テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
彼の名前を呼ぶのが、俺は少し苦手だった。
いつもそう呼んでしまう。
名前なんて、たった数文字なのに。
それを呼んだ瞬間、今まで隠していた気持ちまで 全部ばれてしまいそうだったから。
彼と出会ったのは、高校二年の春だった。
席替えで隣になっただけ。
最初は、それだけだった。
そんな短い会話から始まった。
彼は特別優しいわけじゃなかった。
誰にでも甘い言葉を言うタイプでもなかった。
でも、俺が髪を切った日に、
って、小さな声で言ってくれた。
たったそれだけ。
なのに、その日からずっと覚えている。
いつの間にか、彼を探すようになった。
教室に入った時。
廊下ですれ違う時。
スマホを見る時。
通知が来ていないか、意味もなく確認する時。
友達に聞いたら笑われた。
俺は否定した。
でも、本当は分かっていた。
冬の帰り道。
雪が少しだけ降っていた。
駅までの道を二人で歩いた。
いつもならくだらない話をするのに、 その日はなぜか静かだった。
突然言われた。
頭が真っ白になった。
それしか言えなかった。
本当は聞きたいことがたくさんあった。
いつ決まったの?
寂しくないの?
何しに行くの?
でも、どれも言えなかった。
駅に着いた時、彼が振り返った。
心臓が跳ねた。
彼は少し笑った。
バレていた。
ずっと避けていたこと。
名前を呼ぶことが怖かったこと。
俺は俯いた。
そして、小さな声で呼んだ。
たったそれだけ。
なのに涙が出そうになった。
彼は嬉しそうに笑った。
それから何年も経った。
街ですれ違う人の中に、彼の姿を探すことはなくなった。
でも、冬になると今でも思い出す。
雪の日。
駅までの道。
最後に呼んだ名前。
あの時、言えなかった言葉。
「好きだった」
じゃない
本当は
って言いたかった。
でも言わなかったからこそ。
あの日の記憶は、今でも綺麗なまま残っている。
「大切な人ほど、名前を呼ぶのが怖い」
そう気づいたのは、
彼がいなくなった後だった。
コメント
1件
あー、もう、これ……めっちゃ刺さるわ……。 「名前呼ぶのが怖い」って感覚、すごくわかる。呼んだら全部バレそうで、でも呼びたくて。最後にやっと呼べた「prちゃん」が切なくて、読んでるこっちの胸がぎゅってなった。好きって言えなかったからこそ、記憶が綺麗なままってのも共感しかない。冬の帰り道、雪、沈黙……めちゃくちゃ映像が浮かんだよ。素敵な話をありがとう!