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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

その者を「蝶(ちょう)」に例える者は多かった。

羽をもがれ飛び立つ事が叶わずに、ただ空を見上げるだけの哀れな蝶。

しかしその姿は、その者が持つ千を越える人格の1つに過ぎない。

その者は立派な「捕食者」である。

その者の、真の姿を例えるなら____蜘蛛。

類い稀なる演技力とコミュニケーション能力で、どんな敵の懐にも侵入し

蜘蛛の糸で絡めるが如く、時間をかけて敵を籠絡(ろうらく)して いく。

内部からの暗殺を得意とする

その殺し屋の名前は

「スパイダー」。

また今日も、祖父が あの女の子を寝室に上げている。

あの女の子って言うのは、祖父が興してる事業に最近入った女の子。

家が貧しくて、あと祖父の経営能力を慕って、 まだ15歳なのに働きに出てるらしい。

__祖父は早くに妻を亡くして、寂しいのか何なのか、よく若い女の子を寝室に上げている。

大人達は、俺と兄達に、祖父の寝室に近づく事を固く禁じた。

__でも気になる。 祖父が連れて来るあの15歳の女の子は、とても綺麗な人だから。

15歳ってまだまだ遊び足りない年齢なのに、働きに出て、祖父に肩を抱かれながら寝室に消えるあの女の子は

常に伏し目がちで 常に何か悲しそうだった。

そんな姿に、俺は子供ながら見とれてしまった。

__だから時々、言い付けを破って寝室の前まで来る。

女の子と祖父のよく分からない声が漏れ聞こえて来て、怖くなってすぐ逃げ出すんだけど。

その日は違った。

聞き耳を立ててる俺の前で、いきなり寝室の襖が開いた。

怒られる、と身を固くし目を瞑ったが __鼻を刺す血の匂いがして、目を開けた。

あの女の子が立っていた。 紅音(あかね)と言う名前の通り、

身体の左半分を紅く染めて、俺を見下ろしていた。

その顔に、いつも滲んでいた憂いの色は無い。 ___捕食者の顔だった。

紅音

リストにお前は入っていない

紅音

___愚かな祖父を持ったな

女の子は顔にまでこびりついた紅を拭う事なく、廊下を進み3階の窓から躊躇なく飛び降りた。

俺は失禁していた。

血にまみれた寝室ではなく、紅音がいた空間から、目が離せなかった。

10年後

紅音

___確かに私は
樋李ヶ谷(ひりがや)五平(ごへい)を殺した

紅音

五平は善良な商人(あきんど)を装おっていたが、実態は老人に二束三文にもならないガラクタを売りつけ金を巻き上げる下衆な男だった

紅音

被害者の1人から依頼があったのだ

白夜

…急にどうしたんですか

俺は繋いでいた手をほどいた。

指先にはまだ、紅音の手の感触と暖かさが残っている。 しかし雪のちらつくこの外気では、長くはもたないだろう。

____あれから10年が過ぎ、俺は15歳になっていた。

俺は健気な孝行娘___ではなく数多(あまた)の経歴と名前を持つ殺し屋、紅音の下に弟子として働いていた。

時刻は丑(うし)の刻。 月光と雪に支配された橋の真ん中で、紅音が突如立ち止まった。

紅音

・・・
お前は殺しのリストに入っていなかった。だから殺さなかった

紅音

白夜(はくや)。お前は五平の孫だろう。…現場を目撃した子供だろう

紅音

お前が弟子になりたいと門戸を叩いたのは___私に復讐する為か?

白夜

…………

指先の暖かさが消えた。

さぁ思い留まらぬうちに_____

白夜

……何言ってんだよ

紅音を力強く抱きしめた。

白夜

惚れてたんだ。10年前から

紅音

白夜…

俺の腕の中で、紅音が微笑む気配。 俺の背中にも紅音の腕が回り

首筋に冷たい感触。

紅音

……「それ」は何だ

俺は抱きしめると同時に、 懐に忍ばせていた短刀を、紅音の項(うなじ)に当てがっていた。

白夜

白夜

理由なんてそれで充分、と言いたい所だけどね、そうも行かないんだ

白夜

五平には息子がいるだろう。樋李ヶ谷六平(むへい)。俺の父に当たる人だ

白夜

祖父が殺されてから、父は俺や兄達に毎日言い聞かせた。「必ず復讐しろ」って

紅音

残念だよ白夜

首筋の冷たい感触。 きっと俺の項にも、紅音の一番の武器である苦無(くない)が当てがわれている。

紅音

この業界は、いつ誰に寝首をかかれるか分からない。だから私は誰も信用していなかった

白夜

…あんたに俺が殺せるの?
俺も捕食者__

白夜

__「スパイダー」と呼ばれてるんだ。あんたは蜘蛛の巣にかかった。俺無しでは生きていけないはずだ

紅音

その言葉そのまま返そう。お前こそ心から…私に惚れているんじゃないのか

白夜

白夜

参ったね。
糸はあんたを がんじがらめにした筈だった

白夜

なのにいつの間にか俺も、身動きがとれなくなっている

白夜

……あんたとは、もっと違う形で出会いたかったよ

紅音

……私もだ

月光と雪が支配する世界に、

血飛沫が舞った。

「本当か父さん。あいつが、紅音を殺すって」

「今日決行すると報せが来た。この辺りの筈だが」

「まさか俺達が死体回収の役回りなんてな」

「そうそう。あいつ演技力だけが取り柄で殺しは からっきしだったのにな」

「よく父さんに怒鳴られてたよな」

「あいつたぶん紅音の事好きだったんだぜ。復讐なんてしたくないって いっつも泣いてたし」

「ふん、くだらん。五平の仇が討てぬなら価値は無い。___で、あいつは、あの小娘の死体はどこだ」

「本当に現場はここなんだよな?」

「間違いねぇよ。ほら、血」

男が指さした先には、雪の絨毯に飛び散る大量の血。

そして2人分の足跡。

足跡は橋の欄干部で途絶えていた。

「あいつは?小娘の死体は? 探すんだお前ら」

橋の下の河では、波紋が静かに広がっていた。

TELLER民ワンドロ・ワンライ企画 参加作品集

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コメント

3

ユーザー
ユーザー

蜘蛛ってほら、「スパイダー」じゃん。 スパイダー…敵の懐に潜り込む…スパイ……スパイだぁ……的なあははあは 的な事を考えてました😳 読んでくださりありがとうございました❗

ユーザー
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