海月が漂っていた。
一匹ではなく二匹。寄り添って漂っていた。
二匹の海月(クラゲ)を 俺と隣の人の姿に重ね合わせると もう蓋をすることは出来なかった。
だから俺はその言葉を口にした。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩は淡々とそれだけ言うと自身もコートに入って行った。
先輩はボールを掴むと数回コートにバウンドさせる。 なんでこんなことになってるんだろう…と思いながら俺もラケットを構える。
___無駄の無い綺麗なフォームで先輩が最初の球を打った。
体育の授業レベルの、初心者を相手にするような緩くて遅い球だった。
容易にボールに追い付き、打ち返す。 ラケットにボールが当たる感触と音は何度体感しても飽きない。
俺の打ったボールはライン内に綺麗に納まった。 先輩は何を言うでもなく2球目を打つ。
__フォアとバックそれぞれ5回ずつ、計10球イージーな球が続いた。
なんの為にこの打ち合いをしてるのか未だに分からない。初心に還れと言うことなのだろうか。
俺が内心で首をひねっている間にも先輩は11球目を打つ___
___急にボールの軌道が変わった。回転もかかってるし、速い。
山崎 孝太
なんとか打ち返したがボールは一直線にライン外に出てしまった。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
__今のは簡単な球だと思って油断した俺のミスだ。
俺は息を吐くと雑念を振り払ってラケットを構え直した。
集中したら50球なんてすぐ終わる。
そう思っていたのは 果たして何分だっただろう
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
日はとっくに沈んでいたが、今何時なのか見当もつかない。
__「特別講習」は想像以上にハードだった。
10球目を超えると明らかに球足が早くなり、折り返しの25球目からは全力疾走しないとラケットに当たらない。
ボールもボウリングの球を打ってるのかと思うほど重い。
そして打ち返せなかったりラインを超えると最初からやり直し。 これが体力と精神を大きく削り取る。
貸して貰った服は上下共汗で肌に貼り付いている。
それでも愚直にボールを追いかけていたけど
その後3回振り出しに戻って 限界が来た。
先輩側のコートに転がる、俺が打ち返した数多(あまた)のボールを先輩が回収している間に
芝生に手をついて座り込んだ。
心臓はバクバクと音を立てて暴れる。息を吸うとむせた。目の前が霞む。
先輩の冷ややかな声が頭上に降って来た。
溝口 圭佑
山崎 孝太
頭では立たないといけない、と分かっていても体が動かなかった。コートに数滴汗の雫が落ちる。
先輩が苛立たし気にため息を吐いた。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩がボールを真上に打った。落ちて来たボールをラケットの真ん中でキャッチしまた放る。
心地良い音とは対称的に、先輩の声は冷たい。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
ボールの音が止んだ。
溝口 圭佑
山崎 孝太
喉が塞がって呼吸が上手く出来ない。 いつの間にか芝を握りしめていた手は震えていた。
それでも俺は声を出した。
山崎 孝太
本当にこの先輩が嫌いだ。 甘えてるとか依存してるとか
そんなことは俺が一番よく分かってる。
どうなってもいい
何言われてもいい そんな思いで口にした言葉は
あの人に真っ直ぐ届き 返事はイエスだった。
俺とあの人は「恋人」と呼べる関係になった。なることが出来た。
____その日の夜は眠れなかったし眠りたくなかった。
目を閉じたら全部夢になるような気がして_____ 本当に夢のような出来事だったから。
夢であってもおかしくないから。
ラインも交換したし二人で出かけたりもした。
誰かが困ってたらさりげなく手助けする所も間近で見て来た。 そのたびに格好いい、と思った。
さすがだなと思った。 魅力的だと思った。 そのたびに
自分は まだまだだなと思った。
電車で席を譲るのも俺はまだ少し躊躇ってしまうけど あの人は違う。
__あの人の隣に俺が並んでいいのだろうか
目を閉じたら全部夢。 夢であってもおかしくない___
そんなのは、嫌だ
逃げたかったら そうしろよ
ぼんやりと先輩の声が聞こえる。
苦しいし疲れた。 逃げてしまえばラクになる。「部活して来た後だから」と言えば誰も俺を責めない。
俺はあの人の彼氏になった。なることが出来た。
例え釣り合いが取れてなくても、卵焼きも肉まんも知らなくても 俺はあの人の彼氏だと思ってる。
これからもずっと、そうだと思ってる。
格好いい、と思った。さすがだなと思った。魅力的だと思った。
こんな人になりたいと心から思った。
あの人の隣に並びたいから 本当に好きだから
____震える足に力を入れて、立ち上がった。
山崎 孝太
再びボールを真上に打ち上げていた先輩の手が止まった。
ラケットを構え直す俺を一瞥して鼻を鳴らした。 その顔に笑みが浮かんでいるように見えたのは俺の気のせいだろうか。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩はラケットの先で俺を指した。
