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警察による隠蔽も デジタルの深淵までは届かなかった
彼の死からわずか三日後Tor(トーア)などの匿名化ツールを経由してしか辿り着けない「闇の掲示板」に、ある動画ファイルがアップロードされた
ファイル名は『聖婚.mp4』
その映像は瞬く間に拡散され、アンダーグラウンドな動画共有サイトで数万回の再生数を記録することになる 興味本位で再生ボタンを押した者たちは、そこに映るあまりにも静謐な狂気に言葉を失った
画面は、薄暗いアパートの一室を映し出している
そこに、彼が座っていた
いつものヨレたシャツではない、彼はどこで手に入れたのか、サイズの合わない黒いタキシードを着込み、髪を丁寧に撫でつけていた
カメラのレンズを見つめるその目は、驚くほど澄んでいる まるで、これから待ち焦がれたデートに向かう少年のようだ
昭二
彼はカメラに向かって、優しく語りかける まるでレンズの向こうに、彼女が実在しているかのように
昭二
昭二
昭二
彼は恍惚とした表情で、テーブルの上に置かれたワイングラスを持ち上げた中に入っているのはワインではないどす黒い、粘着質液体だ
昭二
昭二
昭二
昭二
彼は画面越しに乾杯の仕草をした その口元は、歪んだ三日月のように吊り上がっている
昭二
昭二
彼は一気にグラスの中身を飲み干す 喉が鳴る音が、不気味なほど鮮明に録音されている
数秒の沈黙
やがて、彼が喉を掻きむしり始める
愛を語っていた口から 泡と血が溢れ出す
それでも、彼は笑っていた
激痛にのたうち回り、椅子から転げ落ち、畳の上を這いずりながらも、その目はカメラを捉えて離さない
昭二
痙攣する指先が、虚空へ向かって伸ばされる
まるで、そこにあるはずのない彼女の手を握ろうとするかのように
やがて動きが止まった
見開かれた瞳は焦点が合わないまま、永遠にレンズの奥を見つめている
彼の顔には、この世のものとは思えない、至福の笑みが張り付いていた
映像は、動かなくなった彼の死体を十分間垂れ流して終わる
そのあまりに幸せそうな死に顔が、視聴者に言い知れぬ吐き気を催させた
この動画を見たネット住民たちは、彼を狂人だと嘲笑った
だが、彼にとってこれは自殺ではなかった これは愛の証明だったのだ
爆弾という愛が彼女を吹き飛ばすその瞬間を夢見て、彼は幸福の絶頂の中でその生涯を閉じたのである
インターネットの海を漂うそのデータは、今日もどこかの画面で再生され、彼の歪んだ愛を世界中に撒き散らし続けている