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——放課後、いつもよりも静かな帰り道。
ポケットの中で、握りしめたままのスマホは、今日も何も知らせてこなかった。
数日前に俺が送ったメッセージに 既読すらつかない
何度もLINEを打っては消し 電話をかけようとしてやめて ただ時間だけが過ぎていった。
そして——今日。 彼女は、また学校に来なかった。
及川 徹
誰に言うでもなく、ぼそっとこぼした瞬間——
前方の交差点で ふと見慣れた後ろ姿に目が止まった。 どこかで見たことのあるシルエット。
記憶の中からすぐに浮かび上がったのは あの優しい笑顔だった。
及川 徹
反射的に、声が出ていた。
その人は、ゆっくりと振り返る。 落ち着いた目元に どこか疲れのにじむ表情。
——楓花のお母さんだった。
ママ
及川 徹
お母さんは、ふっと目を伏せる。 そして少しの沈黙のあと、優しく けれどどこか覚悟を決めたような声で言った。
ママ
及川 徹
そう言うと、お母さんはゆっくりとうなずき カバンから小さなメモを取り出した。 そこに書かれていたのは 青葉総合病院と、病棟と部屋番号。 震える手でそれを受け取った。
及川 徹
及川 徹
お母さんはその言葉に目を細め そっと俺の肩に手を置いた。
ママ
静かに扉をノックする。
及川 徹
中から返事はなかったけど ドアをそっと開ける。
ベッドの上。 窓辺に寄りかかるようにして 楓花が眠っていた。
顔色は、やっぱり少し青白い。 細くなった手首が、毛布からのぞいている。
秋保 楓花
目を伏せたまま ベッドの彼女がぽつりと呟いた。
及川 徹
ふっと、彼女の肩が震えた。 それが笑いなのか、涙なのか まだわからない。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
まっすぐに彼女の目を見た。
及川 徹
彼女は唇を噛んだ。 目元が揺れて、けれど何も言わなかった。
及川 徹
そっと、ベッドの縁にしゃがみこんで 彼女と目線を合わせる。
及川 徹
しばらく沈黙が流れた。 彼女の瞳に、ぽろりと涙が浮かぶ。
秋保 楓花
及川 徹
彼女は震える声で言った。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
静かに、楓花がうなずいた。 手を伸ばすと、彼女の指が 震えながら俺の手に触れる。
その温もりが、泣きそうなくらい懐かしかった。
カーテンの隙間から射す光に 楓花がそっと目を向けた。
点滴台に繋がれた腕を気遣いながら 上体を少し起こして、窓の外を見る。
窓の向こう。 隣の公園の木々に、薄桃色の花がちらほらと咲き始めていた。 ――春、が来ていた。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
彼女の目が、少しだけ寂しげに揺れた
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
彼女の目が、ほんの少し驚いて すぐにやわらかく細まった。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
ふたりの笑い声が 小さな病室にやさしく響いた。
──春風のなか、ふたりで歩く
少しだけ肌寒いけど 空はどこまでも高くて 陽の光はやわらかい。
楓花は白いロングスカートに 春色のカーディガン。 白いマスクをしたまま手を振った。
枝の先には、やわらかい桜の花びら。 風が吹くたび、はらはらと舞い落ちていく。
俺はバッグからレジャーシートを取り出して、桜の木の下に敷いた。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
桜の花びらが、彼女の肩にそっと落ちた。