1度、コーヒーを口に含み喉を整え、一息付くホワイトボマー
エーミール
あの……話したくなければ、話さなくても良いのでは?
雄蔵
エーミール殿、これは試練じゃ
雄蔵
主殿意向に従って頂きたい
雄蔵
意向に背く場合は……わかっておるじゃろ?
エーミール
……わかりました
ホワイトボマー
ありがとうございます、雄蔵さん
ホワイトボマー
では……、実は私もエーミール様と同じように、ゲッシィ国に産まれました
ホワイトボマー
父と母は教育者で、姉も早くも大学に通っていました
ホワイトボマー
運動はからきしですが、勉強だけは楽しくて苦痛ではなかったです
ホワイトボマー
6歳の頃には家系の伝統で論文も世に出させて頂きました
ホワイトボマー
まぁ、家族が優しかったのはそこまでで、それ以降は雄蔵さんが付きっきりだったんですけど……
エーミール
それは……どうして?
ホワイトボマー
6歳の誕生日を迎える1週間前、風邪をひいてしまったんです
ホワイトボマー
普通の風邪と同じように安静にしていたら治りはしたのですが、”普通の風邪”とは違うモノに感染していたみたいで
ホワイトボマー
その影響か髪の毛と瞳の色素が死んでいき、今のような白髪・銀眼になってしまったんです
ホワイトボマー
私の家系は歴代茶髪・茶眼
ホワイトボマー
異分子を弾圧するほどトコトン嫌っていました
ホワイトボマー
そして、病気の後遺症として”歩くとこ以外の行動がすべて毒となる”状況になりました
ホワイトボマー
走る・飛ぶ・踊るなどの行為全てが、「死」に直結するようになってしまったんです
エーミール
それって……”深部静脈血栓症”や”間質性肺炎”、”慢性閉塞肺疾患”、”脳卒中後遺症”、”関節リウマチ”、”筋ジストロフィー”などとかではないのですか?
雄蔵
”深部静脈血栓症”、下肢の血液循環に問題がある事で発症する病気……主殿は血液に関する問題は一切なかったのじゃ
雄蔵
”間質性肺炎”、呼吸器系に異常が生じることで発症する病気……呼吸器官にも異常はなかった覚えじゃ
雄蔵
”慢性閉塞性肺疾患”、喘息や慢性気管支炎によって起こる病気……咳は出ていた記憶じゃが、喘息レベルでは無かったのぉ
雄蔵
”脳卒中後遺症”、これはまず脳卒中にならなければ意味が無いのぉ
雄蔵
”関節リウマチ”、関節に炎症を起こし、痛みや腫れ、機能障害を生み出す病気……腫れなどの症状は一切見つからんかった
雄蔵
”筋ジストロフィー”、筋肉が徐々に萎縮していき、歩行障害を生み出す病気……歩くだけじゃったら主殿は何ら問題ないのぉ
雄蔵
これら全ての検査を受けておるが、どれも該当しておらん
雄蔵
もしどれかに該当していたとしても、主殿が白髪・銀眼になった説明が付かんのぉ
エーミール
では、”ビタイルイキプズレーン症候群”はどうですか?
エーミール
自己免疫疾患の1種で、神経系に対する自己免疫攻撃によって発症するとされている病気です
エーミール
免疫系の影響で目の周りの皮膚が変色する事例もありますし、神経系にも関わることですので可能性はあるかもしれません
雄蔵
それは目の周りの皮膚であって、瞳や髪が変色するのにも関わっている事はないじゃろう
雄蔵
皮膚の色素だけの話じゃ
雄蔵
神経に関しても、もし不全となっているのならば、歩くことも敵わんじゃろうし
ホワイトボマー
とまぁ、今エーミール様が言ってくれたように、様々な現象が推測されましたが結局は不明
ホワイトボマー
流行病でもなかったので、仕方なく原因解明を諦めるしかありませんでした
ホワイトボマー
そこから、父は私を極力歩かせないために特注で車椅子を作ってくれ、自身の補佐だった雄蔵さんを私の世話係にして付けてくれました
エーミール
待って下さい!
エーミール
「蝶掌握」は貴方のアビリティーであって、貴方のお父上のモノではありませんよね?
エーミール
それなのに、雄蔵さんはお父上の補佐をしていたのですか?
