鳴沢 真由子
鳴沢 真由子
山川 のぞみ
私は柚月くんを抱きしめる手に更に力を入れた。
柚月くんと一緒に帰る約束をしていたのに、結局1人で帰ってしまった私は激しい自己嫌悪に襲われていた。
そして21時すぎ。 柚月くんから「5分でいいから会いたい」とラインが届き、数十分後、本当にボスがデリバリーしてくれた。
玄関扉を開けていざ柚月くんを目にすると、もう止まらなかった。 気がつけば細い背中に両手を回していた。
当然約束の5分はあっという間に過ぎ、「離れたくないなぁ」と胸中で駄々をこねているところをエスパーボスに見透かされたと言うわけだ。
鳴沢 真由子
ボスは私から視線を外すと、ぴしゃりと言い放った。
鳴沢 柚月
柚月くんが そろそろと埋めていた顔を上げた。 あー離れたくないなぁ あーあー。
鳴沢 真由子
山川 のぞみ
鳴沢 真由子
ボスは私を完っ璧に無視して車のドアを開けた。
鳴沢 真由子
そして渋々 あとをついた柚月くんに何やら紙袋を押し付けた。
鳴沢 真由子
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
ボスは車に乗り込むと車のキーを回した。 そして前を向いたまま続ける。
鳴沢 真由子
鳴沢 真由子
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
厚手のスウェットに身を包み、首にタオルをかけた柚月くんがトコトコとリビングに入って来た。
頬は桜色に上気して、髪も少しはねている。かわいい。 って違う!
山川 のぞみ
私は真面目な委員長みたいな雰囲気で、向かいを指差す。 私が注いだコーラを両手で抱えながら、柚月くんが ちょこんと正座する。
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
柚月くんはコーラを飲みながら 私はコーラを注ぎながら。
自分から聞いたことだけど、耳を塞いでしまいたかった。
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
こんなっ急に!聞いてないよ~~!!
、___と脳内パニック状態でいるのは私だけだった。
柚月くんは私と目が会うと、距離を詰めて来た。 ベッドと私の心臓が悲鳴を上げる。
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
鳴沢 柚月
山川 のぞみ
見れば柚月くんの瞳は閉じられていた。 小さく規則正しい寝息も聞こえる。
いろいろあって疲れたんだと思う。
それでも柚月くんの口元は幸せそうに綻んでいた。
山川 のぞみ
私は決めた。
女子大生と男子中学生が交際している話 シーズン2 第6章 「受験」編 第13話
Another day~鳴沢 叶夢に~
「はじめまして…?一回お会いしたことはあるんですけど、でも一瞬だけだったので ほぼはじめましてってことで
えっと、私、柚月くんと交際させて頂いてる、山川のぞみです
今日は、少しお話があって来ました」
___初めて見た時から思っていた。
この女は柚月と釣り合わない。柚月には相応しく無い凡人だ。
久しぶりに出社したら待ち伏せされた。 やはりボクには在宅ワークが向いてる。
玄関扉の向こうの世界は嫌いだ。
それ以上にボクは凡人が嫌いだ。
頭が悪いから。出来ないのは努力が足りないのだ、と言う簡単な事に気づかないのだからそう表現するしかない。
____この女も多分に漏れずだ。 返事はNOだ。
こんな頭の悪い空間には1秒だって居たくない。早く家に帰りたい。
ボクは凡人どもとは違うのだから。
ボクの育った家は貧しかった。
早くに父を亡くし、更に再婚した男に財産を持ち逃げされた。
___母の目はいつでも血走っており、ボクに常に我慢を強いた。
不満を漏らすと「文句言うな」と平手打ちが飛んで来た。そして「どーせ私は負け犬よ」と泣き喚く。
ボクは母が大嫌いだった。 …そもそもお前の頭が悪いから騙されたんじゃないのか。
__ボクはひたすら勉強に打ち込んだ。それしか する事が無かった。
地元で一番の進学校もA判定を貰うまでになったが、「交通費は誰が出すんだ」と母に怒鳴られ、 高校は徒歩圏内の、行きたくも無い所に進んだ。
外国語は英語だけだと思ってる頭の悪い連中が通う高校の、唯一の居場所はコンピューター部だった。
夢中になった。世界が広がった。 だってあの家の娯楽はルービックキューブだけだったから。
ゲームが無いなら作ればいいんだ!
そして顧問の熱い推薦で参加した、プログラミングコンテストでニ部門 同時優勝。 地域初の快挙。
世界が一転した。
外に出れば、大人は褒めてくれた。特別扱いしてくれた。 「頭が良いんだね」。これを何回耳にしただろう。
次第にボクは思った。 それはボクと言う人間を表す言葉なのだと。
だって皆が何回もそう言ってくれる。 ボクは頭が良いのだ!
