宮野さんに連れてこられた場所は、予想通りカフェだった。
この格好じゃ色々とまずい……そう思ったけれど、今日は臨時休業だったのを思い出す。
ヨシキだけじゃなく、私達の学校全体でコロナが流行っていて、バイトや従業員が何人かダウンしてしまった。
繁忙期の今は少ない人数では回せず、やむを得ず店を閉めたのだ。
宮野
ユキ
私は白々しく相槌を打つ。
『私はヨシキの代わりに来ただけなんです』……今がそう話す絶好のチャンスだったのに。
2人でお店の裏に回る。
裏口の近く……宮野さんに告白された場所までやってきた。
ふわっと緩やかな風が、私と宮野さんのスカート、それと宮野さんの黒髪を揺らす。
宮野
宮野
宮野さんは私から2歩離れた距離で向き直る。口元の震えも、もう見られない。
向こうにとっては、初めて会った時からずっと騙し続けてきたことになるのに……
それでもまだ、気持ちは変わっていないようだった。
ユキ
今、ヨシキのことを話せば、私と宮野さんとの間に芽生えかけた何かが、確実に終わる。
それでも、かろうじて弟への情の方が勝った私は、正直に打ち明けようと口を開いたけれど……。
ユキ
宮野
ユキ
宮野さんが強い口調で遮った。私の胸が高鳴る。
宮野
ユキ
意を決したような宮野さんの雰囲気に、私は二の句を継げなかった。
ユキ
ユキ
罪悪感が一層募り、胸の締め付けが強くなる。
この姿を見て気付いたのだ。私がヨシキではないことに。その上で宮野さんは──。
宮野さんが口をつぐんだその一瞬が、永遠に感じられ、空気さえも重くなった。
ユキ
ユキ
呼吸が自然と早くなり、手のひらに汗がにじむ。
ヨシキへの罪悪感と、宮野さんへの想いがないまぜになって、心を焦がす。
何も言えないまま、決心した様子の宮野さんが、私をまっすぐ見据えて、叫んだ。
宮野
宮野
ユキ
宮野さんが頬を染めて告げた言葉を理解しようとして、私の頭が固まった。
宮野
固まったままの私を見て、宮野さんが上目遣いで尋ねてくる。
この前告白してきた時と同じ──同じ、そう、同じ。
宮野さんはこの前と同じように、私に告白してきたのだ。
ユキ
ユキ
宮野
私が口ごもりながらそう言うと、宮野さんは目を見開いた。
可愛らしい顔が怖いくらいの迫力になる。
ガバッ!!
タックルせんばかりの勢いで、宮野さんは私に駆け寄る。
ユキ
宮野
ユキ
熱気を伴って飛びついてくる宮野さんに気圧されて、私はしどろもどろになる。
それでもなんとか説明すると──
ユキ
ユキ
宮野
私の言葉を聞いていくに連れて、宮野さんはみるみる内に青ざめていく。
両手と両肩と唇をわなわな震わせ、目が不規則に揺れる。明らかに動揺している。
ガシッ!
そして今度は、肩を掴まれた。
ブンブンブン!
驚くくらい強い力で、何度も大きく揺さぶられる。
宮野
ユキ
揺れに耐えきれず、宮野さんを強引に引き剥がす。
宮野
宮野
宮野さんが頭を抱えて苦悩する。何がどうなっているのか、私にはまるで理解できなかった。
あの子って、誰ですか──尋ねようとした瞬間、
???
真後ろから、宮野さんの下の名前が呼ばれる。その声は宮野さんと酷く似ていた。
振り返った私は、自分の目を疑う。
ユキ
宮野?
直前まで自分の目の前にいた宮野さんが、私の後ろで立っていたからだ。
服装は動きやすいシャツとパンツ。メイクはいつものナチュラル風。
けれど、顔は間違いなく宮野さん。
急いで前を向き直す。やっぱりそこには、宮野さんが立っている。
ユキ
半ばパニックになりかけている私を挟んで、2人の宮野さんが対峙する。
宮野
宮野?
宮野
ギュッ!
先に会った方の宮野さんが駆け寄ってきて、私の右腕を抱きしめる。紅潮した熱が伝わる。
ユキ
宮野
宮野?
ユキ
ギュッ!
後から来た方の宮野さんが駆け寄ってきて、私の左腕を抱きしめる。全く同じ熱が伝わる。
宮野
右の宮野さんの掴む力が強まる。
宮野?
