのやる気がログアウトしそうな午後。

テレビから流れる熱中症注意報を流し聞きしながら、俺は手軽に作れそうな夕飯を考えていた。

俺が来ないとすぐスカスカになる卯月さんちの冷蔵庫は、俺が夏休みになって通い詰めていることで今はそこそこ満たされている。

家主の不在に遠慮なく物色すると、トマトを発見した。

片手に持っていたスマホが振動で知らせたのは卯月さんからのチャット。

どうやら用事が終わったようだった。

ほとんどの物は電子で管理するし、紙に印刷したい機会が少ないという理由で、卯月さんちには家庭用プリンターが無い。

ただ、卯月さんがいくらペーパーレスに努めても、紙の書類でのやり取りを要求される事が年に数度はあるみたいだ。

そういう時は印刷データを持ってコンビニへ行き、コンビニのネットプリントを利用するらしい。

コンビニのプリンターで印刷と言えば、俺はUSBをぶっ刺すやり方しか知らないんだけど、何か今はスマホからワイヤレスで印刷出来るんだとか。

時刻は15時過ぎ。 空が夕焼け色になるにはまだ少し早く、外は相変わらず暑そうだ。

印刷が終わってアイスを買うだけなら、近所のコンビニだし10分もすれば卯月さんは帰って来るだろう。

エアコンの温度を1度下げて待つ。 最後の連絡から10分ほどする頃、玄関の扉がガチャッと開きかけた音がした。

が、すぐにバタンと閉まって

直後、外から卯月さんの悲鳴(?)のような叫びのようなものが聞こえてきた。 まだ家の中に入ってない。

一体何の騒ぎだと慌てて玄関に向かうと、卯月さんが丁度中に入って来て、そのまま玄関にへたり込んだ所だった。

卯月さんは過去にストーカーに自宅襲撃され、襲われかけた事がある。

そういえばあれも、夏の出来事だった。ちょうど去年、大学2年の夏。 俺と卯月さんが出会ったきっかけ。

セミ？

取り敢えず卯月さんを玄関から抱き起こして、外を確認してみると…

玄関外、マンションの共用部分である廊下にセミが5匹くらい転がっていた。(あと卯月さんが買った物が入っているコンビニの袋も落ちてる)

それらが仰向けにひっくり返って、ジジ・ジジジジッと最後の力を振り絞るように羽をバタつかせ、地面を這うように暴れている。

これはいわゆる「セミファイナル(別名：セミ爆弾)」というやつだ。

地面に転がった死骸かと思いきや、近くを通ると急に動いて暴れ出し、人間をビビらせるという。実はギリギリ生きてるセミたち。

偶然だろうけど、まるで狙って設置されたみたいに等間隔で落ちていたセミ爆弾たち。

あの中を気付かず歩いてセミファイナルを発動させてしまい、囲まれてパニックを起こした数分前の卯月さんを想像すると笑える。

情けないのか、眉を下げて少し拗ねたような顔をする卯月さんが可愛くて、思わず頭を撫でそうになる。

が、それを我慢して頭ではなく肩をポンポンと叩いて元気づけた。

調理する俺の様子を見に来た卯月さんが、背後から覗き込んでくる。 申し訳なさそうなその言葉にはしかし、お腹を空かせた卯月さんの夕飯に対する期待の声色も込められていた。

卯月さんと知り合って友達になってから、「大学から近いから」というのを理由に、1限の授業がある日の前日やそれ以外でも頻繁に遊びに来たり泊まらせて貰ったりしていた。

でも7月下旬で大学も夏休みに入ってしまい…、正直今は卯月さんちに頻繁に来させて貰う大義名分に欠けてしまっている。

そんなわけで俺が打って出たのが「胃袋つかみ作戦」なわけだ。

直近の仕事が忙しく夏バテ気味の卯月さんに、「飯ちゃんと食った方が良いよ、俺が作ろうか？」と提案した。

すると俺の料理の腕を知ってる卯月さんは、目を輝かせて「良いの？」とノッてきた。しめたもんだ。

実家が飲食店で跡を継げと言われている事はめちゃくちゃ嫌だけど、鍛えられた料理の腕に関しては今ほど感謝する瞬間はない。

なんせ俺は、どうにか理由を捻出してでも出来るだけ卯月さんと一緒に居たいんだから。

そこまで手の込んでいない簡単なものだけれど、作った料理をベタ褒めしながら食ってくれる卯月さんを眺めながら、俺は胃袋つかみ作戦の成功を感じていた。

社会人として多方完璧に見える卯月さんが、食の面でだけ生活能力の無い人で良かったとすら思ってしまう。

いやそれは俺が卯月さんと居たいがために、理由付けてめちゃくちゃ通ってるだけなんだけど！

飯作りのために「通わせてる」と思われている…！

たしかに今更の遠慮だった。 長期休みに入る前は、何だかんだと理由をつけて散々入り浸っていたわけで。

あれ？ これマジで大チャンスなのか？？

いや、大チャンスって何だ？ 俺は別に、

俺は別に…… 一緒に居れたら嬉しいってだけで

それだけ、なんだけど……

そうやって 扉を広く開けてくれるんだったら

なぁ、良いの？ もう少し踏み込んで……