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異形大好きですフォロー失礼します
埼玉
埼玉が、崩れ落ちるようにベンチに手をつき、息を整えながら腰を下ろす。 広島の蹂躙から逃れ、満身創痍の神奈川を支えて走り続けた肉体は、とっくに限界を超えている。 神奈川は荒い息を吐きながら、広島の赤黒い血のついた軍用シャベルを杖代わりに、震える足でなんとか立ち上がっていた。
神奈川
そこまで言いかけて、神奈川は異変に気づいた。 つい数秒前まで遠くで鳴り響いていたパトカーのサイレンも、夜風に揺れる木の葉の音も、一瞬で「消えた」のだ。
埼玉
耳をつんざくような、完全な静寂。真空の中に放り出されたような錯覚。困惑と恐怖に包まれ、顔を見合わせる二人の背後から、突如鈴のような柔らかな声がした。
沖縄
振り返れば、そこにいたのは、南国の風を纏ったような、穏やかな笑みを浮かべる青年___沖縄だった。
沖縄
彼の肌はまるで水面のごとく揺らめき、月の光を爛々と反射させている。
彼の首筋からは、白磁のような珊瑚の骨が美しくも禍々しく突き出し、背後からはクラゲを思わせるような半透明の薄い膜が、音もなく揺れていた。
埼玉
沖縄
沖縄
沖縄が一歩、近づく。殺気も敵意もない。 けれど、彼が踏み出すたびに、神奈川の視界がぐにゃりと歪んだ。
神奈川
動揺に、埼玉も目を瞑り、痛みに耐える様に下を向く。
埼玉
沖縄
沖縄はゆっくりと、彼らに抱擁を促す様に、両手を差し出す。静かな目が、二人の瞳を真っ直ぐに射抜く。
抗おうとする意志が、温かい海に溶かされるように消えていく。自分が何を恐れていたのか、隣にいるのが誰なのか、景色と記憶の輪郭がどろどろとぼやけていく。
埼玉
埼玉が叫び、神奈川の肩を揺らす。しかし、神奈川の目からはすでに光が消えかけていた。
神奈川
だらりと神奈川の腕が垂れ下がり、ゴトッ、と鈍い音を立てて軍用シャベルを地面に落としてしまう。
段々と目が虚ろになっていく。 沖縄はそれを見て、満足げに目を細めた。
沖縄
沖縄の指先が、最初に神奈川の額に触れようとしたその瞬間。
ピリリッ____
静寂を切り裂くように、沖縄のポケットで電子音が鳴り響いた。 それは、この「凪」の空間を容易く踏みにじる、絶対的な強制力を持った音だった。
沖縄
沖縄は溜息をつき、神奈川から指を離してスマートフォンを取り出した。 画面には、ただ一言、『東京』の文字。沖縄は気だるげに電話に出る。
沖縄
適当な返事を繰り返したのち、沖縄は楽しそうに笑い、電話を切った。 神奈川は途端に声をあげる。
神奈川
沖縄は人差し指を自分の唇に当て、子供に言い聞かせるような仕草で笑った
沖縄
信頼していた東京が、この怪物たちへ指令を…?
沖縄
沖縄
神奈川
ますます理解が追い付かない。 沖縄はふらりと、力なく座り込む神奈川に近づいた。
逃げる力すら残っていない神奈川の左手を、沖縄が優しく包み込む。
沖縄
沖縄の暖かい手に触れられた途端、 一度、体内の全ての血管が脈打つほどの熱波に襲われたものの、熱を認識した体内を疑う程すぐに収まった。
次の瞬間、神奈川の左手から、急速に「温度」と「感覚」が失われていく。 まるで、その部分だけが最初から存在しなかったかのように、脳と手の繋がりがドロドロに溶かされていく。 神奈川は力なく、感覚がなくなっていく恐怖に悶えている。
神奈川
沖縄
沖縄
まるで手品を披露した後のように、沖縄は得意げに笑った。
彼が手を離すと、神奈川の左手は、人形の腕のように力なく地面に落ちた。 軍用シャベルを握ることすら叶わない。
沖縄
沖縄は鼻歌を歌いながら、夜の闇に消えていった。 静寂が解け、再び夜風の音が戻ってくる。 神奈川は、力なく地面に垂れ下がった左手を、震える右手で掴み上げた。 自分の肌のはずなのに、指先から伝わるのは無機質な質感だけ。血の通った温もりも、神経の脈動も、沖縄の「凪」によって完全に消し去られていた。
神奈川
自分の身に何が起きたのか理解した瞬間、全力で念じ、怒鳴り、右腕で左腕を振り回す。 しかし、左腕どころか、指先一つぴくりともしない。 そこにあるのに、自分の体ではない。 神奈川の脳内から、左手を司る「存在の定義」が、ドロドロに溶かされて吸い取られてしまったのだ。
神奈川
震える声で、隣に座り込む相棒に助けを求める。 しかし、かつての精力に満ちた埼玉の声は返ってこなかった。
埼玉
埼玉は、虚ろな瞳で神奈川を見つめている。 そこには、広島の恐怖に共に立ち向かった時の光はもう宿っていない。
先程、沖縄に精神を削られた埼玉にとって、神奈川の絶望も、動かない腕も もはや「自分には関係のない、遠い出来事」のようにしか感じられないのだ。
埼玉
埼玉
埼玉は力なく微笑み、他人事のように神奈川の死んだ左手を眺めている。
神奈川
神奈川は手のひらを握り締めた。
神奈川
動かない腕と、壊れかけた相棒。 深夜の公園に、神奈川の、行き場のない叫びが虚しく響き渡った。
残されたのは、精神を失ったままの埼玉と、二度と動かなくなった左手を見つめる、神奈川の絶望だけだった。