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気づけばこの店の前に立っていた
ここに来る理由なんて特に無いはずなのに
少しだけ立ち止まって扉を押す
ベルの音が からんころん と小さく鳴った
にこやかに頭を下げられて、軽く会釈する
そう言いながらいつもの席に座る
店員が来て、水を一つだけ置いた
少しだけ店員は困ったような顔をした
それだけ言って、下がっていった
うん
少しだけ間があって、 いつも通りの返事が返ってきた気がする
軽く笑って、メニューを閉じた
さっき何て言ってたっけ
言葉が途中で途切れる
さっきまで確かにはっきりと聞こえていたのに
急に君の声が遠くなった
店内のざわめきがやけに響く
ゆっくりとメニューから顔を上げ、向かいの席を見た
そこに座っているはずなのに
輪郭がぼやけてしまう
こんなに近くにいるのに
どうして
目を凝らすほど形が崩れていく
思い出そうとするほど、わからなくなる
さっきまで話していたはずなのに
声も表情も、何一つ掴めない
さっきまでここに確かにいたのに
心臓の音が煩くなる
無理に笑おうとして、うまくいかなくなる
そう言いながら、向かいの席に手を伸ばす
何度も確かめるみたいに。 でも、
でも
__触れられない
指先は空気をなぞる
言葉にした瞬間、何かが崩れた
最初から、そこに居なかったみたいに
全部が静かに消えていく
私は小さく首を振った
違う、そんなはずはない
だって、ずっと一緒に──
そこまで考えて、止まる
“いつから?”
思い出そうとしても、最初が思い出せない
出会った日も、声も、君の事も
何一つ、ちゃんと思い出せない
それでも__
縋るみたいに呟くことしか出来ない
目の前の席は、ずっと空いたままで
その場所だけ、やけに冷たく見えた
テーブルには、水の入ったコップが一つだけ残っていた
𝐅𝐢𝐧 .
「 君 の 席 」 # 月姫のコンテスト.2 [切ない]部門 # 一次創作