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桜城
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⚠︎注意⚠︎ ・本作は「夕焼け遊戯〜かごめかごめ〜」の一つの可能性を描いた実験的な「if世界線」の短編小説です ・そのため、本編とは異なる描写が含まれていることがあります • 本編の最終話の余韻や、ありのままの結末を大切にしたい方 • キャラクターの関係性に独自の解釈をお持ちの方 上記に当てはまる方は、読まずにこのままページを閉じていただくことを強くお勧めいたします もう一つの物語として、割り切って受け入れてくださる方のみ、この先へお進みください
カチ、コチ、と、規則正しい機械の音だけが、 白い部屋の静寂を静かに刻んでいた
窓の外には、令和の、どこか白々として、 冷たい薄桃色の夕焼け空が広がっている
都築慎一は、88歳になっていた
長年患っていた病が悪化したせいで、 彼の肉体は、ベッドから動けない
そればかりか、ここ数年は認知症が進み、 彼の意識はいつもどこか、朝霧をのんびりと彷徨っているようだった
自分がなぜ、白い壁がある部屋に一人でいるのか、 なぜ子供も孫もいないのか、 今の慎一には、もう何も分からなかった
ただ、枕元に置いてある、 「3人の子供が写る、古い写真」を見つめる度に、 理由もわからず涙が溢れ落ちる
都築慎一
慎一は掠れた声で、静かに呟いた
色褪せた写真に視線をやると、 頬に傷がついたいがぐり頭の少年と、おさげ頭のどこか儚い笑顔を浮かべた少女が、 時々、夢に出てくることを思い出した
魂だけは戻らない日常を求めていたのかもしれない しかし、彼らの名前の記憶は、すでに欠けていた
静寂のなかで、慎一がふと、 深く息を吸い込んだ、その時だった
清潔な消毒液の匂いを突き破って、 奇妙な匂いが鼻腔を突いた
それは、雨上がりの泥の薫り
そして、あの酷く閉塞感に満ちた町を、 四六時中覆っていた、石炭の、煤けた匂い
都築慎一
喉の奥が震えた
突如として、療養室の白い天井がぐにゃりと歪み、 強烈な目眩が慎一を襲う
カチコチと鳴っていた機械の音が急速に遠ざかり、 代わりに、耳障りな童歌のような幻聴が、 耳の奥で爆発した
次に慎一が目を開けた時、視界を埋め尽くしていた時は、 赤く染まる前の、儚い水色の空が広がった、 1950年の、昼の夕凪村だった
都築慎一
自分の手を見下ろすと、そこにあったのは、 やはりしわくちゃになった、老人の手だった
しかし、老化と共に身体を蝕んでいた痛みと重みは、 びっくりするほど消え失せている
地面を踏み締める感覚はなく、 まるで自分自身が、幽霊にでもなってしまったかのようだった
カサリ、と砂利を踏む音が、静かな坂道に響く
慎一は、ハッとして、 その音がする方向へ振り返る
自然の多い坂道を、二人の少年が歩いてくる
一人はいつも周囲を冷めた目つきで見つめ、 心を閉ざしていた、十二歳の頃の自分
そしてもう一人は、 ボケた自分の脳がどれだけ忘れようとしても、 魂に刺さって抜けなかった、 あの不器用な暴君の姿だった
古賀勲
古賀勲は、顔を真っ赤しながら、 ぶっきらぼうに幼い慎一に、右手を突き出す
慎一の目から、涙がポロリと零れ落ちる
間違いない
ここは、一ノ瀬露子がやってくる前、 二人で手を繋いで帰った場面だ
12歳の自分が、「仕方ないな」と言わんばかりに口元を緩め、 勲の冷えた手を優しく握り返す
都築慎一
古賀勲
勲は顔を背けて強がるが、 内心では、手を握ってもらえて嬉しかったはず
もどかしそうで、しかしどこか照れ臭そうな勲の表情を、 老いた慎一はすぐ傍で、息を詰めて見つめていた
あの頃は、 自分の「心を読む能力」による呪いに絶望し、 世界を諦めていた
だから、気づけなかった
しかし、こうして客観的に離れて見れば、 はっきりと分かる
勲は狂ってなんかいなかった
ただ、表現の仕方を知らなかっただけで、 自分だけの温もりを求めていただけだった
そして若き日の自分もまた、そんな勲を、 特別な存在として、心から愛おしく思っていたのだと
都築慎一
12歳の自分が、表情を変えずに優しい言葉をかけ、 二人は「タコ」と言い合いながら、 男の子らしく笑って通り過ぎていく
老いた慎一は、二人の少年の背中を、 愛おしさと切なさで胸をかきむしられながら見送った
ずっとこの時間が続けばよかった、 温かい手のひらのままで、いられたらよかった
しかし、世界の歪みは、 容赦なく慎一の意識を次の記憶へと引きずり回す
