別にあの時、部屋を探していたわけではなかった。
あの当時住んでいた部屋には十分満足していたし、
仕事場までは遠くない距離だったので不満は無かった。
なのに、だ。
不動産屋に張り出されている物件に何気なく目をやった瞬間、
飛び込んできた3万円の数字。
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第一印象はそれである。
立地としては人気のある場所だし、不便なところは一つとして無い。
駐車場もあり、水道代も込みとのことである。
ならば、なおさら怪しいと思うのが人間の心理である。
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その部屋で誰かが殺された、自殺した、幽霊が出る。
そういう曰く付きの物件なのではないかと勘ぐってしまう。
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一回ぐらい見に行ってもいいのではないかと、
何故か自分の心が囁いたのだ。
3万円で、内容は申し分ない物件だ。
何か曰く付きがあったとしても、自分にはどうにか出来るだけの技量が今はある。
しばし悩んでから不動産屋の扉を開けた。
そこまでは、本当にとても自然な流れだった。
今思うと不自然なほど自然な流れだった。
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マンションの外見は普通。
少し小洒落たところはあったが、特筆するまでもない。
3万円の部屋は五階にある502号室。
そこに近づくほど、頭の中を何かが撫でまわすような嫌な感覚があった。
不動産屋の女性
不動産屋の女性が立ち止まり、途中で合流した初老の男性‐大家さんが部屋の鍵を開ける。
マンションの大家
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すぐに部屋に入ることは出来なかった。
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501号室。
角部屋で、扉は502号室と同じ作りだが、多くの黒いモヤが“見えた”。
それは、頑丈な鎖になったり、
こちらを睨む目になったり、
刃物を持った腕になったり、
何やら忙しそうに姿形を終始変えている。
それが何かと問われても、当時の自分には答えられなかった。
マンションの大家
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首を横に振り、部屋に入る。
部屋は南向きで明るく、広く、綺麗だった。
築15年ということだったが、そんな月日が経っているようには見えなかった。
おそらく、ここを借りる住人が少なかったせいだろう。
501号室側の壁を見ると、
ピンポン玉ほどの大きさをした目玉がこちらをじっと見つめていた。
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そう切り出すと、女性も大家さんもあからさまにびっくりした反応を示す。
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マンションの大家
大家さんは困惑しながらも、
そのことに理解がある自分に救いを求めるような目で見てきた。
自分はそっと501号室側の壁に近づき、
壁から生えている目玉を叩きつぶした。
女性と大家さんはびっくりしたような表情をして見せる。
目玉な黒いモヤになり、
【あら?やられちゃった】 _:(´ཀ`」 ∠):_
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という文字を浮かべながら501号室側の壁に吸い込まれて消えていった。
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別の部屋の値段を見るとやはり6万円はしていた。
それが、正当な価格だと思う。
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
マンションの大家
そう言って最後は乾いた笑みを浮かべていた。
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幸い、
隣からの“干渉”は
こちらの“物理攻撃”で対処できるようだったので、
そこには一安心だ。
こちらが“攻撃”すれば
あちらも諦めるだろうという
根拠のない考えがあって
結局そこで暮らすことになった。
確かに、
夜中の物音はするし、
人の話し声のような
うめき声のような
囁くような声もするし、
ベランダや玄関の前をうろつく
黒い影を見ることはあったが、
悪さをするモノではなかったし、
そういうモノを見慣れていた自分にとっては
何一つとして脅威ではなかった。
そうして二か月が経った、ある夜のこと。
深夜の帰宅となったが、
自分の部屋の前にいる人影を見つけた。
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自分の部屋から少し離れたところで足を止めると、
黒服の人はこちらを振り返った。
背丈は160cmも無いだろう。
小柄で華奢、
一瞬女の子かと思ったが胸が無い。
青白い肌はあまり健康そうには見えなかった。
黒い大きなマスクをつけていたが、
それ以外は黒いモヤの向こうにありはっきりと見えない。
天地
妙に落ち着いた声で、
黒いモヤに包まれた人物は名乗った。
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老人か、おっさんが住んでいるものだとばかり思っていたが、
どう見ても、
いや、よくは見えないが
少年と言ってもいいような年齢の男性が住んでいたとは意外だった。
天地
天地は大きく二歩近づいてきて、
顔を覗き込んできた。
どんなに近づいても、
天地の顔は黒いモヤに覆われていて
よく見えない。
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天地
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天地
含みを持たせた言い方をする。
そして、自分の心の底を撫でられるような嫌な感覚が襲ってきた。
天地
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天地
天地
嫌な誘い文句だと思った。
得体のしれない隣人。
自分を呪術師だという。
全身を真っ黒なモヤで覆われていて
正体を隠そうとしているのが
目に見えてはっきりとわかる。
それでも、
何故か断ることが出来なかった。
なんとなく、
こいつなら自分の力について知っているような気がしたからだ。
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はっきりと言うと天地はケタケタと楽しそうに笑った。
そして、”そうだね”と否定をしなかった。
