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さよならを知らない君へ

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さよならを知らない君へ

7 - 過去に触れた手

♥

222

2025年05月28日

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週末、青葉城西は練習試合の遠征に出ていた。

体育館の隅では私がスポドリの準備をしながら、

ふと、視線をあげる。

コートの上で躍動する選手達。

その中心には背中で引っ張る大王様がいた。

(及川くんって本当にすごいな)

けれど、私だけは彼の凄さの裏にある、

誰にも見せない焦りや孤独を知っている。

だからこそ、その背中に祈るような気持ちで目を向けてしまう。

_その目に映る姿が、いつか壊れてしまわないように。

試合後、からになったスポドリの容器を洗っていた私に、

及川がやってきた。

及川 徹

天音ちゃん、ちょっと散歩しない?

少し汗を残したままの顔はどこか曇っていた。

遠征先の夜の空気はまだ少し肌寒くて、

2人は静かな公園のベンチに腰かけた。

及川 徹

今日さ、勝ったのに俺、全然嬉しくなかった。

天音 夜空

…どうして?

及川は無言で、自分の拳をじっと見つめる。

及川 徹

トスを合わせることに必死で周りが見えなかった。

及川 徹

勝ったのはチームのおかげで、俺はその中でただ、焦ってただけだった気がして。

私はその横顔を見つめる。

天音 夜空

自分を許すのって難しいよね。

及川 徹

…うん。

その短い返事が、妙に切実だった。

及川 徹

ねぇ、天音ちゃん。

及川はポツリと言った。

及川 徹

もしさ、また誰かが、あんたのせいだった言ったら、

及川 徹

今度は俺が1番の味方になるよ。

その声に私の心が揺れた。

天音 夜空

…そんなの、ずるいよ。

及川 徹

なんで?

天音 夜空

そうやって優しくされたら、好きになっちゃうじゃん。

口にしてから、息を呑んだ。

及川も目を見開いたまま動けない。

春の夜風が、2人の沈黙を包み込む。

及川 徹

…そっか。じゃあ、俺もずるいことするね。

静かに、及川が私の手をそっと握った。

あの日、あの屋上で触れられた時よりも、ずっと確かな温度だった。

及川 徹

…俺も、多分_いや、もう"多分"じゃないや。

天音 夜空

……

及川 徹

天音ちゃんのこと、好きになってる。

心の奥に触れられたような言葉だった。

それは誰よりも器用に笑う彼がみせた、真っ直ぐな素顔。

私の胸がじんわり熱くなる。

天音 夜空

私、こんな自分でもいいの?

及川 徹

いいに決まってる。

及川 徹

ていうか、そんなの聞く前にもう惹かれてるから。

真っ直ぐな答えに私の目尻が緩んだ。

その夜、2人は少しだけ世界から抜け出して、

やっと

"過去"

ではなく

"今"

を生き始めた。

けれど_

その手を取った先に、まだ、知らない痛みが待っているとも知らずに_

さよならを知らない君へ

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