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意識が浮上するより前に─── まず、“寒さ”があった
目を開けているのかさえ分からない闇の中で 頬に触れる床だけが生々しくて
石なのか鉄なのか判断できないけれど… 冷たさだけは容赦なく、 皮膚の奥へ木の枝みたいに差し込んでくる。
身体は……動かない
動かそうとしても…掠りもしないし
指一本、まぶたすら…… 誰かに奪われたように反応しない。
暗闇は、時間の感覚さえ奪っていく
自分が息をしているのかさえ 怪しくなっていった、そのとき。
バキンッッ!!!
世界を叩き割ったような 破壊音が突き刺さった
音の衝撃で視界の黒がわずかに揺らぎ、 かすれた境界線を描き始めていく
見えたのは、砕け散った鉄格子の影 床に散った破片
その奥から、ゆらりと“それ”が姿を現した
人の形をした、黒いモヤ
揺らめく輪郭は煙のようで 影のようで、つかみどころがない
────それでも……
その揺れの奥にある意思だけは 異様なほど濃く伝わってきた
黒いモヤは近づいてくる
足音はしないのに空気が微かに押され 動かない身体を前にその気配だけが押し寄せる
「──かッ!? ……だ──!!!」
壊れたラジオみたいに歪んで聞き取れない
……それでも 必死に呼びかているのが分かってしまうから 余計に胸が締めつけられる
次の瞬間、黒いモヤが俺に触れる その手が、驚くほど“あたたかい”と感じた
闇の中で失われていた体温を思い出させるように じわっと熱が伝わってくる
背中へ腕が回され、身体が持ち上がり 動かせない視界がわずかに揺れる
胸元に落ちてきた体温と、肩にかかる圧
黒いモヤの呼吸が首筋の近くで荒れている 熱っぽい息が当たるたび 今度は逆に“生きている”実感が返ってきた。
「こ───、い……で──ッ!!」
そう“何か”を言われた瞬間、視界が変わった
走っていた
強い風が吹き付けてくる
冷たいはずなのに… 背中から伝わる体温がそれを相殺して 妙な均衡を作っていて
黒いモヤの足音は聞こえないのに 地面を蹴る振動だけは、はっきり伝わる
肩越しに響く息切れは 必死で、焦っていて、どこか苦しげだった
匂いが鼻を刺した 薬品の鋭い刺激、火薬の焦げた匂い…
遠くで爆ぜる音、金属が擦れる音 そして、警報のような甲高い響き
逃げている? 助けられている?
それとも… ただ別の闇に連れていかれているだけなのか?
考えれば考えるほど、分からなくなる
それでも 黒いモヤの声は途切れなかった
「も…────だ!! も…ッ、────る!!」
「──あ…ッ、こ……て───?」
聞き取れないはずなのに 不思議と心臓が落ち着いていく
風の寒さより背中の温度が勝つ 破壊音より、この声の方が強く響く
こんなわけの分からない存在の背中で 安心なんてできるんだ
……いや 分からないわけじゃない
赤ん坊の頃の記憶なんて普通は曖昧なのに どういうわけか、消えずに残っている
あのとき父さんに抱えられていた 体の揺れ、腕の強さ、息の温度……
黒いモヤの背中が、それと重なる
救われる理由なんてどこにもない 目の前の存在が敵か味方かすら不明なのに
それでも──
この背中だけは、信じてしまっていた
また場面が切り替わった
さっきまで真っ黒だった視界が 霞越しではあるけれど輪郭を取り戻し始めた
背負われているのは、変わらない
ただ、見える ……見えてしまった
目の前に広がっていたのは ────無機質な防護服を着た一団
全員がガスマスクを装着し こちらへ向けて武器を構えていて
光の反射で武器の先端だけが やけに冷たく光っていた
……どう見ても、50以上いる
数えている余裕などないのに 直感だけで“多すぎる”と、理解できた
「く──ッ!!! さ…れ──ッ!!!」
黒いモヤが吐く声が 刺々しく、焦りでノイズを帯びていた
俺を支える腕にぎゅっと力が籠もる その一瞬で、察した
“突っ込む気だ”
────正気か? いや、これは夢だ……でも、正気か?
考えるより早く、黒いモヤの足が地を蹴った
視界が横に流れ、風の圧が頬を切る
次の瞬間────
世界が銃声で満たされた
────ガガガガガガガガガガッッ!!!
耳の奥が痺れるほどの連打音 金属が砕ける破壊音 薬品が弾ける匂いが鼻腔に突き刺さる
視界の端で、弾丸が鉄柱を掠めた
ジュゥ……と不快に焼ける音 ……鉄が、溶けている…?
……毒 それも、鉄を溶かすほどの劇物…
それを乱射している光景が現実味を失わせた ……夢でなければ、悪夢と呼ぶしかない
黒いモヤは、俺を落とす気配すら見せない
背負ったまま 集団の中を縫うように駆け抜けていき
ありえない角度で身体を倒し、滑り、跳び 俺を庇うように動いていく
そのたびに 背中から伝わる呼吸が荒くなっていった
熱が増え、震えが混じる どうしてそこまで……? そんな問いを抱く余裕すら、消えていく
あぁ、俺……怪我してたんだ 全身、きっとズタボロなんだろうな…
痛みは、ない
寒さだけがやけに鮮明で 逆に“痛くない”ことが怖いと感じた
意識が途切れ始め、周囲の銃声が遠くなり 呼吸の音だけが耳元に残る
視界が白く滲んだその瞬間────
ドスッッ!!!
身体ごと揺れる衝撃 “何か”にぶつかった音
黒いモヤの腕が強く締まる感覚
そこで、完全に意識が落ちた