グク
ジョングクのそれは本当に唐突だった。 朝5時に空腹だという人はそう滅多にいそうにないけれど、ジョングクがそう聞くという事は、だ。
ホソク
そこが当然線で繋がる。
グク
グク
この時間に? と思ったがジョングクが朝5時に空腹を訴える側の人だったと判明したのだから、それでいい。
やたら静かなこの空気に神経を持っていかれない様に、携帯から聞こえるジョングクの声に集中する。
ホソク
話を途切れさせない為に僕も口を開く。
グク
ホソク
グク
少し大きめの声が返ってきた。 思わず耳と携帯の距離を取ったが、ジョングクが立て続けに何かあーだこーだ言っていたのは全部聞こえたくらい。
それくらいの声の大きさ。 でもその大きい声が、たったこの場所一角だとしてもこの部屋で聞けた事が僕の心をまた弛める気がした。
だから抱えていた膝の力を緩めて、そのままベッドから降りてみた。 フローリングの冷たさが少しだけ不安にさせたけれど、
ホソク
クローゼットに向かう僕の足の裏が思ってるより温かいからだと気付いた。 僕が扉を開けたあたりでジョングクから
グク
グク
そう言われて、その後電話が切れた。
辺りが急に静まり返ってまた不安が込み上げてくる。 でもここでまた蹲って目を瞑ったら、着替えも出来なくなるのは分かっている
ジョングクのコロコロとした声をよく思い返しながら部屋着を脱いで、鏡に映る下着姿の自分と目が合った。
内太腿にある傷痕とそれを覆うタトゥー。 手早くズボンを取り出して脚を通せばもう見えなくなる。 この時間に見るのは駄目だ、絶対に。
僕が軽装に着替えて5分後には再び携帯が鳴った。 聞き慣れないバイクの音と共に。
窓の外を覗く勇気なんてない。 家の中を歩くのでさえ少し躊躇するくらいなのに、誰も何にも気配のない外の世界なんて。
でも今日は違った。 時間帯とは正反対なバイクの音が継続して家の目の前で鳴っているし、恐る恐るカーテンを開けて外を見れば
グク
携帯から聞こえる声と、開店前のカフェの前でバイクに跨るジョングクの唇が同じ動きをしていた。
誰一人存在しなかった僕のこの世界にジョングクが現れた。
カーテンの開いていない家の中は何処もかしこも僕を消そうとしたのに、今日はそうじゃない。 ただ静かに静観している様に見えた。
足早に歩く僕の足音の後は、スニーカーに足を滑り込ませる布同士が擦れる音 その後でドアが開いて閉まって。 ピピーという機械音が背後で鳴ると施錠が完了して。
グク
そう言って微笑む少し厚着のジョングクと顔を合わせて、ここがまともな世界だったんだと認識できた。
暗いとも明るいとも言えない空が、周辺の色を殆ど全部くすませてしまう。 ジョングクは上下黒い服で髪も黒で幸いだが、その中でそこにいる存在感を示すかのように耳や唇に付いた銀がやたら輝いていた。
グク
ジョングクの言葉に余計な考えを手放す。
ホソク
グク
ホソク
誰も歩いていない路地に僕達の会話と、ジョングクの'大丈夫'という声だけが響いた。
グク
渡されたのは少し厚手の地のしっかりしたパーカー。 色はジョングクの全身と同じ黒。
"着る、乗る"という単純な行動を僕がし終える前に、ジョングクは既にヘルメットを被っていて
グク
タンデムシートに乗った僕の腕を限界まで自分の方に引いて、そのままお腹に押し当てた。 '掴まっててね'と言いながら。
ジョングクの腹部を締め上げるくらい手にも腕にも力を込めると、それが合図かのようにバイクの轟音が辺りに響き渡った。
ジョングクの言った通り、バイクに乗って感じる風はただその場にいるよりずっと冷たく感じた。 昼間は20℃まで上がる日もあるというのに、真冬に引けを取らない寒さだと思った。
でも
ほとんど車のない大通りを縦横無尽に駆け抜けるのは、この世界を支配した様な気分だった。 誰もいなくなってしまったんじゃなくて、僕の為に用意された世界みたいな。
爽快感と掌握感。 それ自体初めてだったのに、最も嫌悪するこの時間に感じるなんて。
店内には僕達以外の客の姿は無かったけれど、何故か自然と隅の方の席に座った。
グク
目の前のテーブルにはしっかり1人分のセットとSサイズのポテト、そして僕の分のホットコーヒー。 僕に問いかけるジョングクの鼻が少しだけ赤い。
ホソク
その鼻を見て少し笑った。 ジョングクも少し笑って、きっとまだ全然溶けてないであろうシェイクのストローを咥えた。
グク
グク
ホソク
グク
グク
ホソク
急によく分からなくなってホットコーヒーを飲み損ねた。
ホソク
ホソク
グク
グク
納得した。 ジョングクが早朝に連絡を寄越してきた理由も、今目の前でハンバーガーを美味しそうに食べてる理由も。 ただ、バイクに乗って鼻の頭が赤くなってるのに、キンキンに冷えてるシェイクを選んだ事は納得出来ないけれど。
店内の四隅に位置するスピーカーから、丁度ジョングクの歌が流れ始めた。 最近何処でもよく耳にするから、ファンじゃなくてもジョングクの歌だと分かる。
グク
ポテトを口に運びながら機嫌良さそうに自分の歌を控えめに口遊むジョングクと、やっとホットコーヒーを飲んだ僕。
こんなに穏やかなこの時間は3年ぶりだ。 窓の外の空がやっと見慣れた色になってきた。
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