エーミール
貴方が主人なのに
主人はホワイトボマーであるから、雄蔵が補佐や世話をするのは理解出来る
だが、いくら主人の父親であったとしても主人以外の補佐をするのは些か疑問だ
ホワイトボマー
幼い頃から、私が「蝶掌握」を持っていた訳じゃないんです
ホワイトボマー
生まれつき持っているのが大半の例で、滅多にないそうなのですが、私のは”呪文式解除現象”と呼ばれ、後天性のアビリティーだそうです
エーミール
(呪文式解除現象……)
エーミール
(確かアビリティープレイヤーが特殊な魔法陣を描き、その真ん中で呪文を唱えることで、他者に眠っているとされている”アビリティーの鍵”を無理やり解除させ)
エーミール
(自身のアビリティーを移す行為)
エーミール
(アビリティーは術者から離れたとしても、適正がなければ移された人は耐えられず死亡し、その行為をした元の持ち主も死ぬ)
エーミール
(禁忌の行為……)
雄蔵
わしの元主は、旦那様じゃった
雄蔵
その行為を受けて適性があった者が数日間、熱を出し魘されるんじゃ
雄蔵
主殿はその期間と謎の病気が重なってしまったのじゃ
雄蔵
この行為で色素が死ぬ事はないからのぉ
ホワイトボマー
父は最初の方だけですが、よく一緒にいてくれました
ホワイトボマー
母や姉は私を嫌ったり、家の中にある文献や書籍を集めた部屋に閉じ込めたり、車椅子を破壊しようとしたり……
ホワイトボマー
挙句には私が車椅子で通る場所に段差や板を設置して私を殺そうとしたり……
ホワイトボマー
まぁ、何かと嫌われていたみたいで色々されました
ホワイトボマー
身体の障害と見た目の変化で家での風当たりはとても強く、とても過ごしづらかった印象です
ホワイトボマー
父はそんな私や母たちの行動を見て、別荘に移したんだと思います
エーミール
(彼は優しすぎる)
エーミール
(本当なら、世間的に生きづらいアビリティーを移されて、母親や姉に酷い仕打ちを受けて、そしてうなされるような熱にならなくて済んだモノを、文句も言わないで……)
エーミール
(恐らく、父親はそんな彼を家系に残しておけないと思って、半ば半分彼を捨てたも同然なのに)
ホワイトボマー
そこで、父の幼馴染の方と出会いました
ホワイトボマー
女性の方でとても優しかったのですが、彼女自身が病弱で、頻繁に会える方ではありませんでした
ホワイトボマー
それに、世界機関の会長も務めていたそうで、ベッドの上でですがとても忙しそうにしていました
グルッペン・フューラー
おい、その話、本当か
宙に浮いている状態からグルッペンは確認を取るように話に混ざろうとしてきた
安定のしない空中で神経を研ぎ澄ませないと落ちてしまうような感覚に襲われているはずの状態で、驚いたように発したのだ
雄蔵
部外者は発言を慎んで頂こうかのぉ
雄蔵
今は主殿とエーミール殿の試練最中じゃ
グルッペン・フューラー
見覚えがあったんだ、お前にも、お前の主人であるホワイトボマーも
グルッペン・フューラー
幼い頃、叔母様の家によく来ていた茶髪で茶色の瞳を持った、【弟】と同じ歳の子供が
グルッペン・フューラー
その子供の傍には、いつも着物を着た若い男がそばにいた
グルッペン・フューラー
それがお前なのか?
トントン
弟?グルさんに弟なんかおったか?
オスマン
居なかった気がするけど……
オスマン
俺たち全員、一人っ子だったよね?
ホワイトボマー
……総統閣下はご自身に【弟】がいたと覚えていらっしゃるのですね
グルッペン・フューラー
覚えているも何も……家族だからな
グルッペン・フューラー
で、どうなんだ
グルッペン・フューラー
その時にいた子供は、”ノーマン・エドワード”は、お前だと言うのか
目の前にいるのが、ゲッシィ国の代表格と言っても過言では無い家系
ノーマン家の人間で、そんな人間が裏社会にいると言う事実に
雄蔵
何故、総統閣下がそれを覚えておるのじゃ
雄蔵
当時の記憶は、確実に誤魔化したはずじゃのに!
