黒side
友人
友人
とある講義終了後、俺の今日の大学の授業予定も全て終わり各々帰ったり遊びに行ったりと自由な時間になった時のこと。
高校から大学までずっと一緒の友人に背中を勢いよく叩かれ、酷く上機嫌そうな声の調子でそう言われる。
悠佑
呆れ半分で振り向くと、その友人の背後には何人かの男と女が話していて、友人がコイツらと遊ぶことはすぐに察することが出来た。
友人
友人
神に祈るような必死さで頼み込んでくる友人の額に、自分の力の半分以上を使ったデコピンを喰らわせる。
赤くなった額を擦りながら涙目で見上げてきた友人にため息を吐きつつ、バッグを持って出口へと体を向けた。
悠佑
悠佑
「じゃあな」と片手を軽く振って歩き始めると、ふと右腕を掴まれた感覚がして驚いて振り向く。
悠佑
友人
手首を掴んだまま離してくれない友人は、もう誘う気はないけれど気になる、というオーラを放ってそう尋ねる。
「だったらなんやねん」と俺が投げやりに返事をすると、友人は顔を歪ませながら小さく呟いた。
友人
友人
友人の背後にいた人たちは既にどこか違うところへ行っていて、もう居なかった。
誰もいない静かな空間の中で放たれたその言葉に__俺はなぜかとても苛ついて、友人の手を力づくで振り解く。
悠佑
悠佑
友人
その場から早く逃げたい一心で、後ろから聞こえてくる友人の声には耳も傾けず、ただひたすらに外へ走る。
『ちゃんとやりたいこと、 やれてんの』
やりたい事なんて無い、 俺はただ・・・・・・。
黒木家 父
黒木家 母
悠佑
大きなスーツケースを片手に 卸したスーツにコートを纏ってそう言った両親は、 俺に申し訳なさそうに眉を下げる。
黒木家 母
悠佑
黒木家 母
「今からでも間に合うから」と、 俺の隣でぼーっと両親を見上げるほとけと初兎を心配そうに見ながら母はそう言う。
__まだ双子が小学生だった頃。
俺たちの両親は仕事の都合で海外へ移住することになった。
母はデザイナー、父は翻訳家として活動しており、ちょうど同時期に海外からの仕事が来たものだから、 俺は日本に残り兄弟たちだけで過ごすことにした。
本当なら俺たちも両親について行くべきだったんだけど、ほとけと初兎が「みんなと離れるの嫌」と駄々をこねた事で辞めた。
まぁ俺だって日本から離れるのは嫌だったし、海外からでも両親の仕送りはするとのことだったので最悪俺たちでも住めると判断した結果だった。
悠佑
悠佑
いふ
両親を安心させるように二人でそう言うと、母は「そ、そう?」とまだ心配そうな表情で振り返る。
悠佑
悠佑
黒木家 母
悠佑
両親の背中を押して、半ば強制的に二人を家から追い出す。
いじけるように唇を尖らせ、「行ってきます・・・・・・」と扉の鍵を閉めて去っていった両親に深いため息をつく。
悠佑
いふ
悠佑
時刻を確認すると既に飛行機離陸の時間には一時間を切っていて、ここから空港までだいぶ急がないと間に合わない状況だった。
あの心配性を続けていたら絶対間に合わなかっただろうな・・・・・・と内心呆れ、俺は片手を額に当ててまた、ため息を吐いた。
__そこから先は、本当に時間が過ぎるのが早かった。
朝は弟と俺の学校に行く準備をして、帰ってきたら勉強と家事作業、それから俺は陸上部に入っていたから朝練もあった。
気づいたら日にちが変わっていて、 自分のやりたい事なんてやれるはずもない。
前までの自分ならきっともう嫌だ、そう言って逃げ出したり、泣き出したりしてしまっただろう。
でもなんだかこの暮らしは__今までの自分の生活よりも、遥かに充実したものに感じていた。
ほとけ
ほとけ
初兎
ほとけ
悠佑
ほとけと初兎は 自然と俺を癒してくれるし。
いふ
悠佑
いふ
悠佑
まろは 手が空いたら手伝ってくれるし。
大変だなと思ったときも多かったけど、それ以上に弟たちと関わることができた事で、俺の生活は一変した。
友人
悠佑
悠佑
友人
同級生に誘われても、用事があると嘘をついて断るようになった。
友人にまで嘘をつく必要があるのか、と聞いたら無いのだが、あくまでも俺はその時未成年だ。
長男でさえ未成年の兄弟が、両親もおらず家に住み家計を支えているなんて言ったら、ママ友たちの間でどう広まるかわからない。
信用していないわけでは無いが、仕事でいない両親が悪く言われるのだけは避けたかった。
悠佑
それともう一つ。
俺は小さい頃から歌うのがずっと好きだった。
一時期小・中学生では「将来の夢はなに?」と聞かれれば「ミュージシャン!」と元気に答えていた。
ネットでボーカロイドの曲が見つかればすぐに覚えて部屋の中で練習したし、時にはスマホを使って録音してそれを友人に送ったこともあった。
「すげー上手いじゃん!」と返信が来て、よく自然と口元がニヤけていたことも覚えている。
__俺にとって歌は人生だった。
黒木家 母
でも__自分は諦めた、 歌の道に進むことを。
いや、諦めたのでは無い。
気づけば諦めていたのだ。
・・・・・・きっと 自然と察したんだと思う。
自分がこれから趣味でも歌を歌い続けるのは難しいこと、弟たちが成長するまでは、親が帰ってくるまでは家のことに集中しないといけないこと。
自分には時間がない。
今はまろがやっている高校の生徒会長だって俺は高2、3と二年連続で続けて勤めていたし、そろそろ大学受験も始まる。
みんなを、弟たちの面倒を見て、仕送りじゃ足りないからお金に困らないようにバイトもして、 大学の推薦をもらう。
趣味なんかに使う時間なんて、 ないんだ。
そう考えればあとは楽だった。
自分のやりたいという気持ちは殺せばいい、胸の内で留まっていればいい。
それよりも弟たちの笑顔をただ見たくて、両親を心配させたくなくて。
・・・・・・本当はわかってた、なんで自分が友人にちょっと心配されただけであんなにも当たってしまったのか。
図星だったんだ。
やりたいことがあることは自分にも分かっていたのに、それを無理やり抑え込んでやっていない自分にムカついたんだ。
__歌を歌いたい。
その一言が家族にも兄弟にも言えない自分が、情けなくて悔しくて。
悠佑
そんな質問を投げかけてみたって、答えてくれる人はどこにも存在しない。
自分で考えるしか方法はないはずなのに、どうして「助けて欲しい」なんて気持ちになるのだろうか。
__だめだ、考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。
唇をぎゅっと噛んで拳を握り締めると、自然と体がこわばって逆に落ち着いてくるような感覚になる。
ホッと胸を撫で下ろすと、気づけば目の前にあった自宅の扉を開け、自分の中の辛い気持ちを隠しながら言った。
ただいま、と。
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