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水side
五時間目の英語の授業中、給食後だったこともあって瞼が閉じるギリギリのラインを攻めながら眠気と戦っていた時のこと。
前の席の子から回ってきたプリントを、目を擦りながらぼやけた視線で見下ろす。
教師
ほとけ
今までBGMのように聞き流していた先生の声がくっきりはっきり僕の鼓膜に入り込んでくる。
『テスト』という言葉に反応してしまい授業中にも関わらず変な声が口から漏れた。
ほとけ
初兎
ほとけ
隣の席から初兎ちゃんに囁かれて、僕はテストで埋め尽くされ焦った脳から急に冷静になり、みんなの視線が僕に集まっていることに気づいた。
僕は恥ずかしさで「すみません」と小さく呟いた後、配られたプリントで赤くなっているだろう顔を隠す。
教師
ほとけ
中断された説明を再び始めた先生の声が右から左にすり抜けていって、 僕はプリントの並べられた文章に目を通す。
出題範囲は比較級から動詞の過去分詞形、現在完了形を中心とした中学で習った部分。
そもそもテスト自体が苦手な僕は夏休み明けテストがあるというだけで嫌なのに、そのテストの範囲の広さに思わず顔を歪ませる。
今読んだ言葉だけでもピンときてないのに、どうやっていつも赤点ギリギリである僕がこのテストを乗り切ることができるのか。
大体夏休み明けテストなのに、 この定期テストみたいな出題量はなんなのだ。
もっと単語テスト30問とかならまだ、出来るかどうかは別としてわかるといえばわかる。
だけど完全に定期テストじゃん、 これ。許されぬ、英語の先生許されなぬよ。
ほとけ
無意識に溢れたため息と共に、机の上に倒れ込む。
キーンコーンカーンコーンと授業終わりのチャイムが鳴り響くのを聞いた僕は、日直の「礼」に従うことなくまた大きなため息を吐いたのだった。
ほとけ
屋上でアニキの手作り弁当を頬張りながら、 箸が卵焼きを掴んだ瞬間に本日何度目かわからないため息を漏らした。
__来年には僕も中学三年生。
受験だなんだと先生、親、友人との会話のネタがほとんどそのテーマだけに絞られていく時期。
別に絶対この高校にいきたい、そんな要望なんてあるはずも無いのだけれど、出来るのなら初兎ちゃんやりうちゃんと同じ高校に行きたい。
でも僕の成績じゃまだまだ二人には、追いつけなくて・・・・・・。
考えれば考えるほど、頭の中がパンクしそうになって、一度中身の一部を吐き出すようにまたため息が出る。
その様子を両隣に座るりうちゃんと初兎ちゃんが不思議そうな顔で見た後、互いに顔を見合わせた。
初兎
初兎
りうら
「なんならお弁当のおかずもあげようか」と初兎ちゃんが、自分の弁当に二個入っていた唐揚げをそっと僕の弁当に移した。
ほとけ
ほとけ
気を遣わせて申し訳ない、という気持ちもありつつ、自分だけでは解決できなさそうな悩みを二人に打ち明ける。
普段勉強に対して興味ないと自称している僕が、テストのことについて悩んでいることが珍しいからか、 二人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で僕を見た。
初兎
りうら
「俺も前の学校でも習ってないとこあった」とりうちゃんは苦笑しながら言う。
僕は前の学校でのりうちゃんのテストの点数を知らないから、彼が頭が良いのか悪いのかはわからない。
だけど話している時の雰囲気やら、時々ないちゃんとしている話の流れやらで、なんとなく彼が僕より頭の良いことは察することができていた。
ほとけ
初兎
りうら
ほとけ
元々テスト期間だって余裕かましてゲームしてたりしたし、今から急に英語の勉強すると言ってもどうすればいいのかわからない。