エーミール
しかし……ノーマン家のご子息はクロエ様だけで、他の方は
グルッペン・フューラー
世間的にはそうだ
グルッペン・フューラー
だが、ノーマン家は代々、長男だけが家系を引き継ぐ権利がある
グルッペン・フューラー
古臭い考えだが、今までそれで過ごしていたのだから簡単に変えられないのだろう
グルッペン・フューラー
そこで、1人だけいたんだ
グルッペン・フューラー
自身を”消された者”と言った奴が
グルッペン・フューラー
答えてくれ!そして、教えてくれ!
グルッペン・フューラー
姿を消した理由はなんだ!お前の近くに、俺の【弟】はいるのか!?
グルッペン曰く幼い頃、誰かの手によって叔母が殺害されそれと同時期に弟が消息不明。仲良くしていた子供も姿を消した
そして、グルッペン以外の人間全員が【弟】の存在を覚えていないというありえない状況を経験した
その頃からグルッペンは父親に連れられ、公の場に出向くようになり警護訳としてトントンとオスマンが傍に付くようになった
そう問われたホワイトボマーは、少し頬を緩めて答える
ホワイトボマー
……お久しぶりですね、グルッペン様
ホワイトボマー
当時、色も姿も偽っていたはずですのに、わかるとは流石です
ホワイトボマー
確かに、私はノーマン・エドワード
ホワイトボマー
血の繋がり上、正真正銘ノーマン家の人間だったのは間違いありません
ホワイトボマー
ですが、私は家系から消された人間
ホワイトボマー
私は「知識の宝庫」の称号を貰っているノーマン家の人間として、名乗る資格はとうの昔に無くしました
ホワイトボマー
グルッペンさんの叔母上、世界教育機関初代会長であった”エイラ・フューリー”様には、よくお世話になりました
ホワイトボマー
父が伝えてくれていたのかも知れませんが、私が患った病気の解明にご尽力頂きましたし……
ホワイトボマー
【彼】は……ご自身で見つけ出されたはどうですか?
エーミール
貴方が……ノーマン家の中で唯一、作者不明と言われる「権力」という論文を、書いた……人なのですか
ホワイトボマー
そうですね
ホワイトボマー
私が出した、最初で最後の、ノーマン家の名前を使った論文です
ホワイトボマー
大した内容では無いので、少し恥ずかしいですが
ホワイトボマーは出された言葉を肯定的に受け止めていた
自身の家系を拒みながら、グルッペンの叔母との交流があった事も認めた
エーミール
何故、そんなに耐えられるのですか
エーミール
少しは文句が出てきても可笑しくないはずです
エーミール
貴方は本来、持たなくてよかったアビリティーを持たされて、受けなくてもいい非難を受けて、罹るはずのなかった熱に魘され、風邪で終わっていたかもしれない病気になった
エーミール
そのせいで、母クロムハーツ様と姉クロエ様は、貴方を軽蔑
エーミール
虐待も受けて、父であるロックウェル様は少しの期間があったとしても、貴方の存在を消すような行為をしたのは間違えようのない事実なのでしょう
エーミール
それなのに、貴方は何故卑劣な行動をした彼らを許せるのですか
エーミール
少しは怒りに身を任せても、誰も貴方を止めることはしないでしょう
本当はこの裏社会と無縁な人生を歩めていたはずのホワイトボマーは
少しでも実の父親に怒りを持って、母親や姉には恨みすら持っていても可笑しくは無い
彼は賢いから、自分が受けた扱いがどれだけ酷いモノだったかは、よく理解しているはずだ
それなのに、彼は嫌っているであろう家族を庇うような言い方をしていた
ホワイトボマー
確かに、酷い仕打ちだったと思います
ホワイトボマー
ですが、父は自身の幼馴染であったエイラ様にまで協力を仰いでくれた
ホワイトボマー
私が家系に持つ印象は、ただ過ごしづらかったと言うだけで、功績は素晴らしいモノです
ホワイトボマー
姉は私が生まれた頃には飛び級をして大学に通っていて、大学の話を良くしてくれました
ホワイトボマー
母はずっと家に居ましたが、私に勉学を教えて下さりました
ホワイトボマー
私がここで、運動神経が重要視されるであろう裏社会でやっていけるだけの知識を、つけて頂いたのです
ホワイトボマー
そもそも、私は彼らに怒りを抱いていないのですよ
ホワイトボマー
その怒りすら、私は表現出来ませんから