溝口 圭佑
山崎 孝太
藍色の虚空に向かって先輩がボールを放った。
お互い言葉は発しない。 ボールの音だけがコートに響いた。
全国大会4連覇の先輩のボールは 速く、重く、予想外の軌道を描いて
真っ直ぐに俺に向かって来る。
先輩は宣言通り、1球1球を全力で打っている。 だから俺も全力で返した。
コントロールは完璧じゃないけど気持ちだけは真っ直ぐに先輩にぶつけるつもりで。
___その後2回振り出しに戻った。
息が苦しい。足も痛い。耳鳴りがする。 それでもボールを追いかけ続けた。
初めて40球目に差し掛かった。
滴る汗を拭ってボールに集中する。
43球目。
___俺は変われたはずだ。もう愛想笑いばかりしていた昔の俺じゃない。
46球目
____これからも変われるはずだ。
47球目
目を閉じたら全部夢になりそうで……… それがどうした。
48球目
夢にはさせない。
49球目
俺は逃げない。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩が打つ前に走り出した。
息が苦しい。目の前が霞む………のは汗でなのか涙でなのか、どっちだろう。どっちでもいい。
瞬きも息継ぎの暇も与えてくれない速さで飛翔するボールを懸命に追いかける。
いける。返せる。
50
頬に風を感じた。
いつの間にか閉じていた目を開けると先輩が俺に向かって団扇(うちわ)で風を送りつけていた。
俺と目が合うと先輩は顔を背けて自分を扇ぎ始めた。
__俺は高そうなフカフカのソファーに横になっていた。(横になっても先輩が座るスペースはある)額には冷えたタオルが乗っている。
テニスはどうなったんだろう…とぼんやり考えていると団扇でパタパタ扇ぎながら先輩が答えを口にした。
溝口 圭佑
先輩はローテーブルに置かれた、お茶が入っているガラスのコップを俺の手が届く位置に滑らせた。
俺は体を起こしてお茶を受け取ると一気に半分ほど飲み干した。
山崎 孝太
溝口 圭佑
先輩は扇ぐ手を止めて写真立てに目を向けた。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩は、いつもの馬鹿にしたような笑みではなく、俺が初めて見る笑みを浮かべた。
溝口 圭佑
先輩は再び団扇を扇ぐと少しだけ早口になった。
溝口 圭佑
山崎 孝太
溝口 圭佑
お父さん
__時刻は8時になろうとしていた。 俺はこれまた高そうな車(外車)に揺られていた。
「汗臭いし目も当てられないしお前が今着てる服俺のだから今すぐ洗濯して欲しい」と言う理由で俺はあの後風呂場に連行された。
薔薇とかが浮かんでても全く違和感ない(浮かんでなかった)ほぼ大浴場にビクビクしながら汗を流し終えると
帰宅したらしい先輩のお父さんに車で送って貰うことになり今に至っている。
お父さん
お父さん
溝口 圭佑
お父さん
山崎 孝太
お父さん
溝口 圭佑
お父さん
溝口 圭佑
お父さん
お父さん
溝口 圭佑
恐れ多くも本当に家の前まで送ってもらい何度も頭を下げながら車から降りると
何故か先輩も車を降りた。
まさか俺の母親に挨拶して何かしらの同盟を結んで結託する気か…?と身構えたが そうではなかった。
先輩は車の後ろを回って俺の背後に立った。
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
山崎 孝太
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
溝口 圭佑
先輩は俺の肩に手を置いた。いつかと同じ、強い力だ。 耳に息がかかる。
溝口 圭佑
それだけ言うと先輩は車に乗り込んだ。 静かに車が夜の闇に消えて行く。俺は突っ立ったままそれを見送った。
__俺はテニスが好きだし澪さんも好きだ。それを今日再確認して先輩にぶつけた。だけ。
事態は何も変わってない。 いや、面倒なことになった。 それでも口元に笑みが浮かんだ。
山崎 孝太
ライバル:張り合う相手 勉強よりテニスが好きな俺は、これくらいの言葉でしか説明出来ないけど 今日から1つ付け加える。
___「好」敵手
コメント
13件
え、ちょっと、めちゃくちゃ感動しました… 孝太くんの澪さんに対する切実な気持ちが文章から思いっきり伝わってきて、めっちゃくちゃ感動しました…!!! あれだけ大変なことさせられても最後にちゃんと「ありがとうございました」って言えるところとか孝太くん人格者ですよね! それに比べて先輩はドクz…いえなんでもないです きっと澪さんに夢中になりすぎたんだな! でも澪さんが知ったら怒りそうではあるけども……
ずっと楽しみにしてて投稿された瞬間に読もうと思ってたのに...!!!!! 完全に寝坊しました...でも、孝太くんの今回の話は孝太君の気持ちも先輩の気持ちも強くなった回でもう一生第2章でいいぐらい素敵でした...(笑)次回の番外編も楽しみにしてます!
柚月「次回は第2章番外編です。次回も孝太君視点だけど今回みたいに肩肘張らなくて大丈夫ですって作者が言ってた。 あ、次回は僕も出ます。 次回はふざける!!って作者が意気込んでました…Twitterで十分ふざけ倒してると思うけど…読んでくださりありがとうございました」