ここで待ってる

駅の時のデジャヴだ

背中になかなか追いつけない

何だ、この人も速いんじゃねーか

走ればよかったのに、と勿体無く思いながら

負けじと追いかける

用もないのに階段まで来た

いい加減にしてくれ

呼ぶと、踊り場で立ち止まる

立ち止まらせるには

名前を呼ぶのが効果的らしい

だが、背は向けたままだ

本当だろうか

後をつけていた可能性も否めないが

低い声が響いた

なんか、怒ってる？

嘘だ？

少しは、そうかもしれない

でもその選択も自由だろうし、言わないでおく

は？どういう……

糸が振り返る

後ろのステンドグラスの窓が

カラフルな光を放ち

逆光で表情はよく見えない

俺はまたしても

何も答えられない

それは、多分

今まで言われたことがある言葉なんだろう

だからあの時

冗談でも『可愛い』と言ったら

複雑そうに戸惑っていたのか

否定しつつ

思い当たる節はあった

湧き出した中途半端な下心が

すぐに見抜かれそうになっている

取り繕うように言った

それから普通に学校を出て歩き

駅近くのコンビニの前でアイスを食べ始めた

告白に関しても

遠回しな嫉妬である可能性も

あったりするのだろうか

だとしたらまだよかったのに

糸はそう笑って

せっかく高いアイスをすぐ食べ終わった

まだ話していたかったのだが

やっぱり気まずさが残っているようだ

と、背中を向けようとした糸が

出てきた客とぶつかりかけた

糸がよろけ

転倒を防ごうと手を出す

髪が手に触れて

僅かに糸の匂いがして

抱き留めていることに気付いた

トンと胸を押され、離される

糸は動揺したように目を逸らすと

慌てたように走って行った

やっぱり足が速い

背中を呆然と見送りながら

もう追い掛けることはしなかった

鼓動が少し、早くなっていた

やっぱり自分は

下心を抱いているかもしれない

手の中に

まだ糸の匂いが残っている気がする

忘れようと

告白してきた女子のことを思い返す

確かに可愛かった

スタイルも良かったし

想像すると

身体が熱を帯びる

彼女では流石にあれなので

別の人に置き換えることにする

スマホを見ようとして

今はそうじゃないと置く

ふと、また糸の顔がよぎる

照れた顔

寂しげな顔

取り繕っている顔

純粋な笑顔

すらりとした手足

白い肌

さらさらの髪

シャンプーとかのせいか

仄かに甘い匂い

長い睫毛

よく動く唇

くるくる回る腰

平たい身体

骨、肉

その奥の

なんか、全部

可愛いと思うのが

我慢できなかった

この一瞬だけは

絶対無理だと思っていたのに

あいつを想像しながらするのは

案外気持ちが良かった

お互いに気まずさを隠して

何でもない顔をして

でも

確実に

何かが変わり始めていた

つづく