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無機質な恋人 ⑤

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無機質な恋人 ⑤

1 - 無機質な恋人 ⑤

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2020年06月26日

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え………?

梓、何言って……?

混乱してうまく言葉が出てこない。

彼女から発された言葉の意味を 飲み込めず、口をポカンと開けたまま 彼女の頭部から目が離せなかった。

何も被っていない…?

初めから…出会った時から…?

え…?つまり…
僕だけがずっと梓に…

実際には無い被り物をしているように見えている…って…こと?

梓の頭部にあるこの無機質な「何か」は

僕にしか見えておらず、実際には 存在していないということになる。

うん

彼女はゆっくりと、深く頷いた。

…誠くん

楕円形の白い物体を見つめても、彼女 の表情は一向に分からない。

未だに信じられず、彼女の頭部を 見つめる僕に、彼女は優しい口調で 言葉を続けた。

私…誠くんは、多分見たくないものがあるんだと思うの。

過去に何があったかは分からないけど…

人の表情や顔が、怖い…?

そう聞かれて、あの時の英里の ぐにゃりと歪んだ表情が脳裏を過ぎった。

同時に、英里の顔を何となくだが 思い出したような気がした。

ああ…

ごめん、梓…ごめんなさい…っ

いいんだよ誠くん

僕は多分…苦しくて忘れたかったし…もう二度と見たくなかったんだ…

全てを理解した途端に涙が溢れて 止まらなくなった。

大丈夫、…大丈夫だから。

梓が駆け寄り、椅子に座ったまま 顔を覆う僕を優しく抱きしめた。

情けない。

過去の恋愛で心に傷を 負っていた事にも気付かず。 自分だけただただ全てから逃げて忘れて。

恐らく一目惚れしたであろう梓の顔すら 記憶から消して、顔を見るのが怖いからと 勝手に無機質な物体に置き換えて。

今まで梓に どんな思いをさせてきたんだろう。

歩み寄ろうとペースを合わせていたのは 僕じゃない。 ずっと彼女の方だったのだ。

ごめん…何で…!
何で思い出せないんだろ…

初めて見た時きっと梓の顔、見たのに…見て好きになったはずなのに…っ!

彼女をぎゅっと抱きしめる。

もどかしい。 こんなにももどかしいと感じた事は無い。

一番近くにいるのに、梓の顔を 見られないことが。 思い出せないことが。

…そっか、誠くん
私に一目惚れ…だったんだ

だから、私だけなんだ。

…嬉しいなぁ

噛み締めるように呟いた彼女の声は 一瞬だけ、震えていた。

…誠くん、私ね。

初めて出会ったあの時、付き合ってた講師の人に振られたの。

えっ…

予想外の事実に思わず顔を上げた。

道理で何か揉めているように見えたのか。

何て言われて振られたと思う?

苦笑しながら投げかけられた言葉に、 思い付く返答が無い。

僕にはこんなに素敵な女性を振る理由など全く見当も付かない。

「お前は美人なのに無表情で
何考えてるか分からない」

「一緒に居てつまらない」

無機質な頭部がこちらを向いている。 彼女は今 どんな顔をしているのだろうか。

…小さい頃から表情が乏しい
子どもだったんだって、私。

楽しいとか悲しいとか色んな感情は湧くのに、大人になった今も全然顔に出ないみたいで。

だから悲しかったし悔しかったけど、何も言い返せなくて…その場から逃げちゃった。

僕の頭を撫でながら、どこか 他人事のように話す彼女を見ていて 胸が締め付けられた。

梓…

心配して一緒に付き添ってくれた友達が、その後代わりに怒ってくれたみたいなんだけどね。

あの時窓から見た光景の 全ての合点がいった。

偶然に偶然が重なって、何という タイミングで僕らは出会ったのだろう。

…だから誠くんがその後私に、頭のそれ何って聞いてきた時。
最初は遠回しに、振られたのに無表情なのは何でって聞かれてるんだと思ってた。

だから「私にも分からない」って…。

うん…

その後、何度か会って話しているうちにやっと気付いたの

この人、本当に私の顔が
見えてないんだって。

梓は静かに隣の席に腰を下ろした。

僕の濡れた目元を優しく拭う。

それに気付いた時、私すごく
…すごく安心しちゃったんだ

こんな無表情な顔、無機質な物体と何ら変わらないし、それで誠くんに嫌われないのなら…
このままで良いって思った。

ごめんなさい…ずっと黙っていて。

頭を下げようとする彼女を慌てて止めた。

梓は悪くない、こうしてちゃんと向き合ってくれたじゃないか!

誠くん…

それに梓は僕にとって、すごく分かりやすいんだ

顔が見えなくても、一緒に
いるだけで楽しいのや悲しいのが
ちゃんと伝わるんだよ。

隣の席で向かい合って座る 梓の手に自分の手を重ねる。

だから好きだし、僕はちゃんと梓の顔が見たい…!

無機質な楕円形の物体の表面から 水が一滴、重ねた手の上に落ちた。

これはきっと彼女の涙なのだろう。

…っ私も好き

誠くんが好き。

今日この一時ほど彼女の顔が 見れないことを悔やんだ事はない。

僕に時間をくれる…?
梓の本当の顔をちゃんと見て、もう一度好きだって言わせて欲しい。

梓は僕の手を強く握り返して 何度も何度も頷いた。

あれから数ヶ月。 僕らはお互いに支え合いながら 関係を続けている。

もう少しで付き合って1年の記念日。

その時に一緒に住むことを 提案してみるつもりだ。

きっと彼女と送る新生活は 毎日充実していると思うから。

誠くん!

お待たせ〜!遅くなっちゃった!

デートの待ち合わせ場所に梓の 弾んだ声が聞こえて、顔を上げようとしたその一瞬。

視界の端に綺麗な黒髪が見えた気がして、思わず勢いよく顔を上げ梓を見つめた。

驚いたように僕を見つめ返し、目を ぱちくりとさせる彼女。

えっ、な、なに?どこか変?

いや…

いつも通りの 無機質な恋人がそこに居た。

今日の頭部の形はひし形だ。

気のせい…だったのだろうか。

ごめん、何でもないよ。
じゃあ行こうか!

うん!

いつかちゃんと見てみたいなと思うのだ。

この目で、隣で笑う彼女の顔や

怒った顔、泣いた顔

照れた顔、嬉しそうな顔。

きっとその日は来る。

梓があの時勇気を出して 歩み寄ってくれたあの日からずっと、 確信めいた予感が僕にはある。

彼女にはまだ内緒だ。

仲良く手を繋ぎ、並んで歩き出した二人は 人混みの中へと姿を消した。

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