緑の多い坂道が、一瞬にして、 夕闇の濃い教室の景色へと切り替わった
ガタ、と不穏な音が響く
それは、二人の温かい日常に、 決定的な亀裂が入る「あの放課後」の教室だった
古賀勲
引き寄せられるように、 露子の元へ動こうとする12歳の自分を、勲は慌てた様子で追いかけていた
そして、勲は12歳の自分の服の裾を引っ張っていた
いつもの強がった態度とは真逆の、弱々しい手で
古賀勲
それが、勲にとっての、 精一杯な訴えだった
しかし、現実はそう甘くはなかった
都築慎一
12歳の自分は、怒ったり泣いたりせず、 いつもと変わらない態度で、勲のことを受け流した
一見優しいように見えても、 これが、間違っていたのかもしれない
古賀勲
そして、勲はバツが悪そうに、 大人しく12歳の自分の服の裾から、そっと手を離した
いつもの勲なら、顔を真っ赤にして怒鳴りつけるはずなのに、 今の彼には、そんな元気すらないようだった
12歳の自分は、教室から出て行く勲を、 追いかけるか迷うも、踏み止まってしまう
勲がこちらに向けた背中は、 いつもよりも小さく見えて、どこか寂しげだった
その光景をすぐ側で見ていた老いた慎一は、 「ダメだ、追いかけるんだ…!」と声にならない叫びをあげていた
けれど、過去の引き裂かれるような日常は、 非情にも目の前でそのまま通り過ぎていく
勲が泣き出しそうな表情で立ち去り、露子の姿も消え、 誰もいなくなった夕暮れの教室
都築慎一
都築慎一
老いた慎一が、自分の無力さに崩れ落ち、 皺くちゃの顔を覆って声をあげて泣いた
その時だった
都築慎一
背後から聞こえてきた、抑揚のない冷ややかな声
ハッとして老人が振り返ると、 そこには、露子と一緒に帰ったはずの十二歳の都築慎一が、 いつの間にか教室の入り口に佇み、じっとこちらを見つめていた
普通の人間には、 タイムリープしてきた透明な老人の姿など、 見えないはずだった
しかし、12歳の慎一が持つ目は、 境界線さえも超えて、 そこに確かに存在する老人の輪郭をハッキリと捉えていた
老いた慎一は、涙に濡れた目で、 かつての幼い自分を見つめ返した
都築慎一
都築慎一
12歳の慎一は、今の状況に驚きつつ、 ゆっくりと歩み寄り、老人の前に立つ
まだ若いのに、 全てを諦めたような、気持ちのこもっていない瞳が、 老人の胸の辺りを、じっと覗き込んでいた
人の本心が見えるその目に、 老人の胸の奥から溢れ出す、 ドス黒く、けれど気が遠くなるほど純粋な感情の塊が映し出される
それは、何十年分もの猛烈な後悔、 血を吐くような「ごめん」という謝罪、 そして、古賀勲という一人の少年への、狂おしいほどの愛のモヤモヤだった
都築慎一
12歳の慎一は、感情の起伏がない声で静かに呟いた
都築慎一
都築慎一
慎一は歯を食いしばりながら、鼻にシワを寄せる
都築慎一
若き日の慎一は、老人の胸にある感情の正体が、 すべて「古賀勲」への想いであることを見抜いていた
自分がこれから犯してしまう、 勲を受け流してしまうという最悪の選択
そして、その結果背負うことになる、 一生解けない呪いのような後悔の重さを、 未来の自分の目を通して、今、初めて知った
都築慎一
12歳の慎一は、そっと自分の小さな手を伸ばし、 老人の皺くちゃの手の上に重ねた
幽霊であるはずの老人の体に、確かにあの頃の自分の冷えた手の温度が、 ジワジワと伝わってくる
都築慎一
都築慎一
その言葉を聞いた瞬間、老人の慎一の胸の奥で、 何十年も硬く閉ざされていた、後悔という名の氷の塊が、 音を立てて溶けて消えていった
あの頃、勲を救えなかった
かごめかごめの遊戯が始まってから、 終わるまで、ずっと
勲が瓦礫の下敷きになって、 本音を漏らすまで、ずっと
その過去の事実は変わらない
けれど、この1950年の世界にいる自分は、 今、確かに勲を救おうと決意してくれた
自分の生涯をかけた後悔が、 若き日の自分の心を動かしたのだ
都築慎一
都築慎一
老いた慎一の身体が、 金色の夕陽の光に包まれ、ゆっくりと透け始める
12歳の慎一は、消えゆく未来の自分を真っ直ぐに見つめ、 小さく、けれど固い決意を込めて頷いた
都築慎一
コメント
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**はる。だわ🔥** if世界線もちゃんと刺さった…老いた慎一が過去の自分に「勲を一人にしないでくれ」って託すシーン、胸がギュッてなったよ。そっか、12歳の慎一は未来の自分の後悔をちゃんと受け取ったんだね。「僕、やっぱりアイツを置いていきたくない」って決意する言葉、めっちゃ熱いわ…!この先、どう動くのか気になる🔥