左の宮野さんの掴む力が強まる。
宮野
ギリギリ……!
右の宮野さんが腕を引っ張る。
宮野?
ギリギリギリギリ……!!
左の宮野さんが腕を引っ張る。
ギリギリギリギリギリギリ……!!!
ユキ
2人の宮野さんに腕を引っ張られ、耐えがたい痛みに私は悲鳴をあげた。
……その後、私と宮野さんと宮野さんは、駆けつけた警察に痴態を全て見られた。
私の悲鳴を聞いた近所の人が、通報したらしい。
なんとか宮野さん達を引き剥がしてくれたものの、警察から店長に連絡がいってしまった。
ユキ
店長
宮野マキ
宮野ミキ
テーブル席の向こうで、2人の宮野さんが、全く同じ仕草でうつむいた。
双子の宮野さんは、シフトを2人で分け合うことで、忙しい学校生活の中でも、精力的にバイトに励むことができていた。
プライベートな話を避けていたのも、連絡先を店長以外に教えなかったのも、入れ替わりの事実を隠すためだった。
そんな中、先に私に告白したのは、姉のマキさん。
仕事中はデートの話をしないよう言ったのも、妹のミキさんに告白の事実を知られないようにするため。
そのおかげで──そのせいでと言った方が的確だけど──今日、ミキさんは私と出会ったのだ。
姉に先を越されたのにも気付かないまま、ミキさんは1人で映画を見に来た。
その帰りに偶然私と出会い……私をヨシキだと勘違いした。
正確に言えば、私をヨシキだと勘違いした上で、さらにヨシキが女の子だと二重に勘違いした。ややこしい。
その後、言葉のアヤで自分の想いを漏らしてしまい、やぶれかぶれで告白したという訳だ。
ヨシキ
ヨシキ
店長から連絡を受けて駆けつけたヨシキが、私の隣で細かく震えている。
マスクを着けているから見えないけど、多分あんぐりと口を開けていると思う。
私はもちろん、ヨシキも他のバイト仲間も、この分じゃ今の今まで、全く気付いてなかったらしい。
当たり前と言えば当たり前だ。似てるとは言え二卵性の私達に対し、宮野さんたちは一卵性。
遺伝子的には正真正銘の同一人物なのだから。似てる度合いは私達の比じゃないのである。
ユキ
ユキ
宮野ミキ
宮野マキ
私が尋ねても、どっちの宮野さんもちゃんと答えてくれない。
代わりに、テーブル席の脇に立っている店長が話す。
店長
ヨシキ
店長
宮野
全く同じ仕草で、顔を覆いながら宮野さんたちが呟く。
店長さんの話では、宮野さんたちは10年以上前、店を開いた頃からよく来てくれていた常連らしい。
店長
店長
ユキ
店長
店長
店長は気まずそうな視線をヨシキに向ける。
確かに、あんな股裂きみたいな目に遭わせてしまうのなら止めて欲しい。
店長
店長
あらかた話し終えた店長は、宮野さんたちに目を向ける。
宮野ミキ
宮野マキ
打ち合わせした訳でもないだろうに、宮野さんは言葉を分け合って話す。私達でもここまではシンクロできない。
宮野ミキ
宮野マキ
ガバッ!
ヨシキ
ユキ
2人が突如身を乗り出し、マキさんがヨシキに、ミキさんが私に抱きついた。
いや、逆かも知れないけど、とにかく宮野さんの柔らかい感触が伝わる。
ヨシキ
憧れの人に抱きつかれ、ヨシキは完全に上がってしまう。
ユキ
まだ理性を保っている私は、なんとか宮野さんを押し返す。
ユキ
宮野
私を抱きしめている方の宮野さんが、少し距離を取って、上目遣いで私を射抜く。
顔の熱が途端に高まり、考えていた断り文句が全部、どこかへ吹っ飛んでしまう。
ユキ
宮野
諦めた私が受け入れると、宮野さんはまた顔を輝かせて抱きつく。
ユキ
あざといまでに可愛らしい宮野さんに、胸の内をかき乱される。
なんだかほっとした反面、こんなに心を振り回されてこれから付き合っていけるのか、私は先行きが酷く不安で。
宮野
ヨシキ
店長
ぐるぐると回る頭の中、 向こうの宮野さんの弾んだ声と、 ヨシキの高熱に浮かされたような呻きと、店長のため息混じりの文句が、 どこか遠いところのように聞こえた。
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