前に初兎ちゃんと一緒にテスト勉強したことはあったけど、「これどうやるの?」「どうしてそうなるの?」とわからないところを全て聞いたら「イムくんうるさい!」って怒られたし。
でもかと言ってりうちゃんに頼んでもどうなるか想像もつかないし、あと単純に僕の煩さを止めてくれる人がいない。
一応煩いことは自覚してる、一応。
ほとけ
何も掴んでいない箸をカチカチと開閉を繰り返し、雲一つない青空を見上げる。
すると隣で顎に手をつけて「うーん」と考えるように唸っていた初兎ちゃんが、良いアイディアを思いついたと言わんばかりに食い気味で言った。
初兎
ほとけ
思いがけぬ人名に、僕は「何言ってるの」と困惑を隠しきれない様子で言った。
だが初兎ちゃんは自信満々に、左手の人差し指を上に立てながらエヘンと息を吐いた。
初兎
初兎
ほとけ
正直のところ、僕はいふくんが嫌い。
いつも僕に対して小言がうるさいし、反論すれば頭叩くし、いふくんは僕のお母さんかと思ってしまう時もある。
まぁ、頭が良いのは認めるけどさ。
そんな嫌いな人に「教えて」なんて喜んで頼もうとする人はいないだろう。
ていうかまず頼んでも、いふくんなら「は?嫌に決まっとるやん」ってすぐ断ってきそうだし・・・・・・。
りうら
ほとけ
愛しのお兄ちゃんにそう言われてはやらなければと、僕はいふくんに家庭教師になってもらうことを頼まなければいけなくなったのだった。
ほとけ
ないこ
家の扉を勢いよく開けて僕が大きな声でそう叫ぶと、高校から帰って風呂に入ったばかりなのか、タオルで自分の頭を拭いて歩くないちゃんが玄関の方を振り向いた。
りうら
バッグを床へ乱雑に投げ、靴もバラバラに脱ぎ捨てたりうちゃんは、リビングの扉のノブに手をかけたないくんの背中に、突進するように抱きつく。
背後から頭突きされたないちゃんは、案の定というべきか扉に思いっきり額をゴンとぶつけた。
ないこ
赤くなった額を涙目でこすりながらそう言うないちゃんに、 りうちゃんは「ごめんごめん」と苦笑しながら謝り倒す。
ないこ
りうら
ないちゃんに言われ軽く返事をしながらも、玄関の靴を並べ、バッグを部屋に運びに行ったりうちゃん。
それを見送ったないちゃんは小さく息を吐くと、またタオルで自分の髪の毛を拭き始め、リビングの扉を開けた。
それと同時にキッチンから買い物から帰ってきたばかりなのか、アニキが冷蔵庫に食料品を入れている音が小さく聞こえて来る。
だが僕が探している彼は、リビング内にはいなかった。
ほとけ
リビングのソファに寄りかかりながら、手で持ったドライヤーで髪の毛を乾かし始めたないちゃんは「どしたの、ほとけっち」と首を傾げる。
ほとけ
ないこ
ないこ
ほとけ
不思議そうな顔をしながらも質問に答えてくれたないちゃんにお礼を言って、僕は2階に上がる。
初兎ちゃんはバッグをリビングに置いた後、 アニキのところにすぐさま駆け寄っていて制服を着替えることもせず、冷蔵庫への食品入れを手伝っていた。
途中で私服に着替えたりうちゃんが、トテトテと可愛い音をたて階段を下っていくのにすれ違う。
一階に降りたりうちゃんは、笑顔で「ないくーん!」と叫びながらリビングに入っていった。
その様子を見た僕の心に、いつも少し怖い兄にこれから二人きりで勉強を教えてもらいに頼まなければならないのか、と不安が募る。
いふくんも、ないくんとかアニキぐらい、もっと優しい心を持ってくれれば良いのに・・・・・・。
ほとけ
『いふの部屋』と書かれた手作りのドアプレートには、『いふ』と『の部屋』の間に、画用紙で付け足された『とないこ』という吹き出しがある。
その扉の前でまたため息を吐きながら、兄弟の部屋に入るだけで緊張する胸の鼓動を抑えてコンコンと扉をノックした。
ほとけ
相手に断らせる権利も与えず、僕は部屋のノブをガチャリと捻って問答無用でこじ開ける。
部屋に入ると、クルクルと回る椅子に座って足を組み扉の方向に体を向けたまま、本を読むいふくんがいた。
