「ただいまー。」
12月の初旬。
ガチャッと玄関のドアを 閉めた瞬間、 自分のスイッチがカチッと鳴った。
寒い。
しもやけがかゆい。
めっちゃ疲れた。
お腹すいた。
お風呂入りたい。
マスク外したい。
ごろごろしたい。
学校に行くまでずっと堪えていた呟きが一気に流れ込んでくる。
けれど、キッチンから 「ご飯できてるよー。」と 母の声がして
スマホをいじる暇もなく 洗面所に向かう。
手を洗って、拭いたハンカチを そのまま洗濯カゴに入れて、
自分の部屋に 鞄と部活バックを畳に置いて、
イヤホンとスマホは机に置いて、
脱いだシャツを片手に 夕飯の並ぶテーブルへ。
夕飯は野菜炒めと エビチリだった。
大嫌いなピーマンが 皿を埋め尽くし、 チリソースを纏った真っ赤なエビが 隅に追いやられている。
「いただきまーす。」
お腹を空かせていたのか 育ち盛りの妹は勢い良く バクバクと食べ始めた。
「お姉ちゃん、エビちょうだい!」
「だめ、ピーマンならいいよ。」
「こら春華!好き嫌いはだめよ!」
「菫もおかずばっかりじゃなくて ご飯も食べなさい!」
母が私と妹にそう言った。
「ちゃんとバランス良く食べなきゃ お肌が綺麗にならないわよ」
「「はぁ〜い。」」
数時間後
お風呂であったまった体を ストレッチでほぐし、
明日の英語の予習に取り掛かる。
シャーペンを走らせる音と シャー芯が折れる音がして
カリカリ…ポキッ
カチカチカチカチ…カリカリカリ、
カリカリ…
ポキッ!
部屋に消しゴムとシャーペンの 音が無機質に響く。
…よし、できた。
ふと時計を見ると丁度10時半。
お楽しみの時間の丁度5分前だ。
手汗でベトベトの手を洗って
明日の用意をして
イヤホンをセットして
スマホが30分で 電源が切れるように タイマーをセットして
布団に入って
電気消して
目を閉じて
イヤホンの右をカチッと押す
イヤホンから流れる
美しいピアノの音
雪が肌に触れた時みたいに 粒が広がって
穏やかな曲調が自分の気持ちを 掬い取ってくれる。
私の1日の中で 1番好きな時間だ。
1人歌詞に自分を重ねて 浸る私。
寒い布団の中で 心だけがぽかぽかとあったまる。
優しくて艶のある 大好きな声が聞こえる。
真っ暗な世界で 体がふわふわのベッドの上に乗っかり
砂糖が焦げるように
体がじわじわと睡魔の波に 溶けていく。
唯一はたらいている耳には
自分の大好きな曲が 流れていて
音を小さめにしているからか
まるで、隣で小さく 歌ってくれているような感覚になって
優しいバラードが、 子守唄に変わった。
長めの間奏
ピアノソロが私の睡魔に加勢する。
最後のサビが好きなのに、 と思ってはいるものの
だんだんと曲が 意識の中で途切れてきた。
きっと、部活でいつもより 疲れているからだ。
だんだんと
意識が睡魔の波に飲み込まれていく
和音が、声が
自分の疲れ切った 心を優しく撫でる。
体の外も中身も あったかく包まれた気分になる。
「あぁ、今日も1日頑張ったな…」
今目を閉じたら、絶対に 眠ってしまう。
でも、今眠ると
この大好きな声を持つ 大好きな人が夢に出てくる気がする。
おやすみなさい。
内心でそう呟いて 私は意識を手放し 夢の中へ沈んでいった。
コメント
13件
登場する全ての言葉・表現が美しいものや的確なものばかり…✨ どこか安心感のあるお話でした😊 (30分で電源を切るように設定できるタイマーがあること、初めて知りました笑)
同じ時間を体感しているようなあたたかいな気持ちになれました。素敵なお話をありがとうございます!