テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから 数え切れない程の季節が巡った
僕は英霊獣として成体になり 多くの戦場を、父上と駆け抜けた
剣ではなく、爪と牙で
言葉は持たなかったけれど 心はいつも、父上の隣にあった
幾つもの災いを共に討ち 幾つもの厄災を屠った
父上の背を見つめることが
誇りであり、指針であり、祈りだった
────でも
命には、限りがある
僕の時間は、父上よりも 遥かに短かった
激しい戦いの只中 僕はついに、力尽きた
爪も牙も、もう届かない
勝利など、そこには無かった
僕は……敗れてしまった、
必死に、立ち上がろうとした
痛い、痛い、痛い でも、立たないと────ッ
僕がここで死んだら 父上はまた、ひとりで厄災と戦うんだ
────ひとりで 生き続けなきゃいけないんだ
こんな、地獄な様な世界で ずっと────────ッ
それが、あまりにも悔しかった
────それが、叶わなくなってしまった
胸の奥が 締め付けられるように、苦しかった
体が裂けるよりも ずっと、ずっと痛かった
その時、頭にそっと手が添えられた
振り返れば、父上がいた
そして、変わらぬ眼差しで ────────ただ一言…
それは、消え入りそうな 震えを帯びた声だった
分かっていたけど、悔しかった
悔しくて、悔しくて
罪悪感に 押し潰されそうになった
ふわり、と 父上の腕の中に抱かれた
懐かしい匂いがした
お日様と、桜の匂い────
あの日と変わらない、春の匂いだった
……消える
ゆっくりと、確かに
僕の身体は、光の粒になって 風に溶けていく
───でも…… ────僕は、まだ……、
声にならない声が 喉の奥で震えた
まだ、父上の傍にいたい
隣を歩いて、肩を並べて
戦って……笑っていたかった
僕は“ついていく”って決めたんだ
ずっと一緒にいるって… ────そう、誓ったんだ……
光に溶けていく手を、必死に伸ばす
父上の袖を もう一度だけ、掴めたら……
涙が溢れて、もう見えない
音も、もう聞こえなかった
でも……この温もりだけは……
最後の最後まで、僕は縋った
どうか、あと1秒でも このままでいたくて……、
父上の腕の中で
父上の温もりを抱いたまま 終わりたかった────……
────怖いなぁ…… 怖いよ……、父上────、
風が吹いた
────春の匂いを残して
「────“爽”」
……酷く懐かしい、声がした
大好きで、大切で、憧れの…… ────父上の声だった
ふと、一筋の光が頭に当たる 暗闇の中で、ただ、真っ直ぐ
──白に射抜かれるみたいに…
「“爽”」
また、呼ばれた
────行かなくちゃ 早く、父上の所へ────
僕は、光に向かって飛び込んだ
視界いっぱいに広がる、光
眩しくて、暖かくて……
陽だまりのような 優しさに包まれて……
次第に輪郭を帯び始めた景色の中に
大好きな、父上がいた
あの時と、変わらない姿で、 あの時と、変わらない声で、
あの時と変わらない お日様と桜の匂いも携えて…
────僕の名前を呼んで
また、僕を連れてって────
僕は、溢れる嬉しさを抑えられず 勢いのまま、父上を押し倒した
ドサッと、花びらが舞う
そのまま、コツンと お互いの額をくっ付けた
ほんのちょっとの、イタズラ
でもそれは、僕なりの “また会えた”の合図────
この合図は この地獄のような戦場の只中で
言葉を持たない僕が、唯一 互いを癒すために編み出した
小さな “祈り”の形だった
父上が小さく笑って 戸惑いながらも優しく頭に手を添える
僕は、額を合わせたまま そっと目を閉じた
良かった、また会えた────