彼はチラリと僕を見た後、すぐに本へ視線を戻しこちらに顔も見せず問いかける。
いふ
『名探偵 湯胸海斗の推察』とかいう、なんだか難しそうな本を片手に聞いたいふくんに少しイラッとしながらも、ポツリと答える。
実際にはそんな小説はありません! (by 作者)
ほとけ
隠したって無駄だと観念した僕は、彼なら僕の頼みは断るだろうという前提でいふくんの言葉を待つ。
するといふくんは鼻から小さく息を吐いて椅子から床に座ると、部屋の真ん中に置いてある小さな机に本を置いて__頬杖をつきながらこう言った。
いふ
ほとけ
返ってきた意外な言葉に、 僕は驚いて思わずいふくんの顔をじっと見つめる。
すると彼は「何見てんねん」と呆れたような表情をして、近くにあったバッグから筆箱を取り出した。
いふ
いふ
ほとけ
珍しく頼みを聞き入れてくれたいふくんに困惑しつつ、僕は彼に言われた通り制服から私服に着替えていふくんの部屋に戻る。
まだ本に読み耽っているいふくんの目の前に座り、 バッグから筆箱と英語の教科書・ワーク・ノートを取り出した。
いふ
ほとけ
案外サラッと始まったいふくんとの勉強会で、 まずは学校で配られた英語の範囲の書かれたプリントを彼に渡した。
いふくんはそのびっしりと文字が詰まったプリントを見て、「うーん」と唸りながら眉を下げる。
いふ
ほとけ
即そう返した僕に、いふくんは「だと思った」と呆れ顔で返事をした。
その言い方だと僕がまるで勉強が出来ないと言ってるように感じたが、結局それは事実だし、今は教えてもらっている身なので言えるはずないなと言葉を飲み込む。
するといふくんは、プリントにサラサラと何かを書き始めた。
覗き込んでみると、範囲の単元の横に『毎』『2』『3』と数字やら漢字やらが書かれている。
それを首を傾げてみていた僕に、いふくんは完成したプリントを見せて先生のようにシャーペンで一個一個示しながら説明した。
いふ
ほとけ
驚いて前のめりになる僕の頭を、いふくんの手のひらで思い切り叩かれる。
いふ
ほとけ
いふ
ほとけ
いふ
いふ
ほとけ
いふ
いふ
知識が口から流れていくみたいに、勉強方法をペラペラと話すいふくんに驚きつつも、 一応相槌を打って話を聞く。
そしてある程度説明を終えたらしいいふくんは、机の上に置かれたワークとノートを手に取って開き、とある文法がまとめられたページをトントンと人差し指で叩いた。
いふ
いふ
ほとけ
「別に礼はいらん」と僕の言葉を軽くあしらういふくんの耳は、 少しだけ赤かった。
素直じゃないんだから、と心の中で思いながら__僕はいふくんの説明に耳を傾けた。
紫side
現在、午後8時頃。
アニキから風呂に入れと言われた僕は、いつも一緒にお風呂に入るイムくんを呼ぶために二階へ上がった。
そういえば、結局イムくんはいふくんに勉強教えてもらえたのだろうか。
今日一日リビングに降りてくるところ、見てないけど・・・・・・。
初兎
二階に着くと、予想では点いているはずの僕とイムくんの部屋の電気が点いていなかった。
ただ、その隣__いふくんとないくんの部屋は、一つだけ扉の下の隙間からチカチカと灯りを放っている。
僕はもしかしてと、ノックせずにノブを捻って扉を開けた。
初兎
そこには__机に突っ伏して、優しい寝息を立てながら眠っているイムくんといふくんがいた。
二人の腕の下には英語の教科書やワーク、シャーペンが置かれていて、二人は勉強している途中の休憩時間で寝てしまったのではと思った。
初兎
起こすのは可哀想だと、部屋の端にあったいふくんとないくんのベッドから布団を頂戴して、それぞれにかける。
すやすやと一定の寝息を立てて幸せそうに眠る二人を見ると、歳上のいふくんでさえも可愛く思えてしまう。
初兎
起こさないように小声でそう言ってから、僕は部屋の電気を消して場を後にした。