黄色い彼は
泣き虫で
怖がりで
耳が良く
誰よりも強い人だ
とても大きな声で泣く人だったから
満月の夜に響く啜り泣く声が
彼だとなかなか気付けなかった
耳の良い彼とは違って
通常の聴力を持つ俺は
よく耳を澄まして
その声に耳を傾けた
『じいちゃん…』
『あにき…』
啜り泣く声の隙間に
ぽつりぽつりと名前が落ちる
何時だか話していた 義理の兄のことだろうか
彼はその義兄を嫌っていたはずなのに
何故彼を思って泣いているのだろう
確か「じいちゃん」 は彼の師匠様に当たる人だ
親しみやすい愛称で呼んでいて
俺はとても微笑ましかった
でも何故その名を呼んで 泣いているのだろう
教えて欲しい
だけど
鈍感と言われる俺でもわかる
どこか探ってはいけない雰囲気で
懸命に涙を拭い
声を押し殺して泣いている
本当は今すぐ駆け寄って 抱き締めてやりたい
でも
今の彼は何時もと違って
どうも話し掛けられない
すると彼は俺に気付いたのか
くるりとこちらを向いて
どこか悲しい笑顔を見せた
『お前、何時からそこに居たんだよ』
何処かおどけているような
彼の気持ちを隠すような声と表情で
まだ涙は止まっていないのに
無理に笑って話しかけて来た
『少し厠に行こうと思って』
『そうしたら善逸が居たから…』
バレバレな嘘を紡いで
どうにか言い訳を探す
彼に気を遣わせないように
『フヒヒッ』
『変顔になってるぞ炭治郎』
相変わらず変わった笑い声で
俺の失態を弄ってきた
どうやら涙は止まったようだ
こちらの様子を伺っているのか
じっと俺を見つめている
涙で潤んだ瞳と
月に透かされる黄色い髪が
キラキラと美しく輝いて
なかなか目が離せない
『お、おい』
『ちょっと近く…ない?』
『何?なんなの?』
『はッ!』
『す、すまない…』
驚いた
俺は何時の間に善逸のすぐ側まで 来ていたんだ
彼と俺の距離が僅か1尺と言った所か
少し目の前の物に 集中し過ぎてしまった
彼は『なんだよ〜』と おどけて返事をしていたが
紅色に火照る頬が目に入る
照れ隠しだろうか
『頬が火照っているぞ?』
『調子でも悪いのか?』
彼の頬に手を添え
わざと揶揄う様な口調で話す
こんなわかりきった事を聞くなんて
自分も随分と意地の悪い奴だ
ほら見ろ
善逸も目を泳がして より一層頬を紅く染めている
『調子悪いとかじゃないけど…』
『てか、その手止めろよ』
『まさか女の子にもしてるのか!?』
『だとしたら最低だぞ!?』
これも又照れ隠しだろう
『善逸にしかしてないよ』 と軽く流してみるが
『ほんとかよ…』と口を尖らせている
機嫌を損ねてしまったようだ
それにしてもさっきの言葉は臭すぎた
そっぽを向いていた善逸が
体ごとこちらを向いて俺を見つめる
仕返しでもするつもりだろうか
『なんだ』と聞けば
『お前の目は太陽みたいだな』
『痛いくらいに輝いてる』
『真っ赤で熱くて火傷しそう』
俺の目の感想を言ってくれた
それならと俺も 善逸の瞳の感想を言ってやる
『それなら善逸の瞳は月だな』
『琥珀のような蜂蜜のような色で』
『柔らかく輝いている』
『美味しそうだ』と付け加えると
あからさまに嫌がられてしまった
『俺は美味くないよ』 なんて言いながら
その後自分の一言に少し後悔した
音で察知したのか善逸が こちらの様子を伺ってくる
『太陽と月じゃ遠いなぁ』
思った以上に弱々しい声だった
そんな俺を見詰めていた善逸は
『そんなこともないぞ』 と続ける
『月は太陽がなければ輝けないんだ』
『てことは、俺はお前がいるから』
『輝けてるんじゃないのかな』
『そうしたらどこか近く感じる』
『なんてな』と照れ臭そうに髪を触る 彼の言葉が
心が跳ねるくらい嬉しかった
特に明日の予定は無いけど
早く起きて太陽の下で輝く善逸が 見たくなった
『そろそろ寝よう』 と声をかけて
2人で寝室に戻る
伊之助と禰豆子の 寝息が響く其の部屋が
優しく俺らを迎えてくれた
俺には何も残らない
家も人も幸せも
笑って出迎えてくれる人もいない
帰る場所が無くなった
そう考えると涙が溢れて止まらない
あの娘にあげた幸せも
あの娘にあげた大好きも
幾らあげても返って来ない
たまぁに居る 返してくれる優しい娘
最後は俺を捨てるけど
近い未来が幸せな方が良い
遠い未来まで考えられない
だって悪い事しか思い付かないから
あの時もその時も
きっと俺は不幸せなまま 死んでいくのだろうと考えてしまう
怖い大人に売られて買われて
悪い音しかしないけど
聞こえないふりして 着いていく
まぁ、案の定
雑用係の為に買われたり
傷付けられる為に買われたり
ご飯もろくに貰えなくて
ゴミを漁って腹を満たす
そんな時俺を見つけてくれた優しい人
『じいちゃん…』
『かいがく…』
義兄の獪岳は嫌な奴で
俺をこき使ったり
殴ったり蹴ったり
でも仕方ない壱の型しか使えない 塵なのは事実だから
其れでも近くに居てくれる
強くて格好良いカゾクだった
じいちゃんも優しくて
俺の記憶の中で
1番長期に渡って優しくしてくれた人
ご飯をくれた人
寝床をくれた人
帰る場所をくれた人
幸せを分けてくれた人
ここに居ていいんだよって
教えてくれた人
じいちゃんは強い
そして怖い
すっごく怖いけど
その分すっごく優しくしてくれる
嗚呼…どうしよう
涙が止まらない
声も出ない
寝巻きに雫が落ちていく
滲んで
乾いて
そこにまた雫が落ちていく
『じいちゃん…』
『あにき…』
『会いたいよぉ…』
また叩いてくれよ
頑張れって
また撫でてくれよ
良くやったって
『全く、お前は』って
馬鹿にしながら手伝ってよ
獪岳の優しい所
俺いっぱい知ってるからさぁ
鬼になったのだって
俺の所為にしていいからさぁ
桃も投げ付けて来ていいから
帰って来てよ
俺を1人にしないで…
『…?』
あいつの音が…する?
