扉の向こうから、柔らかい彼女の声が聞こえる。
泡立ったシャンプーを流せば、ひとつため息が零れる。
突如降ってきた雨に体はびしょ濡れで、一緒にいた彼女の“家近いから、シャワー浴びてきなよ"という言葉に頷いてしまい今に至る。
本当は、こうして定期的に会ったり、ましてや家に上がるなんて関係、全く思い描いていなかったのに。
今更この関係を断ち切るなんて事出来なくて、ずるずると続けてきてしまっている。
まだ眩しく光る左手の薬指の銀色は、とても見てられない
わかってる。俺のこの胸に流れる正体も。
わかっている、のに。 彼女にそれは伝えきれないで、奥さんとも曖昧な関係を続けてしまう
何度だって彼女と夜を過ごしたし、家にだって帰らないこともしばしば。
2人とも俺の気持ちに気づいているはずなのに、誰も何も言わないから、その優しさ、なのだろうか、それに甘えてここまで来てしまっている。
本当は、彼女の全てに染まるつもりなんてさらさらなかったのに。
身体中の泡を流して、風呂場を出、もう慣れた彼女の香りがするバスタオルに包まれれる。
ut
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こんな会話も、結婚してからはすることないと思っていたのに。
こんな曖昧な、複雑な日々求めていなかったのに
当たり前の日々は、当たり前のことが起こればよかったのに。
なのに体は正直だ
じわじわ、寄ってくる彼女に鼓動が高鳴って止まない。
声にはならずに恋になったその想いが、胸の中を埋めつくして苦しい。 言ってしまえば楽になるのに、その一言が言えない
奥さんがくれる幸せも、彼女がくれる幸せとは違って中々離れられないから。
もう、どうしたらいいのか分からない
欲望のままに彼女を押し倒せば、下で艶っぽくはにかむ彼女の姿。
この景色が、大好きで仕方ない
彼女の柔らかな淡い茶色の髪を掬うと、その手に彼女の手が絡んでくる。
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掬っていた彼女の髪をするりと下ろして、彼女としっとりと唇を合わせれば、いつもの様に襲いかかってくる感情。
やっぱり俺は彼女から離れられないし、忘れられない。
そう思う度に、恋に落ちてしまう
儚くて淡いこの瞬間に、彼女の全てに染まるつもりなんてないのに。
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外から香る雨の香りに、そういえば彼女と出会った日もこんな天気だったと思い出す。
あの日がなければ、俺は何も悩むこと無かったのに
ついには日付のせいにしてしまう自分に呆れ、ため息がまた零れそうになる。
俺が自分のものになる、と確信しているような彼女の言葉に、悔しくなる
薬指にはめたシルバーリングを机の上に置いて、俺はまた過ちを起こす。
誰か、この沼の抜け出し方を教えて欲しい。
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