しかし。 パソコンばかりしてる=陰キャ=悪 みたいな頭の悪い図式があるクラスの馬鹿共は
東大学を第一志望にした1年の終わり頃から ボクを攻撃対象にし始めた。
ボクを飛ばしてプリントを配ったり 頭上で黒板消しの粉を落としたり …
「パソコン」が何の略かも分からない彼らにとったら、プログラミングなんて未知の領域なのだろう。 それなのにボクだけ褒められるから、その憂さ晴らしか。
可哀想な奴らだ。論外だ。 ___しかし群れとなると話は別だ。
頭が悪い故にか奴らは群れる。 多対一。さながら集団リンチだ。
何も感じなかった、と言ったら嘘になる。 ___でもボクは負けない、と思っていた。
志望校落ちたA子ちゃんの慰め会を どうこう…とか言う馬鹿共には負けないと思っていた。
気休めをいくら集めても学力は上がらない。そんな事をする暇があるなら3月の入試に向けて勉強しろ__
___と言うような事を、A子ちゃんとやらに言ってやった。
「最低」「信じらんない」 ありとあらゆる罵声が飛んだが、2言目が出て来ないのは、ボクの言(げん)が正論だからだろう?
ボクはお前らとは違うんだ。 ボクは東大学に行くんだから。
東大学に合格するものだと、 ボクは本気で思っていた。
不 合 格
「高い受験費を出したのに」「浪人する金なんか無い」 ヒステリックに喚く母から逃れたくて学校に行ったが
教室に着いた途端、後悔した。
__合格発表から一夜明けて、ボクの受験結果はクラス中の知る所となったらしい。 頭が悪いくせにこういうネットワークの性能は優れている。
教室中に発生している嘲笑の渦。視線。「ざまぁ見ろ」。 ___胃が痛い。
黒板から目が離せない。このボクがこんな奴らに……。 ___胃が痛い。
悪趣味な黒板の寄せ書き。届く嘲りの言葉。 胃が痛い。
「ガリ勉してたのに乙」 「敗者」 「ざまぁ見ろ」
「意味の無い努力」 「無価値」
意味の無い?無価値? ___東大学に合格すると信じて耐えて来た事 全て。努力は全て。
ボクのして来た事全て。
ボクの全て。 ボクの存在意義。
___に、意味は無かった?全くの無意味、無価値______胃が
ひっくり返る感覚。 酸っぱい物が喉から口に逆流する。
口を押さえたが遅かった。
嘲笑は悲鳴に変わった。
近くを通った女性があからさまに眉をひそめて距離を開けた。
どこをどう通って来たのか見慣れない街並みだ。
___柚月の彼女とやらから逃れ帰路についていると、「あの時」の記憶が掘り起こされた。
合格発表翌日の教室。あの黒板…。 一瞬でも脳裏に浮かぶと、駄目だ。胃がひっくり返る感覚になる。
____あの出来事以来、外に出るのが怖くなった。この世の全てが、「無意味だ無価値だ」とボクを嘲り嗤っているように感じる。
そして……洗面器が手離せなくなった。
自分は価値の無い人間なんじゃないか。 あいつらは のうのうと生きているのにボクは。
そう考えるたびに胃液が逆流する。 家に籠って昼夜問わず吐いた___
__あの日々からの脱出にどれ程の歳月を要しただろう。 考えたくも無い空虚な時間だ。
今も外の世界は怖い。 今も吐き気がする。 ___ボクが救われるには
柚月が必要なのだ。
鳴沢 叶夢
駄目だ。胃が痛い。ひっくり返る。
立っていられなくて座り込むと、更に大きく胃が波打った。 口元を覆った手に、温かく濡れた物が触れる。
「え、ちょっと何あの人」「飲みすぎだろ」「うっわ ああはなりたくねぇな」「吐くなら道の隅でしてくんねぇかなー」
鳴沢 叶夢
___ボクは、こんな奴らには絶対に負けない。 もう少しでボクは救われるはずだ。
もう少しで……。 背中に、誰かの手が触れた。
山川 のぞみ
山川 のぞみ
鳴沢 叶夢
不思議と胃の暴走がおさまった。 唾と一緒に胃に押し返すことに成功した。
鳴沢 叶夢
山川 のぞみ
鳴沢 叶夢
山川 のぞみ
鳴沢 叶夢
山川 のぞみ
柚月の彼女とやらの口調が一転した。背中から手が離れる。
山川 のぞみ
ボクの顔がそちらに向く前に、彼女とやらは立ち上がった。
山川 のぞみ
山川 のぞみ
山川 のぞみ
そして彼女は歩いて行った。
その声に、嘲りの色は1ミリも含まれていなかった。 どうしてあんな事が言えるのだろう。
鳴沢 叶夢
___胃は嘘のように鎮まりかえっていた。
鳴沢 真由子
鳴沢 叶夢
ボクはマフラーとコートを脱ぎ捨てると、ソファーに沈み込んだ。疲れた。
天井を向いて太く長く息を吐き出す。
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
鳴沢 真由子
鳴沢 叶夢
鳴沢 真由子
ボクは立ち上がってマフラーとコートをハンガーにかける。 そのまま口を開いた。
鳴沢 叶夢
鳴沢 真由子
鳴沢 叶夢
鳴沢 真由子
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
鳴沢 真由子
妻は肩を竦めると台所に戻って行った。
___柚月は今日も塾だ。夕飯までには帰ると言っていたから、もうすぐ帰って来るだろう。
ボクは「凄い人間」になれるだろうか。
兎(と)に角(かく)まずは柚月と話し合わないといけない。
__ボクは再びソファーに身を沈めた。
おまけ
長かった「受験」編も次回 完結!!
読んでくださりありがとうございました❗
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