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あいり
90
広海 菜々
46
1,532
今から十五年前、俺は、過度なストレスがきっかけで、 うつ病を発症した。
当時、サラリーマンだった俺は、ある日を境に、 ベッドから起き上がることができなくなった。
プルルルルル プルルルルル プルルルルル
会社から支給されていた携帯電話の着信音が、 幾度となく鳴り響いた。
しかし、俺の体はピッタリとベッドにくっつき、 大きな漬物石をのせられた気分だった。
その異変に気づいた会社の上司が、 (無断欠勤を続ける)俺の自宅に様子を窺いにきた。
ピーンポーン ピーンポーン
チャイムを押すも反応なし。
ドンドンドン
ドアを叩くも誰も出てこない。
仕方なく帰ろうとした瞬間、 新聞受けのなかから人の気配を感じた。
何か動いた。誰かいる
ドンドンドンドン !
上司
ようやく誰かが叫ぶ声が耳に入ってきた。
何が起きているのか分からない。
突然の出来事だったので、 まさか自分がベッドから起き上がれないことにすら 気づくことができない。
体は重だるく、手足を動かそうとしても、ビクともしない。
音もハッキリ聞こえず、まるで水のなかにいるようだ。
ドンドンドン !
上司はさらにドアを叩き、叫び続けた。
上司
このあと、どのように病院に運ばれたかは、覚えていない。
この状況を冷静に判断した上司は、 俺がしばらく会社に出勤できないことを察知し、 休職届を出すよう命じた。
どのような手続きを行い、 何をしたかを思い出すことはできないが、 会社を正式に休職することだけは分かった。
毎日、寝るだけの生活。
ご飯を食べることもできない。
時間など関係なく起きて、気づいたら眠っていた。
今日が何曜日で、日付が何日なのかすら分からない。
元々食べることも好きではなかったので、 お腹が空くこともなかった。
たまに起き上がるのは、トイレのときだけ。
何かを食べたり飲んだりせずとも、 尿意と便意だけは体が反応した。
心音
心音
重たい体を無理やり起こし、 床を這うようにして、トイレに向かった。
心音
用を済ませば、その場でバタンと倒れ、 ベッドに戻るための気力回復を待った。
そんな生活を続けていると、今度は、 眠ることができなくなっていった。
目をつぶるも寝つくことができない。
ただベッドに横たわるだけで、 眠りに入ることができないのだ。
ピッ
仕方なくテレビをつけた。
�����
これまで感じたことのないノイズが強い刺激となって、 俺に襲いかかった。
「言葉にできない不快感」
ピッ
即座にテレビを消した。
なんとも言えない感覚だった。
あれほど好きだったテレビを見ることができない。
それでも日は暮れ、次の日を迎える。
無駄に時間だけが流れた。
そんな毎日を過ごしていると、 何のために生きているのかが分からなくなった。
毎日、寝て起きるだけの生活。
休職こそしていたが、それ以外は、 誰かに迷惑を掛けているわけではない。
いてもいなくてもいい存在だった。
死のう
いつの間にか死ぬことを考えるようになった。
生きていても仕方ないし、誰かが困ることもない。
家族がいるわけでもないし、俺が消えたところで、 悲しんでくれる人もいない。
そういったことを考えるのが、辛かった。
もう終わりにしよう。
最期の準備を整え、死に向かうことを決めた。
手元に大量の薬を置き、鼓動の高まりを感じた。
これで最期だ
一気に薬を飲み始めた。
途中まで飲みかけていた薬を瓶ごと丸呑みし、 躊躇する気持ちに蓋をした。
プルルルルル プルルルルル プルルルルル
ひと瓶を飲みきって、二つ目に差しかかる頃、 着信音が鳴り響いた。
いつもは誰からもくることのない電話が、 今日に限ってかかってきたのだ。
プルルルルル プルルルルル プルルルルル
うるさくて集中できない。
仕方なく出てみることにした。
父親
親からの電話だった。
何かを感じとったのか、 いつもは電話をかけてくることのない父親から 電話をかけてきた。
記憶の限りでは、生まれて初めての電話だった。 (あれから十五年経ったが、二度目の電話が鳴ることはない)
心音
そんな父からの電話にもかかわらず、 なんとか声に出せない言葉を絞り出し、早々に電話を切った。
その瞬間、涙が溢れてきた。
止めようと思えば思うほど、次から次へと、 大粒の涙がこぼれ落ちてきたのだ。
気がついたら眠っていた。
何時間眠り続けたかは、正直分からない。
目を覚まして分かったことは、俺の自殺計画は、 「未遂」に終わったということだ。
コメント
1件
うわ……これは重くて、でもすごくリアルで胸にきた。 うつの描写が克明で、特にベッドから動けない感覚とか「水の中にいるみたい」って表現が生々しい。あの電話、父親からの一本がまさか命をつなぐとは。最後の涙が溢れるシーンでこっちももらい泣きしそうになったわ。つらいけど、どこか温かさも感じる話だった。続きが気になる。