天地
天地
天地は自分の部屋の扉を開けてこちらを向いた。
背格好、
声音からして十代後半、
多く見積もっても二十代前半くらいだろうか。
それなのに、妙に落ち着き払っているし、
得体の知れないモノを持っている。
第一印象は怪しい以外の何者でもないが、
自分に絶対的な自信を持っている人間の雰囲気をしっかりと纏っていた。
そこがよかったとか、
そういうわけじゃないけれど
言うことを信用するだけのモノは感じ取って天地の部屋に入った。
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部屋の作りは変わらない。
呪術師だと言う割には殺風景で、
自分の部屋よりも物が少ないんじゃないかと思うほどだった。
ただ、パソコンがあるのだが画面が三つ、
三面鏡のような形で置いてあるのが気になった。
天地は”適当に座って”と言ってキッチンで何やら作業を始める。
しかし、どこに座るか悩むものである。
部屋全体をうっすらと覆う黒いモヤ。
壁や天井、床には【入ったら殺す( ✧Д✧) カッ!!】の文字が浮かんでいて、
窓には黒く太い鎖が“見えて”、
【立ち入り禁止( º言º)】の文字が浮かんでいた。
誰かからの侵入を強く拒んでいるようだったが、
天地に許可されてこの部屋に入ってきた自分に攻撃するモノは見当たらなかった。
天地
部屋をグルグル見渡していた自分に天地は笑いながら尋ねてきた。
天地
そして、手にしていたマグカップを渡す。
中身はコーヒーのようで、
これには黒いモヤは見えなかった。
天地
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天地
見えた通り答えると、
天地は目を見開き驚いた表情をしてから
口を歪めて笑みに変えた。
天地
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天地
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天地
天地
天地
天地は呆れたように笑う。
天地
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天地
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天地
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天地
言われて見渡すが特にこれと言った物は無い。
ただ、ベランダのカーテンの隙間から何かがふらふらしているのが見えた。
それを言うと、天地は立ち上がりカーテンを開ける。
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そこにいたのは黒いマントのような布をはためかせながら、浮遊している男性の生首だった。
布の端は黒いモヤになっていてはっきりしないし、
男の顔は虚ろで大きく開かれた口には犬のような鋭利な歯が並んでいた。
天地
天地はため息交じりに尋ねてきたので、
見えたままを答えると”ふぅん”と心底興味なさそうな返答をする。
天地
天地が右手を前に出すと、
彼が纏っていた黒いモヤの一部が無数の刃となって、
浮遊している男の顔に容赦なく突き刺さった。
血は出ないし、
もちろ窓ガラスも割れない。
その代わりかなりの声量で生首が断末魔を上げると、
一瞬で形は崩れ”ただの”黒いモヤになって霧散した。
見えたことを話すと、
天地は興味深い様子で聞き入ってくれたが
自分には何が何だかよくわからないでいた。
天地
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天地
天地
天地
天地
そう言って心底面倒くさそうなため息を零してみせた。
だから、外から呪術師が入ってこないように呪術を張り巡らせているのだと天地は付け加えた。
天地
天地
天地
天地
天地
そう話す天地は楽しそうに笑っていた。
天地
天地は総括する。
天地
天地
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天地
天地
天地
天地
天地
天地
天地
天地
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思っていた以上の収穫があった。
天地の言葉には説得力があったし、
自分が納得のいく内容だった。
呪術というものが何なのかという根本的な知識は自分には乏しいが、
そこはこれから調べていくか、
天地に聞くのが手っ取り早い気がした。
天地
天地は笑みを含んだ声で言う。
いまだに顔ははっきりと見えないが、
良くない考えをしていることはすぐに理解できた。
天地
天地
それは誰しも抱く夢なのではないかと思う。
天地
天地
天地
天地
すぐに”はい”と言えるわけがなかった。
相手は呪術師という胡散臭い職業。
それの手伝いとすれば当然、
普通のことではないだろう。
天地
天地
天地
天地
天地
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天地
本当に何でも叶えてくれそうなほど、
自信たっぷりな様子が黒いモヤの奥からでも見て取れる。
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天地
天地
天地
嬉しそうに語る天地。
復讐が得意ってどういうことだよ、
とツッコミたかったがやめておいた。
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今思えば自分がここの物件を見つけたのも、
ここに住もうと決めたのも天地の呪術ではないかと疑っている。
それでも、
きっと自分と天地の出会いは必然だっただろうし、
断ることも出来なかっただろう。
もし、あのとき首を横を振っていれば
生きてあの部屋を出られなかったかもしれない。
当時は、そういう危機迫ったものは感じなかったが
それだけ自然に天地は人を殺すことが出来るのだ。
まだ、そう長くはない付き合いだが、
そのことはよくわかっている。
自分はあの日天地に出会って、
自分の力を知り、
復讐に手を貸してくれる約束をして、
天地の下僕となったのだ。
後悔はしていない。
恐らく、それは全て天地の作った必然の出会いだったんだ。
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四郎
主人
四郎
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四郎
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四郎
四郎
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四郎
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