何時から聞いてたんだよ…
『お前、何時からそこに居たんだよ』
笑え…泣くな…
明るく…何時もみたいに…
『少し厠に行こうと思って』
『そうしたら善逸が居たから』
絶対嘘だ
嘘の音がする 嫌いな音
そんな事よりあいつの顔…
『フヒヒッ』
『変顔になってるぞ炭治郎』
あれ…
自然に笑えたじゃん
涙も殆ど出てないし
やっぱり炭治郎の音は良いな
泣きたくなるくらい 優しい綺麗な音
大好きな音
閉じ込めてしまいたいくらい美しい音
そう耳を澄ましていたら
目の前に炭治郎がいた
そりゃあ音も大きくなるよね…!?
『お、おい』
『ちょっと…近くない?』
『何?なんなの?』
『はッ!』
『す、すまない…』
炭治郎も無意識だったようで
顔をわかりやすく赤くする
そんな顔しないでよ
こっちまで 恥ずかしくなっちゃうじゃん
一気に顔が熱くなるのを感じる
『なんだよ』 なんて出任せの言葉を置いておく
ちょっとした沈黙の後 炭治郎の手が伸びてきた
『頬が火照っているぞ?』
『調子でも悪いのか?』
…っ!
炭治郎の癖に 意地の悪い言い方
てか炭治郎の手も十分熱いし
『調子悪いとかじゃないけど…』
『てか、その手止めろよ』
『まさか女の子にもしてるのか!?』
『だとしたら最低だぞ!?』
なんて強がれば 『善逸にしかしてないよ』 って返ってくる
ほんと…イケメンってずるい
やられっぱなしじゃ格好悪いし
炭治郎が照れちゃうような こと言ってやる!
『なんだ?』
『お前の目は太陽見たいだな』
『痛いくらいに輝いてる』
『真っ赤で熱くて火傷しそう』
燃えるような深紅で
手を翳せば熱が伝わって来るみたい
見詰められるだけで体が 焼けちゃいそうになる
これでどうだと様子を伺えば
やってやろうと言う顔をしている長男
『それなら善逸の瞳は月だな』
『琥珀のような蜂蜜のような色で』
『柔らかく輝いている』
『美味しそうだ』
褒めてくれるのは嬉しいけど
美味しそうってなんだよ
『俺は美味くないよ』 ってそっぽを向いて言う
突然炭治郎から 後悔のような悲しい音がした
どうしたものかと振り向けば
『太陽と月じゃ遠いなぁ』
何時もの炭治郎からは想像 出来ないくらい弱々しい声だった
何処気にしてんだよ
よく分からないけど 炭治郎の悲しい音は聞きたくない
まるで炭治郎の御機嫌を取るように
『そんなこともないぞ』と続ける
『月は太陽がなければ輝けないんだ』
『てことは、俺はお前がいるから』
『輝けてるんじゃないのかな?』
『そしたらどこか近いとも感じる』
『…なんてな』
全く俺らしくない事を言ってしまった
最後は雑に誤魔化したけど
炭治郎の音も戻ったしいいか
暫く月を眺めていると
炭治郎が口を開く
『そろそろ寝よう』
俺は少し躊躇ってから了承した
まだ少し眠りたくない気もする
空の月に負けないくらい 暗闇で明るく輝く
あいつの瞳を眺めていたい
だけど早く眠って
朝起きた炭治郎に『おはよう』って 言ってやりたい自分もいる
朝のお前も
夜のお前も
ずっと俺の傍に居てくれればいいのに
なんて考えていると寝室に着いた
伊之助と禰豆子ちゃんの 優しい寝息が響いている寝室は
暖かい春の木漏れ日のような
優しい幸せの音がした
おやすみ
コメント
2件
涙腺崩壊された人です(*^^*)