紫煙
暇72
雨乃こさめ
暇72
紫煙
紫煙
紫煙
不安に、思ってしまった。
だから、こさめの家にまで押しかけてしまった。
『お姉さんが好き』 『こさめ巨乳派やな〜』 『セクシーなお姉さんだ!!』
ネタだとは、わかっているけれど。 収録やこさめの配信で、それらの言葉を聞くたびに、……不安に、思ってしまったのだ。
こさめの恋人は、男じゃ……俺じゃダメなんじゃないかと。 こさめは、女の子のほうが好きなんじゃないかと。 小さな不安が積み重なって、いつの間にか大きくなっていた。
極めつけは、先程のこさめの個人配信。 何の変哲もない雑談で、ゲームの話なんかをしていて。 だが、ふと拾ったコメントから、女の子の好みの話が出て。
それが、当然ながら、男の俺には全然当てはまらなかったから。 ……怖くなってしまって、それで、こさめの家に。
暇72
少し不安に思ったからって、急に家に押しかけるなんて。 こさめも配信終わりで疲れているだろうに、迷惑もいいところだ。
幸いにも、こさめは驚きつつも俺を優しく家に上げてくれた。 泣きそうな俺をソファに座らせて、ココアも淹れてくれた。
こさめは優しいから、急に家に押しかけてきた俺のことを心配してくれているのだろう。 まっすぐ俺の目を見て、真剣に話を聞こうとしてくれている。
ーーだから、大丈夫。ちゃんと俺は愛されてる。大丈夫。 ココアを一口飲むと、こさめの優しさが少しづつ身体に沁みて温かくて、……だけど、やっぱりまだ、不安で。
拭いきれないその思いがこみ上げて。 つい、口から出てしまったのは。
暇72
なんて、言葉だった。
口に出してから、しまった、と思った。後悔した。
こさめは、俺のことをちゃんと大切にしてくれている。 通話もデートもたくさんしてくれている。 なのに、俺の口から出たのは、こさめの愛を疑うような言葉だった。
暇72
急速に、身体が冷えていくのがわかった。 怖かった。俺が、致命的にこさめの好みになれないことが。 そして、そんな俺が悪いのに、こうしてこさめに言葉をぶつけてしまうことが。
すべてがどうしようもなく苦しくて、耐えられなくなって。 身体が震えて、堪えていた涙が、とうとうぱたりと手の甲に落ちた。
ねぇ、どうか、今だけ。 今だけ、この面倒くさい俺を、受け入れてほしい。
暇72
俺が、不安になってしまうのが悪いのに。 こさめは、俺のことを大切にしてくれるのに。 なのに、『受け入れて』、なんて思ってしまう。
面倒くさいと思われたくないのに。 嫌われたくなんてないのに。
顔を上げられなくて俯いていると、ギシ、とソファが軋んで、こさめが隣へ腰かけてきた。 いつもなら嬉しいのに、今はびくりと身体が震えてしまう。
こさめは、そんな俺の頬にそっと手を当てて、顔を覗き込んできた。 ソファの上、近い距離で、水色の瞳と目が合う。
暇72
どきり、と鼓動が鳴った。 俺をまっすぐ見つめてくれた瞳が、特別やさしかったから。
そして、こさめ自身も、少し瞳に涙を浮かべながら。 そっと微笑んで、優しく言ってくれた。
雨乃こさめ
暇72
こさめの指が、俺の目の下をなぞって、涙をぬぐってくれて。 こさめの手が、ゆっくりと、優しく俺の頭を撫でてくれて。 その動作の一つ一つが、愛に満ちているのを感じる。
けれどなによりも、その言葉をくれた声が、甘くて。 愛おしそうな眼差しと声が、俺の心に降り注いで。 最大限に、大丈夫だよと、愛を伝えようとしてくれていて。
こわばっていた心が、愛でほどけていくのを感じた。 体から力が抜けて、体温が戻ったような気さえする。
暇72
それで、嬉しいのにまた泣きそうになってしまって。 今度は、ぐしゃくじゃの泣き顔を見られたくなくて。
暇72
涙声でやっとそれだけ伝えると、こさめはすぐに抱きしめてくれた。 暖かくて、思わず俺も、ぎゅっと目一杯の力で抱きしめ返した。
優しく背に回される腕の力強さ。 寄り添ってくれる身体の暖かさ。 撫でててくれている指の優しさ。
それらすべてが、俺のためにあった。 俺への愛で、できていた。 嬉しさで、胸がいっぱいになる。
あぁ、そうだ。俺、こさめのことが。
暇72
それを思い出してしまえば、涙を堪えられるわけなんてなくて。 感情があふれると同時に、ぐすぐすと嗚咽を漏らしてしまった。 そうしたら、また、こさめは優しく背中を撫でててくれて。
冷えていた心が、こさめの手で溶かされていく。 積み上がっていた不安が、和らいでいく。
こんな、すぐ不安になっちゃう俺だけど。 ちゃんと、こさめに愛してもらえているんだとわかる。
暇72
だから、もう大丈夫だ。 また、いつか不安になってしまうことがあるかもしれないけれど。
でも、この愛があれば、大丈夫。 きっと、これから先のどんな不安も、こさめが吹き飛ばしてくれる。 そう、信じられる。
不安なんて簡単に消し去る愛が、俺の心を満たした。
紫煙
紫煙
紫煙
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!